~トナヴィへのご褒美~ ①
夜。
僕はまた小学校に侵入していた。
侵入って言い方は良くないか。だって通ってる学校だし。
正しくは、登校していた、が正解かなぁ。
「そんなのどうだっていいじゃない、ご主人様」
「言葉っていうのは重要だよ、トナヴィ。言い間違いで作戦が失敗しちゃうことだってあるんだから」
さてさて、今晩の作業は単純だ。
僕は下駄箱から上履きを取り出すと、近くのゴミ箱まで移動し、そこにポイっと捨てる。それを永遠と繰り返すだけ。
単純作業だけど永遠と繰り返すとなると面倒だし、大変だ。魔法を使ってもいいんだけど、量が量だけに魔力の枯渇が心配になる。まさか下駄箱で倒れるわけにもいくまい。犯人が現場から逃走する前に現場に残っていたのなら、それはもう現行犯だ。
「例えば、どんな作戦?」
「僕が経験した失敗だと、挟撃の時だな」
挟撃。
つまり、挟み撃ち。
「右ッ! っていう情報が少なくて、短い言葉で伝えたばっかりに、お互いに自分から見て右へ行っちゃった、って話があるよ。せっかく挟み撃ちにしたのに劇的な効果を発揮できなかった。まぁ、それでも効果はあったから良かったけどね」
右の敵を挟撃により確実に倒し、残った敵も挟み撃ち、っていう僕の作戦だったんだけど……戦士ガーラインは左へ攻撃してしまった。彼から見て右だったからね。
うん。
やっぱり僕は悪くない気がしてきたぞぅ。
ガーラインはなんていうのかな、感覚派っていうのかな。物事を考えずに突っ走るクセみたいなのがあった。罠が仕掛けられている洞窟を男らしく突っ走ったりね。
まぁ、逆に考えると。
だからこそ僕の仲間になってくれたのかもしれない。
大神霊様の神託を受けて、たったひとりで魔王を倒そうと立ち上がった僕に、笑いながら手を差し伸べてくれたことを覚えている。
誰もが無理だと笑い飛ばす中、あの差し伸べられた大きな腕と大きな手は、嬉しかったなぁ。
「マイ、マイ。手が止まってるよ! ちゃんと働いて!」
「あ、ごめんなさい」
使い魔に叱られる、なんて稀有な体験をしながら僕は、せっせと上履きを捨て続けた。
本当ならひとつのクラス分だけで良かったんだけど、ターゲットがどのクラスに所属しているのか分からない。だから、学年まるごと巻き込むことにした。
ターゲット。
それはもちろん、ギガ君だ。
彼は六年生の中心的存在のはずだ。もちろん、サッカー勝負でもリーダーを務めてくるに違いはない。
そんなわけで、彼に精神的攻撃をしかけることにした。
なにか六年生全体に関わる事件が起これば、少なからずとも日常は崩れ去る。なにかしら上手くいかない状況っていうのは、ジワジワと精神に侵食するものだ。
そんな些細なことでいいから、まずは事件を起こしてみる、というわけだ。
まぁ、ターゲットが五年生から六年生に移った、という事件の犯人を追う先生たちへのブラフでもあるんだけどね。
色々と条件を満たす事件、というわけだ。
「でもさぁ。これって意味あるの?」
トナヴィがふよふよと浮かびながら上履きをブン投げ、ゲンナリしながら聞いてくるので説明してやる。
トナヴィは作業にだいぶ飽きてるみたい。
ほんと、僕が創った使い魔は、なんていうか規格外だなぁ。なんで命令に飽きてるんだよ、まったく。
「この上履きゴミ箱事件にはそんなにダメージは無いだろうね」
「もうそんな名前付けてるの、マイちゃん。上履きゴミ箱事件って」
「うん。今考えた」
「ヒマだねぇ、ご主人様は」
「忙しいってば~」
僕もトナヴィに習って適当にポイポイと投げる。もうゴミ箱はいっぱいになってしまって、山も崩れ始めた。こうなっては丁寧に運ぶ意味もないので、適当に周囲に散らばっててもいいだろう。
「それで、意味はなんなの~?」
「ターゲットが五年五組から六年に変わったぞ、と宣言してるんだ。次はお前たちが狙われてるぞ、と意識させることが重要だね」
「それで、どうなるのさ?」
「さぁ?」
僕は肩をすくめた。
「えぇ……」
トナヴィは凄く嫌な顔をした。
まぁ、そうだろうね。こんな地味で妙な作業をして、その効果はありませんでした、なんて言われたら誰だって同じ顔をする。
無意味っていうのは、誰もが一番嫌がることだ。
なにか行動を起こしたのならば、結果が欲しくなる。たとえそれがマイナスになったとしても、だ。
やったのに、やってみたのに何も起こらない。
つまり、そこから得られる物がゼロ、ということだ。
成功したのなら良い。失敗しても、反省や失敗した要因とか原因とか、いろいろと得られる物があり、次につながる。
でも、なにも起こらなければ、なにも得られない。
失敗してもいいからやってみろ、とはそういう事であり、やらずに後悔するのならやって後悔しろ、みたいな言葉にも通じる話だ。
「精神攻撃なんてそれぞれでしょ。僕に豪気スキルは効かないけど、他の少年たちには効いていた。そういうものさ」
精神の強さは人それぞれ。その部分的な弱さも人それぞれ。
たとえば、目の前で家族を痛めつければ根をあげる人もいるし、たとえ家族が目の前で殺されても口を割らない人間もいる。
それは冷酷というのではない。それは強さの差だ。
だったら別の攻め方をしてやれば良いだけの話となる。たとえば、口の中に虫を放り込むとか? 本人の髪の毛を一本づつ抜いていくとか?
「ギガ君の弱点が分かったらいいんだけどなぁ」
「マイちゃんの弱点はなになに?」
「僕の?」
気まぐれにトナヴィが聞いてきたから考えてみるけれど……僕の弱点か。
う~ん……
「なにも思いつかない」
「ご主人様は無敵か」
「刺されたら死ぬよ」
魔王に刺された胸の冷たさ。そして、魔王を貫いた僕の剣。
それらは、まだ僕の手に感覚として残っている。
たとえ肉体が変わったとしても、魂が覚えていた。
あの苦しさは……もう二度と味わいたくないな。
「あははは。じゃ、マイちゃんが死んだら仇は取ってあげるね」
「君は使い魔の鑑だねぇ」
なんて無駄口を叩きながら。
僕とトナヴィはぽいぽいぽーい、と上履きを投げ続けた。
「ふぅ、終わった~」
「疲れた~。疲れたよ、ご主人様ぁ」
僕にはホドホドの作業だったけど、トナヴィには重労働だったかもしれないなぁ。
なにせ、彼女は手のひらサイズ。上履きは自分の身長と同じくらい大きさがある。
それなりにパワーがあるので持ち上げる負荷はそれほどでもないが、何往復もするとなるとやっぱり消費が激しいようだ。
「はいはい、魔力いっぱい持ってっていいから」
使い魔の維持には魔力を消費する。
といっても、食事みたいなもので僅かな量だ。それを多めに使ってもいいよ、とトナヴィに伝えたのだが、彼女はブンブンと小さな体を横に揺らした。
「もっと良い物がいいな~」
なぜか猫なで声。
「いいもの? 使い魔なのに、何が欲しいのさ?」
マンガの続きでも読みたいんだろうか? でも、それだったら女王の家にあるから夜中でもこっそり読めるだろうし。
「あたし、精子が欲しいです!」
「……え?」
「にひひひひ」
屈託の無い笑顔で笑うトナヴィ。
対して僕は――
「えぇ~……」
ひッッッじょう~~~ぅに嫌な、渋い顔をするのだった。
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