~トナヴィへのご褒美~ ③

 お兄さんの家に向かう車の中で。

 僕は思考を巡らせていた。

 カッコイイ車に乗れて、舞い上がってる部分もあるけれど。ワイルドさんに甘えるっていうことも重要っぽいけど。

 頭の端には真面目さを残しておきたい。

 なんていうのかな……こう、大人として。

 恐らく、僕の魂は肉体に引っ張られている。そうでなければ、とてもじゃないが子どもという生活に耐えられていないはずだ。

 本来ならば、恐ろしいほどの苦痛に襲われているはずだ。

 なにせ僕の魂はおよそ三十歳なんだもの。

 実感は無いけどね。

 しかし――

 甘えてもいい、と言われてすぐに他人に甘えられる、っていうのも僕としてはおかしい話なわけで。しかも相手が親ではなく赤の他人。しかも出会ったばかりの男性だ。

 もしかしたら勇者マイトではなく『愛枝舞』として肉体が欲しているのかもしれない。

 愛枝舞という身体そのものが、他者との触れ合いを望んでいるのかもしれない。

 それこそ体のほうだってイビツだ。

 ちゃんとした入れ物なのに、中身が変わっているのだ。言ってしまえば、ガラスのコップに沸騰したお湯を注いでいるようなもの。

 熱くて持てなくなってしまってはガラスコップの意義が失われる。だからこそ、ガラスコップのほうが自動的に冷たい飲み物が入ってますよ、と振舞っているのかもしれない。

 まぁ、予想だけど。

 想像に過ぎないけれど。

 他に例がないのでなんとも言えないので仕方がない。

 若年寄りで厭世家で、両親に迷惑をかける人間には成りたくないものだ。

 というわけで、自分の問題は自分で解決しないとね。


「マイちゃんほっそいなぁ。ちゃんと食べてる?」

「う~ん、食べてるんですけどねぇ」


 ワイルドさんがお腹をさするので、僕は適当に答えながら学校の様子を思い出し、思考を巡らせる。

 具体的には、六年生の靴を大量にゴミ箱に捨てた翌朝。

 やっぱり下駄箱近辺はちょっとした騒ぎになっていて先生たちが対応に追われていた。上履きにはそれぞれ名前が書いてあるとは言え、六年生全員分だ。およそ百五十人ほど。靴の数は三百はいく。

 三百足の上履きを見つけるのはちょっとした手間だ。

 そういうこともあり、またしても起こった何者かの犯行、という事件でもあり、先生たちは対応を強いられていた。

 周囲の警戒もヒトシオ、という感じだ。先生たちは学校の周囲に立ち、にこやかに朝の挨拶を生徒と交わしている。

 脅威を脅威と思わせない、平常を装う対応に僕は納得したものだ。

 しかし、気をつけないといけない。

 教師たちが見回っているのは学校の周囲だけ。

 やはり内部の犯行と予想しているらしい。もちろん、それは正解である。僕が犯人なんだからね。

 できるだけ証拠や犯行の形跡を残さないようにしているつもりだけど……やっぱり教師という存在は優秀だな。たとえ魔法という概念がなくとも犯人にある程度近づいている。

 注意しなければならない。

 そんな風に六年生への動揺を誘ったのだが……どうやらギガ君にはあまり効果を発揮されなかったようだ。

 女王ウララの監視も必要だが、トナヴィにはギガ君の様子もうかがってもらった。その際に共有した感覚では、どうやら六年生たちはその事件を楽しんでいた。

 そう。

 ギガ君は、騒ぎになっているのを楽しそうに仲間たちと話していたのだ!

 ようするに、大巨という名前に嘘は無い、ということだ。肉体的ではなく、彼は精神面でも大きい。本当の王様タイプというわけだ。

 これは考えを改めないといけない。

 僕はせいぜい盗賊団の団長や村長レベルと仮定していた豪スキルだが……その胆力も持ち合わせているのなら、優に貴族や王に匹敵する。

 少々の事件、実害の無い事件など笑って済ませることができる。そんな気持ちの良い考えの持ち主だというのなら、それこそ奴隷を求めるのもさぞ当然か。

 実質、あのマオ少年が彼らの奴隷なのだろう。

 いわゆるギガ政権の運用で、マオ少年を使っているに違いない。きっと効率的な運用を行っているはずだ。

 きっとマオ少年も自分の仕事に誇りを持ち、満足しているに違いない。

 こんな優秀な政権に関われるのだ。

 むしろ経験としては、他の小学生の追随を許さないだろう。

 と、なれば――だ。

 そこまでして奴隷となることを拒否する必要もない。

 むしろサッカーで勝てる要素が少ないくらいなので、無駄にあがいて徒労に終わるというのも悲しい話だ。

 一矢報いたい、くらいの気持ちがあれば充分じゃないかな。

 それに、五年生の士気は結局上がらなかったのだから。

 僕のお姫様力の欠如でもあるんだけどねぇ。


「よぅし、お昼はこの俺がマイちゃんにいっぱいおごってやるぜ! なに食べたい? 好きな物ぜ~んぶ頼んでいいぜ! バイトしてるから!」


 あっはっは、とワイルドさんは笑う。

 アルバイトをしているってことは、いわゆる普通の労働者ではない、ということだ。それでも、お金を稼ぐという行為は重要なわけで、そんな貴重なお金を僕の体を思って使ってくれるとは……


「嬉しい! ソフトクリームも食べたい!」


 僕は思い切り甘えることにした。

 肉体的にも精神的にも。

 いや、別にソフトクリームのあの冷たい甘さと美味しさとミルクの香りに負けたわけじゃないからね! 舌でぺろりとクリームをすくう、あの感覚。そして、口の中でじわりと溶けていく真っ白で冷たいクリームの甘さは、本当に格別なんだけど、そんな誘惑に負けたわけじゃないからね!

 いやぁ、だってねぇ。

 前の世界には無かったんだもん。

 ソフトクリーム。

 いや、存在していたのかもしれないけれど一般庶民が食べられるものじゃなかったなぁ。それこそ貴族や王族、皇族の食べ物だったかもしれない。

 溶けちゃうし、街中で売るにはちょっと難しいものだ。

 科学バンザイ。

 魔法っていう概念がなくても、こっちの世界の人間が幸せに暮らせているのは科学とか数学とか、そういった学問の力だ。

 そういったものが継承されて生まれたのがソフトクリームだというのなら。

 教育も悪いもんじゃないねぇ。


「おう、いいぜいいぜ、ソフトクリーム。なんならアップルパイも付けようぜ。あっぷるパイ、パイっていよなぁ、ふひひ」

「あ、美味しいですよね。アップルパイも好き」


 いや、アップルパイだけじゃない。どのお菓子も食べ物も、とっても美味しいのだ。ほんとにほんとに。

 毎日携帯食料ばっかりだった僕からしてみれば、どれもこれも豪華な食べ物に見える。そんなものがホイホイと買えちゃったりするし、なんなら街中のコンビニで買えちゃう。

 それはそれは豊かな国。

 人々が幸せで、食べるのに困らないからこそ、新しい料理が開発されていくのだ。余裕があるからこそ、人生がもっと豊かになっていく。

 食べ物が美味しいっていうのは、それだけ平和で豊かな証拠だ。

 そんなわけで。

 食べ物の誘惑にひかれつつ、僕はトナヴィの望みを叶えるために、シャーペン杖に魔力をこめつつ、お兄さんの家へ再び招かれるのだった。

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