~呪いとサッカーとジャイアント~ ⑤
エヴァルス――
こっちの世界でいうところの『奴隷』。
人間を売買するという制度のもとに成り立った、ひとつの流通システムであり、ひとつの商売。
そこに人権という考え方はなく、人を物のように見下げる行為は褒められたものではない。
しかし、その奴隷というものは召使とそう変わらないそうだ。
残念ながら僕は奴隷を買ったことがないので、詳しくは知らないんだけどね。
違うのは給料が発生するかしないか。
メイドさんにはお給料をあげる。対して、奴隷には給料をあげない。
そう聞くと、奴隷の扱いは大変悪いようにも思えるが……実際にはそこまで悪いわけではない。
なにせ高い。
奴隷ってめっちゃ高い。
そもそも奴隷といっても、言ってしまえば人間だ。馬のように速く走れなくとも、犬のように敏感でなくとも、猫のように愛玩できなくとも、人間だ。
つまり、言葉が通じる。
細かい命令ができる、というのは他の動物に余りある要素でもある。
だから、高い。
本当に高い。
貴族でもない限り、大商人でもない限り、おいそれと手が出せない金額だ。
奴隷には自由はないけれど。
奴隷には命の保障がある。
お金の価値と同等な保障が、奴隷には自動的に発生する。
前の世界でも、きっとこの世界でも、その根源は同じじゃないかな。高い物は、大切に使わなくてはならない。
で。
「僕が……奴隷?」
「おう、立派な賞品になっておけよ」
ニヤニヤとギガ君を代表とした六年生チームが笑う。
唯一笑っていないのは、向こう側の賞品である少年だけだ。
マオ……って呼ばれてたか。
マオ少年は暗い顔で僕たちを見ていた。興味がない訳ではなく、僕に対する哀れみっていうのかな。まるで魔物に生贄を要求された村長みたいな表情を浮かべていた。
なんだろうな。
とっても疲れている?
そんなイメージを抱かせるマオ少年の顔だ。
しっかりと休息を取れていないのだろうか。六年生の代表っぽいギガ君とは正反対に、マオ少年は暗い顔をしていた。
「な、なんで、どうして六年とサッカー勝負しないといけないんだ……!」
と。
僕の後ろでセージ君が声をあげた。
珍しく彼の声がすこしばかり震えていた。いつもはハキハキと自信に満ち溢れているセージ君の声が、ちょっとだけ揺らいでいた。
うん、確かに。
セージ君の言うことは、もっとも、な意見だ。
言ってしまえば、僕たち五年生と六年生の間には何の因縁もない。それこそ僕と女王ウララ以上に関係性は薄いはずだ。
一度も話したことはない。
もしかしたらスレ違っても来なかった。
そんな六年生たち――ギガ君と僕らには、なんの縁も無い。
サッカー勝負をする理由も縁もキッカケも、まったく無いはずだ。
「そ、そうだそうだ! 関係ないだろ六年は!」
「奴隷なんておかしい!」
「調子に乗るなよ、関係ない六年が!」
「そうだそうだ!」
口々に五年生チームが声をあげる。
だが――
「うるせぇ!」
ギガ君が一歩踏み出し、その声で一切を封殺した。
まるで暴君。
まるで圧制者。
豪胆で豪気で強引なその声に、グラウンドは一瞬の静けさを取り戻した。
響き渡る彼の声に、まるで学校ごと静かになったような、そんな感覚に陥る。
――だろうね。
僕の後ろにいるセージ君でさえも、ビリビリと震えを感じていることだろう。
しかし――
残念ながら僕には効かない。
スキルでいうところの『暴君スキル』、もしくは『豪スキル』かな。体の大きさを利用し、その迫力と怖さ、恐怖、圧、そういった者で他者を萎縮させる。
このスキルは便利なのだが、いかんせん問題がある。
なにせ、それ以上を知ってしまったら全く無意味になってしまうのだ。
確かにギガ君には迫力がある。
大きくて強そうで。
大人にも負けない強さや強靭さを感じる。
でも。
でもさ。
それも魔王と比べたらどうということもない。
それこそ、武器を持った盗賊と対峙したことがある人間ならば、ギガ君の声など恐れる必要もないだろう。
だって、痛くないし。
死なないし。
殺されないし。
「サッカーやりゃいいんだよ、やりゃぁよ!」
叫ぶように話す彼。
「いや、だからそこに理由がないよギガ君」
しかし、僕はひるまずに真正面からギガ君へと反論した。
「あぁ? なんだてめ――」
「遊びたいっていうのなら素直にそう言えばいいじゃないか。僕の素晴らしいプレイがそんなに感動したのなら、素直にそう言えばいいじゃないか。僕は君を歓迎するよ。でも、いきなりチーム戦となると難しい」
「は?」
「このままだと一方的に六年生が勝ってしまう。そんなの当たり前じゃないか。それは面白くないよ。僕の華麗な活躍もきっと見せてあげられないし」
きっとボールは僕に回ってこない。
マークされるだろうし、そもそも無秩序なサッカーにおいて六年生の強さは五年生を圧倒する。ルールがあってないような遊びでは尚更だ。
「だから五年対六年じゃなくて、ちゃんとチーム分けして――」
最後まで言い切れなかった。
その前にギガ君が僕に手を伸ばしたから。突き飛ばそうとしたのか、はたまた殴ろうとしたのか。それは分からないけど僕は後ろへと下がって、それを避けた。
フワリの時もそうだが、人間っていうのは空振りをすると体が泳ぐんだよね。転んじゃかわいそうだ、とギガ君の手を掴んだんだけど……
「ふぎゃ」
支えられなかった。
ギガ君が前につんのめる感じなもので、その起き上がる反動に僕が使われてしまった。作用、反作用、っていうんだっけ? 違う?
まぁとにかく。体重差を考えずに手を出した僕のマヌケさよ。時々やっちゃうんだよね。前の世界の感覚が抜け切っていない。十年も経つっていうのにさ。
「なっ! なにするんだ!」
ズベシャ、と僕が転んだところで五年生から声があがった。もしかしたら僕がギガ君に引きずり倒されたように見えたのかもしれない。
「愛枝さんを守れ!」
「なにがジャイだ!」
「うわあああああ!」
あ、やばい。
五年生の少年たちの心に火がついてしまった。
時に圧制者に苦しむ住民たちは、とあることをキッカケに蜂起する。それは子どもの死であったり、重要なリーダーの喪失であったり。
一度心に炎が走れば、それを止めることはできない。たとえ賢王であろうとも、傾国の美女であろうとも、その革命を止めることは不可能だ。
こうなってしまっては暴君スキルでも止まりはしない。僕が起き上がるころにはギガ君を抑えこもうと群がる五年生チーム。幸いにも六年生チームの人数は少ない。数で有利だ。
これは……乱闘だなぁ。
あぁ、なんていうことだ。
この平和な国で、こんな事件を引き起こしてしまうなんて……
もしかしてアレかな。
僕って、生きるのが下手なのかなぁ。
『なにやってんのよ、マイちゃん……』
『ちょっと聞いてよ、トナヴィちゃん……』
使い魔に愚痴をこぼす。
そんな風に落ち込んでいる間にも騒ぎを聞きつけてきたのか、先生がやってきた。
「おまえら! やめなさい! やめ、やめろ! 話を聞けー!」
暴君スキル以上の声。
その迫力! その威力!
さすが教師。さすが指導者。
大人が介入したとあってはさすがの少年たちも拳を納めた。
素晴らしい! 革命とは絶対に止まらないものだと思っていたけど違ったんだ!
さすが秩序ある平和な国だ。たとえ頭に血が昇っていたとしても、指導者の声には従う。怒りに震えていた拳を下ろすことができる。
う~む。
やっぱり僕は、まだまだこの世界に慣れていないようだ。
怒鳴りつける先生の言葉を聞きながら、僕はしみじみと平和のありがたさを噛み締めるのだった。
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