~継続戦闘と苛烈な結末~ ④

「……呪いだ」


 少女がつぶやいた。

 その言霊の先にいるのは……僕だ。

 呪い?

 僕が呪いを実行しただって?


「そんなバカな」


 と、僕は笑った。

 呪いっていうのは準備が大変だ。それこそ魔法使いの領分である。僕みたいな魔法の端っこをかじっただけの勇者が呪いを行使することは難しい。

 いや、できなくもないけどね。

 それでも、準備と効果が割に合わないんだよなぁ。

 この世界において、は。

 まず一番初めに必要なのは生贄の血液。それも新鮮なほうが良い。

 生贄は鳥とか猫とかでいいとは思うんだけど、新鮮な血液となると管理が難しくなってくる。それこそ生け捕りにして儀式の際にノドを掻き切るのが正解なんだけど……

 さすがにねぇ。

 それって勇者としてどうなの、という話だ。

 見た目からして魔王の行動じゃないかな、それ。もしくは魔女。魔法使いであるユーリュでさえ、それは似合わない。

 ユーリュは、どちらかというと綺麗でクリーンなイメージっていうのかな。そういった呪いを行使する魔女はなんとなくダウナーなイメージがある。

 偏見って言われるかもしれないけど。

 ともかく、呪いっていうのは面倒くさい。恐ろしいほど労力をかけたところで、結果が得られるとも限らないし。

 それこそ、相手を不幸にする、という効果は曖昧だ。

 呪った相手が石でつまづいて転んで怪我をした。

 それは不幸だ。

 でも、その程度かもしれない。

 足を滑らせ階段から落ち、打ち所が悪く絶命した。

 その程度かもしれない。

 効果がマチマチとなるのなら、自分で手を下したほうがよっぽど分かりやすくて良い。

 だから、呪いなんていう攻撃方法はナンセンスだ。


「呪われる……」


 でも、どうやらクラスメイトの少女たちはそれを信じているらしい。僕を敵対している者ではなく、どちらかというと傍観者かな。

 第三者に徹してた少女ほど、僕が呪いをかけたと信じている目をしていた。

 う~む。

 みんなパニックになっているのか、はたまた冷静な判断ができない状況なのか。

 落ち着いて欲しい。

 あれはフワリのミスだ。

 つたない暗殺能力で僕を攻撃しようとした。僕はそれを避けただけに過ぎない。裏を返せば、フワリの攻撃を受けた場合、僕が階段から転げ落ちていた。

 さすがに僕もノーダメージとはいかない。受身は取れるだろうけど、無傷では済まないっていうのは明白だ。ただ廊下で足を引っ掛けられて転ぶのとは訳が違う。

 それを説明したいところだが……


「五組のみなさんは移動してください」


 藤原教師の変わりに学年主任がやってきて移動を促されてしまった。

 仕方がない。

 先頭の僕が移動しない限り、クラスメイトたちは動くことができない。予定を狂わせることは僕の本意でもないので、大人しく先生の誘導に従った。

 その後、体育館で校長先生からの話がある。

 いわゆる不審者への対策や注意だ。

 いったい学校でなにが起こっているのかは何故か説明なし。恐らく、内部の犯行をまだ捨て切れていないのだ。

 もし、外部の犯行であれば細かく説明し、それ相応の対策を話すのが普通だ。

 しかし、それをしない。

 先生たちは、対策を講じなかった。

 つまり、内部に犯人がいることを疑っているわけだ。犯人がいる前で堂々と対策を述べては、その対策に対策されてしまう。新しい方法を考えられてしまうことになる。

 それはマヌケだ。

 ならば泳がせておけば良い。

 ブザマにも今までと同じ方法でイタズラを仕掛けてきたところを捕まえるだけでいい。

 もっとも。

 その対策に魔法は考慮されていないので、残念ながら僕は捕まらないけどね。


「しかし……」


 さて、どうするか。

 どうしようか。

 フワリはもう、完全にアウトだろう。これ以上、僕に攻撃をしかけてくるとは思えない。なにせ階段から落ちてるしね。

 これ以上、やろうとしてくるのは本物のアホだ。マヌケにも劣る。無駄に無駄を重ねてくるのなら、僕もそれ以上の攻撃をしなければならない。

 そうだな。

 フワリの生活を根本から崩そうか。家でも無くなれば、学校に来る暇もないだろ。もしくは、家族の誰かを狙うか。

 殺してしまうのはかわいそうだし、まだまだ十歳の若き少女だ。これを機に学んで欲しいものだね。

 人の嫌がることはしない。

 うむ。

 道徳の授業ってやっぱり凄いなぁ。日本が平和なわけだ。

 こんなにも裕福で綺麗でみんなが笑って生きていける国なんだもの。教育っていうのは愚かだ、とも思ったけれど、役に立つ部分はあるようだ。

 でもやっぱりなぁ。

 自分の技術を他人に享受するっていう怖さ。自分が見つけた事、発見した事、優位なる物事を他人に教える、っていう行為は、やっぱり利益の損失に思える。

 それを平気でやってのけるほど優しい国だというのかな。

 それを悪用されないと信じているのかもしれない。

 ま、そんなことよりも。

 そんなことよりも、だ。

 僕は視線をずっと感じている。

 それはクラスメイトの好奇な視線じゃなく、ジリジリと首元を焦がすような意思の強さ。左隣から感じるそれは、確かめるまでもない。

 女王ウララ。

 確実に僕へ向けているその意識たるや、大したものだ。

 フワリが階段から落ちたことはすでに彼女の耳にも入っているはずだ。それにも関わらず、変わらぬ視線を僕へと送る。

 僕を階段から突き落とす策を教えたのは女王ウララではないだろうか?

 普通に考えて、それは殺人行為に等しい。

 人をひとり殺すっていうのは、相当な覚悟がいる。たとえ相手が悪の限りを尽くした盗賊であろうと、同じ人型を殺すっていうのは心の強さが必要だ。

 人殺しは魂に響く。

 たとえ覚悟していても、同じ種族を殺すっていうのは勇気や正義で補えるものではない。この僕でさえも、勇者として生きてきて、大神霊様の加護があった僕でさえも……

 そんなものがフワリに有ったとは思えない。

 だが、女王ならできるだろう。

 他人を扇動し、他人の意思を誘導することができるスキル。

 それを使用したならば、自分の手を汚さずに他人を殺すことができるはずだ。

 まったく。

 恐ろしい存在が同年代にいたものだ。転生者でないことを祈るが、もしもそうだったのなら、生前は皇族だろうな。

 ま、それはともかく。

 いよいよ次は女王さまへ謁見する番だ。

 さてさて、どうやって玉座から引き摺り下ろそうか。

 楽しみに待っているがいい!

 女王ウララ!

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