~継続戦闘と苛烈な結末~ ③
全校集会は体育館で行われる。
その際、個別に移動していては無秩序の極みとなり、かなりの時間を要するだろう。もしかしたら脱走者もいるかもしれない。いや、それは無いか。
まぁ時間的損失は大きくなる恐れがあるので、その対策として教師陣はまず生徒を廊下へと並ばせる。
ちょっとした傭兵団にも通じる理論だ。
それこそ荒くれ兵士たちに秩序なんてものは無い。それでも、各々が好き勝手に行動しては作戦もなにもあったものじゃない。
まずは整列させること。
そして、前の人間に付いて行け、という簡単な命令を下すだけでオーケーとなる。
平和な世界の子どもたちと、荒くれ傭兵団を一緒にするのは失礼な話だけどね。
「そろったな。余計なこと喋らずに体育館まで移動するぞ」
藤原教師が確認し、歩き始めた。
僕たちはそれに付いていくのだが……
ふむ。
視線を感じるな。
背中へチクチクと刺さるような視線。なにか、機会をうかがうような……僕を狙っているような視線を感じる。
僕の位置は『愛枝』という名前の都合上、一番前だ。出席番号、という『あいうえお順』で並べられる方法で、どの学年のどのクラスにおいても僕の名前は一番速い。
速い?
早いと表現するべきか?
う~ん、漢字って難しい。なんだこの同音異義語の嵐は。そもそも、『かける』という言葉が恐ろしいよね。
便利すぎる言葉だろ、かける。
とまぁ、日本語の素晴らしさに恐れおののいているが、それはさておき。
視線の種類だ。
最近ずっと注視されていて、ちょっぴり麻痺しかけているのだが……なにか、その種類とは違った感覚がある。
いや、悪意には違いない。
でも、その種類がどこか違うんだよね。
例えるなら……森の中で出会った狼かなぁ。動物としては有り得ない、機会をうかがう視線。賢い動物だからこそできる連携待ち、みたいな感じだ。
そう。
これは、攻撃だ。
僕はこれから、確実に攻撃される――!
「……はぁ」
と、思う。
そんな予想をした。
いや、確実に攻撃されることが視線で分かるなら苦労はしない。視線でそんなに明確な違いはないけれど、確実にその視線を感じ取れるんだから仕方がない。
まぁ、無理もないか。
前の世界で何度も死にそうな目にあってきたんだし。十年やそこらでのほほんと無知でいようっていうのが虫のいい話なのかもしれない。
それに、だ。
視線っていうのはたとえ一般人であろうとも感じ取れてしまうものだ。
第六感なんていう言葉があるくらいだしね。
そもそも相手に気取られずに観察するという、そういった訓練は、暗殺者しかしてこない。気取られず、認識されず、相手の不意を打って攻撃する。
この世界でいうところのスパイがそれに相当するのかな?
もしくはマンガとかゲームに登場する忍者。
そういった情報収集やシーフ技術を兼ねた存在っていうのは貴重だ。なにより才能が物を言う。
おいそれと――それこそ、たかが十歳程度の人間が扱えるとは思えない。
だからこそ、僕に感知されているわけだけど。
もしも、この僕に気取られず攻撃をしてきたというのなら、そいつは転生者に違いない。
どういった理由で僕を攻撃されるのかは分からないけど、僕が邪魔なんだろうな。
なんてね。
そんなふうに関係無いことを考えていると、階段へとさしかかった。
ここを降りて、下駄箱前を通り、体育館へと移動する。
そんな階段を下りようとした時――
「え?」
――と。
声をあげたのは僕じゃない。
それは驚く少女の声。僕はその気配を察知して、横へと避けたのだ。背中へと近づいてくる感覚を避けようと、僕は自分の位置をズラしただけ。
そうしたら、僕の横を通り過ぎていく少女の姿があった。
田中飛雲。
五組の女フワリ。
たった一歩、横へと動いただけ。
僕はなにもしていない。
そう。
ただ単純に、彼女が自爆しただけ。
「――あ」
この国の言葉っていうのは素晴らしい、とさっき思ったんだけど、こんなときにピッタリな言葉が脳裏に浮かんだ。
暖簾に腕押し。
ヒラヒラした旗というか、なんというか、お店の入り口に付いているやつ。うどん屋さんとかお蕎麦屋さんに多いかな?
あれを押したところで手応えなんて無い。ただ、体が前につんのめるだけだ。
僕にも経験がある。
まだまだ経験が浅く、剣をうまく使いこなせなかった時に、攻撃が空を切った。確実に当てられると思い込んでいただけに、予想外の感覚で体のバランスが崩れる。
そのとき、僕は前へ向かって転んでしまった。
よりにもよって、敵が大口を開けているその場所に向かって。
あの恐怖。
もう終わった、と覚悟する恐怖。
それを、彼女も感じているだろう。
フワリ。
名前の語感通り、君の体はふわりと浮いて落ちていった。
あぁ~あ。
自業自得だからね。
君は、僕を階段から突き落とそうとした。もしも、それが成功していたらどうなっていたと思う? イタズラでは済まない怪我を負うだろうね。死にはしないだろうけど、思い切り顔から落ちてたかもしれない。
その痛みは、想像できる。
だからフワリ。
僕の代わりに、君が味わうとイイ。
「あ」
落ちていく彼女を見て、誰かが声をあげた。
ひっくり帰っていく姿を見て、誰かが声をあげた。
落ちていく姿を見て、誰かが声をあげた。
――あぁ、しまった。
僕も驚く顔をしておけば良かった。
でも、もう遅い。誰も見てないし、まぁいいか。
「おっ」
そんな風に思っていたけど、予想に反したことが起こったので、僕はみんなと違う声をあげた。
おっ、すごい。
藤原先生が落ちていくフワリの手を掴んだのだ。
盛大に顔面を打ちつけたあと、更に転がり落ちるフワリの手を無理やり掴み、落ちるのを止める。
素晴らしい反応速度だ。
さすが藤原教師。
あなたはやっぱり先生の鑑だなぁ。
でも、とっさの判断だろうけど……それは腕への衝撃が殺せていない。なんなら、余計なダメージを与えた感覚だ。
「脱臼したんじゃない?」
ぼそり、と僕はつぶやいた。
いや、藤原先生に聞こえるようにつぶやいてみた。騒然とする階段で、フワリの悲鳴が響く。
悲鳴というより絶叫か。
そのあと、彼女は痛みを自覚して号泣する。
恐らく、激痛だ。
彼女の腕は、肩か肘か、関節が外れてしまっただろう。そのまま階段を落ち続けるほうが良かったか、関節を外されてまで止められたほうが良かったか、結果は分からない。
どちらにしろ、階段を落ちてしまったダメージは大きい。
それが僕であろうと、フワリであろうと、変わらなかっただろう。
報い、かな。
僕は悪いことはしていない。でも、そんな僕に彼女は敵対した。意味もなく敵対したわけだ。そのバックに女王ウララの影があろうとも、扇動された人間は悪い。
教室で謝ったフワリ。
僕はそれで許すつもりだった。だって、もうこれ以上手を出してこないのであれば、こちらからも手を出す意味はない。
ここは平和な国だ。
だからこそフワリの言葉を素直に受け取ったのだが……その後の表情を考慮すれば、こうなってしまうのも仕方がないだろう。
五組の女フワリは、相応な報いを受けた。
その結果が階段から落ち、腕の関節が外れたこと。
壮絶な現場に、クラスメイトである少年少女は声が出せなくなった。
それでも藤原先生は冷静だ。
自分がか弱き少女の腕を脱臼させたというのに、極めて冷静に対処している。普通は、嫌でも手に伝わる鈍い感触があるだろうに。
「……」
――なんであんな冷静なんだろう。
優秀だから?
そうとも思えない。
なんだろうな、この違和感。いや、優秀なのは確かだ。どんなことが起ころうとも冷静に対処できるっていうのは、素晴らしい能力だ。
クールスキル、クレバースキルというべきか。感情の起伏を押さえ込み、状況を瞬時に判断し、適切な行動を取る。
でも。
本当にそんなことができるのか?
「……ん?」
藤原教師に抱えられ運ばれていったフワリ。
それを見送っていた僕たちだったが……
「え?」
僕に視線が集まっていた。
その種類がずいぶんと変わってしまっている。
さっきまで敵視していたはずなのに……
今は、そう。
――恐怖。
まるで、僕を恐れるような視線を向けて、少女たちは僕から距離を取るのだった。
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