~呪いとサッカーとジャイアント~ ⑥

 ケンカ両成敗、という言葉があるらしい。

 ケンカをしたという事実そのものを悪とみなし、両方を叱る。

 両者を処罰する。

 そこに至るまでの過程はどうあれ、そこに至ってしまったという現実はどうしようもなかったのか。果たして回避することはできなかったのか。

 そんな意味が込められた含蓄ある言葉だ。


「お互いに言いたいことがあったら、それこそスポーツで解決しなさい! それこそサッカーをすればいいだろ!」


 乱闘騒ぎの結末。

 全員が先生に叱られる中で出された結論だった。

 僕たちの言い分は話半分で、先生はその解決方法を提示する。

 いや、確かに先生の出した結論は間違ってはないない。

 スポーツっていうのは、いわゆる代理戦争だ。

 ルールに則って戦うものであり、相手を殺さず傷つけずに勝敗を決するもの。それはとても平和な概念であり、とても優れた考え方だ。


「ういっす、そうします先生!」


 ニヤリとギガ君は笑った。

 そりゃそうだろう。

 だって、彼の思い通りの決着になったのだから。サッカーという勝負を吹っかけられた僕たちは、それに納得ができず乱闘になった。

 しかし、結果はこうだ。

 こうなってしまった。


「ういっすじゃない。返事はハイ!」

「ハイ!」


 六年生たちは元気良く返事をした。

 それに満足してか、先生は職員室へと戻っていく。教師はいくらでも仕事があるので、こんな些細な乱闘には構っていられないのだろう。

 もう少し僕たちの言い分も聞いて欲しかったのだが……さすがに乱闘にまで発展してしまったのだがマズかった。

 五年対六年、という対立ばかりが大きく出てしまい、その細かい内容にまで話が及ばない。

 これも全て僕のミスだ。

 ギガ君が倒れそうになるのを放っておけば良かった。


「よーし、五年ども。先生が言うんだから間違いはないよな!」


 ことさらに『せんせい』の部分を強調してギガ君が言う。

 学校では教師がトップに立っている。

 言ってしまえば王様だ。

 そんな王様がサッカーで解決をしろ、と言ったのなら……それは従うしかない。たとえ本末転倒であっても、解決方法を提示されてしまってはそれを履行するしかなかった。


「勝負はそうだな……月曜日にするか。ちょっとは練習もしたいだろ」

「ぐっ……」


 ニヤニヤと笑うギガ君。

 強者の余裕というやつだ。

 それに対してセージ君や五年男子諸君は歯を食いしばっていた。

 今また文句を言おうものなら、再び不満は爆発し、乱闘へと戻ってしまう。それが分かっているから、それを理解しているから、五年生の男子諸君は拳を握り、暴力を沈める。

 安い挑発には乗らない。

 とても紳士的な態度で、少年たちは敵をにらみつけた。


「別に逃げてもいいけど、不戦勝でマイは俺たちの奴隷だからな」


 だが、ギガ君はひるまない。

 たかが視線ひとつでは、揺らぎもしない。

 ならば。

 ここはひとつ、僕が大人のやり方を見せようではないか。


「質問しつもん!」


 はーい、と僕は手をあげた。

 質問がある時は手をあげましょう。学校でのルールだ。そんな僕に対して、なぜか周囲は変な目で見る。

 なんでだ?

 みんなも授業中には手を上げるじゃないか!


「おまえ、変なヤツだな」


 ギガ君にまで言われてしまった。


「ギガ君ほどでもないよ」

「あ?」


 なぜか睨まれた。怖くないけど。

 それはさておき質問をする。


「引き分けだったらどうするの?」


 こういう事は先に聞いておかないと、その時に困ったりする。大抵、相手が都合の良いルールにしてしまうので、先に決定しておいたほうが良い。


「引き分けになんかならないと思うけどな。まぁ、そんときゃ奴隷の交換だ。俺らはマオをやるから、おまえらはマイをよこせ」


 ふむふむ。

 サッカーでしっかり勝たないと、僕は六年生の奴隷決定というわけか。


「じゃ、そうなると当然マオ君もサッカーに出るよね?」


 僕の言葉にビクリとマオ君の肩が跳ね上がった。


「は? こいつなんか役に立つわけねーじゃねーか」

「いやいや、自分の身がかかった戦いじゃないか。それを他人にゆだねるなんて、そんなの許されないよ。もし、彼が試合に出ないっていうのだったら、僕も出ないよ。で、当然負けたって奴隷になんてならないからね。ギガ君が奴隷だと宣言しても、僕は絶対に屈しないし認めない。ちゃんとマオ君も試合に出るっていうのなら、負けた時にはきっちりと奴隷になってあげようじゃないか」

「ほー。そこまで言うんだったら分かった。その言葉、絶対だな!」

「ゆうしゃ――じゃなかった。愛枝舞に二言は無いよ」


 ふん、と僕は腰に手をあてギガ君を見上げる。

 対してギガ君は僕を見下ろした。


「ケ。奴隷にしてやるから、準備しておけよ」


 真正面から睨み返してやった僕の視線は、外される。

 クルリ、と背中を向けたギガ君。

 まるで捨て台詞のように言い残して、彼はグラウンドから去っていく。それに続いて六年生たちはニヤニヤと僕を見てからギガ君へと続いた。


「……」


 最後に残ったのはマオ君だ。

 気弱そうな彼は……僕をにらむような、哀れむような、そんな微妙な表情を浮かべていた。なにか言いたいことがある感じだったけど……結局はなにも言わずに言ってしまった。


「ふぅ。これが精一杯だね」


 僕は振り返って苦笑した。

 マオ君。

 彼はどう見てもスポーツに不慣れで、あまり運動も得意そうじゃない。自分に自信が持てないタイプだろう。

 申し訳ないけれど、彼を試合に引っ張り出せた。そうすることによって、穴がひとつ生まれるわけだ。

 僕たちは、そこを弱点として捉えることができる。

 体格的にも技術的にも、なによりメンタルで負けている僕らが唯一の攻められる場所。

 それがマオ君となる。


「よし、なんとか六年生をやっつけよー」


 僕はそう思って気持ちを鼓舞するために拳をふりあげたのだが……


「あれ?」


 みんな悲壮な顔をしていた。絶望が顔に張り付いているのか、僕を見る目が悲しい。

 いやいや、どうしたっていうんだ。

 おかしくないかい?

 だって――


「負けたって僕が奴隷になるだけじゃないか。みんなにはなんのリスクもないよ。普通にサッカーで遊んでればいいよ」

「そんなの……無理だよ……」


 セージ君がなんか泣きそうな顔で言った。


「え~……そんなにギガ君が怖いかなぁ」

「そうじゃないよ。愛枝さんが……奴隷にされちゃうっていうのが……」


 なんだ。

 そっちか。


「みんな優しいなぁ」


 だから、僕は笑った。

 ちょっと前まで僕のことを呪いの魔女だとかなんとか言ってたくせに、いっしょに遊んだ時間はほんのわずかなはずなのに。

 それでも僕をちゃんとした友人として扱ってくれるなんて。


「僕、嬉しいよ。ありがとう」


 にっこりと僕は笑った。

 とびっきりの美少女スマイルだ。

 これで僕の言うことを聞かないヤツはいない。こんなに可愛い少女がにっこりと笑っているんだから、説得力は倍になるよね。


「愛枝さん……」


 しかし、僕の笑顔を見てみんなは余計に沈んでしまった。

 なぜ!?

 美少女スマイルが効かない!?

 もしかして、美少女力が落ちているのだろうか!? いや、美少女力っていうパワーがあるのかどうか知らないけれど。アレかな。笑い方が変だった?

 う~ん、とにかく。

 僕は大丈夫って伝えておこう!


「奴隷って言ってもアレでしょ。こう重い荷物を運んだり? あぁ、学校でそんなものないか。じゃ、アレだ。掃除だ。掃除をやらされたり、給食当番を交代したり。だいじょぶだいじょぶ、そんなことしてたら先生に怒られるし」


 そもそも学校生活において奴隷なんてほとんど成立しないだろう。

 う~ん、最大限に利用するとしたらなんだろうな……面倒な宿題を代わりにやってもらうとか? あぁ、それが十人分とかだとシャレにならないかもしれない。漢字の書き取りとか。

 まぁ、僕には魔法があるし大丈夫だろう。

 ノートを広げて鉛筆を数十本用意し、それらを一斉に動かせばなんとかなる。精密な動きの練習や魔力を鍛えるには丁度いいかもしれない。


「あとさ、まだ負けたわけじゃないから。ほらほら、マオ君っていう弱点も用意したから、みんなで頑張ろう、おー」


 と、僕は拳を振り上げるけれど……

 やっぱり僕ひとりだけだった。

 う~ん……どうやら相当に士気が下がってしまったらしい。

 こういう時は美味しい物を食べて、たっぷり寝て、また明日に考えるほうが良い。

 気分転換が必要だ。


「じゃね~、みんな。ばいば~い」


 結局。

 落ち込んだ五年生男子諸君を励ますこともできず、僕は家路につく。


『ねぇ、マイ』


 そんな帰り道でトナヴィから連絡があった。


『女王がめっちゃ喜んでるよ』

「だろうね……」


 五年生対六年生のサッカー勝負。

 それもお互いに奴隷を賞品として差し出す真剣勝負だ。

 これが面白くないわけが、無い!


「う~ん。ちゃんと勝負になればいいんだけど」


 仕方がない。

 少々、妨害工作でもしておこうか。

 僕はトナヴィにまた手伝って、と連絡して、自分の家に帰るのだった。

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