~トナヴィへのご褒美~ ②
日曜日。
明日が奴隷をかけた運命の日だというのに。
僕は公園でひとり、サッカーの練習をしていた。
結局。
というよりも、終局的、と言ってしまったほうがイイかもしれないな。
そんな結果になってなってしまった。
まぁ、つまり。
五年生の男子諸君は絶望してしまったわけだ。
どうしようもないほどに。希望なんて一切として持てないほどに、彼らは絶望した。
それは、前の世界でいう魔王の攻勢に諦めてしまった人々に似ている。もうダメだ、と理解してしまったがために、頑張るという行為や努力することを全てやめてしまった状態になる。
そんな状態で人間は活動できるのか、という疑問があったのだけど、あっさりと解決した。僕がそんな街を訪れた時、もう街は街じゃなかった。
荒れ果てて、荒くれ者が暴れ、自暴自棄になった自殺者と、終末論者の集まりである。
もう、人間と魔物の区別なんて無かったほどに。
愚かしいモノを、僕は見たことがある。
「一応……サッカークラブに所属してる人に声をかけたけど……」
セージ君でさえ、言葉を濁すほど。
絶望というものは、疫病のように蔓延してしまうらしい。
この病気は、ちょっとやそっとじゃ治らない。その根源を断つしかないのだが、その魔王がどうしようもなく強いんだから仕方がない。
僕は今、勇者ではない。
ただの女の子なんだから、魔王という名のギガ君を、魔物という名の六年生たちをやっつけることは、無理だ。
「まだ負けと決まったわけじゃないよ! がんばろうよ!」
それでも、と。
頑張ってみようよ、と僕は訴えたけれど……
「うん。全力は出すよ」
と、セージ君をはじめ、みんな苦笑するのだった。
う~む。
アレだね。
どうしようもない、無理なこと。
みんな、そう思っているんだろう。
実質、サッカーは個人プレイの戦闘ではなく、チームプレイだ。チーム力が物を言うスポーツではあるので、五年生と六年生は対等とも言える。
でも、サッカーにおける本質っていうのは、実のところ個人プレイでもあるんじゃないか。
僕がほんのちょっと練習しただけで点数を入れるキッカケにもなれた。
それは、個人の力とも言える。
五年生が六年生に勝てるもの。残念ながらそんなものは、見当たらない。六年生たちが体格やメンタル、その全てが上回っているのだから、相当なチームワークが必要となってくる。
それらが今の僕たちにあるか?
答えは、ノーだ。
敗色濃厚な試合というのは、僕じゃなくても分かる。
分かるからこそ、だからこそ士気は上がらない。
「う~ん……やっぱり僕程度だと守る気も起きないか」
こんなことなら、もうちょっと『かわいさ』みたいなものを振りまいておけば良かった。
今回、僕は景品となっている。
良く言えば、囚われのお姫様なわけだ。
美少女だし。
で、そんなお姫様に悪の手が迫っているのならば、勇者としては見逃せない。絶対に助けたい、と思うのが男の子じゃないのかなぁ。
僕なら全力で闘い、全力で知恵をしぼり、全力でぶつかる。
そこに自分の死が重ならないのなら、尚更だ。たとえ負ける未来しか見えなくとも、自分の安全が確保されているのなら、頑張ってみてもいいじゃないか。
と、思うんだけど。
残念ながら、僕ではみんなのやる気は起きないようだ。
これは美少女スキル、美少女な振る舞い、美少女的生活を送ってこなかった僕のミスだ。もっともっと、自分のスキルや容姿を磨いていれば、五年生男子諸君の考え方も変わったかもしれない。
美少女とは、そういう存在のはずだ。
「――いや、この場合はお姫様か」
恐らく、僕はまだ村で一番かわいい女の子レベル、なのだろう。
これを国で一番とまではいかずとも、街で一番レベルにまで高めておく必要があった。
怠慢だ。
まったく、怠慢ここに極まれり!
楽に生きようとして、実質的に楽に生きていて、その結果は楽に生きることを放棄していた。
「はぁ~」
なんたるマヌケか。
自分の愚かさ具合にため息が出てくる。
そんな僕に呼応してか、サッカーボールもあらぬ方向へ、ポーンと飛んでいってしまった。リフティングの膝先に当たったボールは前方へと飛んでいってしまう。
まるで今の僕の気持ちと五年生たちの気持ちのようだ。
まったくまったく。
意思の統一もできていない。チーム失格というわけだ。
しかし。
ボールが飛んでいった先には、本日の目的であるお兄さんの姿があった。
「こんにちは、マイちゃん。今日も練習?」
ボールをキャッチしたお兄さんはにこやかに近づいてくる。
――のだが……?
「こんにちはお兄さん。え~っと?」
そんなお兄さんの隣には別のお兄さんがいた。
ちょっぴり日焼けした小麦色の肌に、髪の毛を金色に染めていて、耳にはピアスを装備している。
お兄さんの爽やかさとは正反対なワイルドなイメージを抱く青年だった。
「うお、マジでかわいいじゃん」
ワイルドさんはにっこりと笑って大げさなほどに僕をほめてくれる。
しかし……残念ながら今の僕には、その言葉はお世辞にしか聞こえない。村一番のかわいい娘など、所詮は村レベル。
赤ちゃんや小猫に向けるかわいいと大差ないだろう。
だから思わず聞いてしまった。
「ほんとに僕、かわいいですか?」
と。
「僕?」
おっと、しまった。
最近は周囲が慣れてくれたお陰で『僕』と平気で使ってたけど……ワイルドさんは変な顔で僕を見る。
そうなんだよね、この『僕』っていう言葉は少年が使う言葉なのだ。初対面の人に使うとびっくりされてしまうので注意が必要なのだが……すっかりと油断していた。
ほんと、美少女失格だなぁ。
自信が砕け散りそうだ。
「マイちゃん、男なの?」
「いえいえ、女ですよ」
「へ~、証拠みせて証拠」
「証拠って……う~ん」
僕は思わず下を見てしまう。下半身。残念ながら付いていない。いや、この場合は付いてたら大変なんだけどね。
「やめろ」
ニヤニヤと笑いながら僕に近づいてくるワイルドさんの頭を、スパーンっと小気味よくお兄さんが叩いた。
どうやらふたりは相当に気心が知れた仲のようだ。
普通、あんな勢いで頭を叩くことはできない。それこそケンカの火種になるレベルだ。そんな恐れを抱く必要のないくらいに、ふたりは仲が良いらしい。
パッと見た感じでは、ホント正反対な印象なのになぁ。
「いって……ったく、冗談に決まってるだろジョーダンじょーだん」
へらへらと笑いながらワイルドさん。それでも僕に近づいてきた頭を撫でた。
「いや、かわいいことに間違いはないぜ。そうだな、芸能人で言うと上の中レベルか」
「俺は上の上だと思うけど。そのへんのアイドルなんてぶっちぎるレベルでしょ」
「ホント!?」
僕は思わず聞いてしまったが、お兄さんとワイルドさんは何の疑問も持たずにうんうんと首を縦に振った。
むぅ。
それが本当だということは、もしかしたら性格がダメ、ということかもしれない。
いや、それが答えか。
仮にお姫様が相当に性格の悪いワガママ放題のクズだったとしよう。そんなお姫様が悪の盗賊たちに拉致、監禁されてしまった。
さて、そんなお姫様を救いたいと思うか?
答えは圧倒的にノーだ。
盗賊たちの慰み者になってしまえ。少しは性格も丸くなるんじゃないか、と思える。
それが普通の人間の普通の思考だ。勇者である僕でさえ、そう思ってしまうんだから仕方がない。
いや、まぁ、それでも助けに行くんだけどね。もしかしたら感謝されて、性格もマトモになるんじゃないか。そんなほんのちょっとの可能性に賭けて。
……そんな都合の良いことなんて有るはずが無いけど。大抵は感謝なんかされず、傲慢で助けてもらって当たり前、なんて顔をされるんだ。
そんな美少女にならないように。
僕も気をつけよう。
とまぁ、そんなわけで。
もしかしたら僕があまりにも『お姫様らしくない』というのが、今回の士気の低さではないだろうか。
う~む、これはこれで問題だなぁ。
「どうしたの、マイちゃん。学校で嫌なことでもあった?」
「うーん……え~っと。あのぉ、かわいくなりたいんです」
こうなったら他人の意見を参考にしよう。
幸いなことに、お兄さんとワイルドさんは僕をかわいいと認識している。この認識が続いている間ならば、恐らく貴重な意見がもらえるはずだ。
外見や他人からのイメージっていうのは、残念ながら本人には真の意味で理解できない。いくら僕の魂と外見が一致していないからといって、それでも自分を真の意味で客観視できてはいない。
自分の思う自分と、他人が思う自分。
それは、もはや別物と考えてもいい。
だからこそ、聞けるときには聞いてしまえばいいのだ。
「マイちゃん今でもすっげぇかわいいって。なになに、もっと上を目指そうってわけ?」
「あ、うんうん。それだ」
「おっほ。俺、そういう向上心ダイスキだわ。よーし、任せな。俺たちがマイちゃんをめっちゃかわいくしてやるゼ」
「ホントですか!」
やったぜ!
これは行幸だ。
なにせ彼らはこの世界での、この国での先駆者だ。つまり、先人の知恵、というやつだな。しかも今もっとも旬である若者ときたものだ。
僕みたいな魂だけ年を取ってしまったハンパ者ではなく、真の意味での大人。
彼らの手にかかれば、本当の意味でもう一段階、上を目指せるかもしれない。
そう!
美少女から淑女へ!
「そうと決まれば移動だ移動。公園でサッカーなんてやってるヒマねーよ。ほれほれ、車だせ、車。おまえんち行くぞ」
「はいはい了解。あ、またご飯買ってく? ハンバーガーでいい?」
「あ、うんうん。ハンバーガー好きです」
「うめぇよな、アレ。いっしょに食べようぜ、マイちゃん」
と、車に乗り込もうとしたのだが……
「二人乗りだ」
そうだ、忘れてた。
お兄さんの車はめっちゃカッコイイんだけど、座席はふたつしかない。つまり、ふたりしか乗れない車だ。
にも関わらずお兄さんとワイルドさんは意気揚々と車に乗り込んだ。
「ほらほら、マイちゃんはここ」
「えっ!」
ワイルドさんがポンポンと自分の膝を叩く。つまり、その上に乗れっていうことだ。
「えー、いや、悪いですよ。僕、走って行きます」
「いやいや、こっち車だしマイちゃん待ってたら夜になっちまうぜ」
まぁ、確かに。
でも僕には魔法もあるので、お兄さんの家は記憶している。いざとなったら車より僕のほうが早いけど……まぁ、魔法も使うわけにもいかないし、仕方がないか。
「重かったらごめんなさい」
「だいじょぶだいじょぶ」
というわけで、僕はワイルドさんの膝の上に乗った。
う~ん。
もっと体が幼い頃はパパの上に良く乗っていたものだ。子どもらしいだろう、っていう行為でやっていたんだけど、割と今でも有りなのかもしれないなぁ。
残念ながら前の世界で僕の両親はいなかった。
いや、存在はしているんだろうが、僕は捨てられていたわけで。本当の親というものを知らない。
神殿で育てられたということもあってか、僕には甘えるという行為が許されたことがなかった。だから、子どもっていうのは甘えるものっていう認識が、あんまり無い。
「ちっちゃいなぁ、マイちゃん」
そう言って僕を後ろから抱いてくれるワイルドさんに、僕はケラケラと笑った。
あぁ、もしかしたら。
もっと人に甘えてもいいのかもしれない。
ここは平和な国だから。
人と人が幸せに生きていく世界なんだから。
こうやって、誰かにべったりとくっ付いても、大人の人間にすっかりと甘えてしまっても、いいのかもしれないなぁ。
僕はまたひとつ新しいことを勉強しながら。
お兄さんのカッコイイ車に乗れる喜びも噛み締めるのだった。
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