~継続戦闘と苛烈な結末~ ②

 くわぁ、と僕は大あくびをした。

 美少女としてはやってはいけない顔。でも、そんな顔をしても許されるのが『かわいい』スキルの持ち主。どんなひどい顔をしても、かわいい、となんとなく許されてしまう。

 と、教えてもらったので油断たっぷりにあくびをするのだ。


「ふわ~ぁ~」


 登校中にあくび。

 これから学校かと思うと、ちょっぴり憂鬱になる。ベッドの誘惑を跳ねのけるのは至難の業だった。

 前の世界では野宿が多かった。たとえ宿がある村や町に泊まった時も、そんな良いベッドはない。硬い木のベッドに布団が敷いてある程度だ。

 それに対して、こちらの世界に流通しているベッドは素晴らしい!

 王族が使っている最高級品レベルのものが一般庶民にも使用されているのだ。いや、もしかしたらそれ以上かもしれない。

 スプリング? なんかそういうのが入っているらしくて程よい反発力がある。

 ふかふかでふわふわ。

 寝不足のときには、もっともっとベッドで沈んでいたいと思わせる。思わされてしまう。ちょっとした呪いのアイテムだ。それでなくとも快適な温度を保つエアコンまであるし。恐ろしい世界に生まれたものだ。


「マイちゃん、眠そう」

「うん、眠い~」


 低学年のいつも仲良くしてくれる少女が僕を見て笑う。

 眠いものは眠いので仕方がない。


「夜更かししてたの?」

「ん~ん。寝ようと思ったんだけど、ちょっと眠れなかった~」


 嘘だけどね。

 本当はちょっとした作業を夜中にしていた。

 それがまた大変で、トナヴィに手伝ってもらっても時間がそれなりに必要だったわけで。少女の肉体にはまだまだ睡眠時間が必要らしく、ちょっぴり寝不足になってしまった。

 しかし、これも全ては僕に向かう敵視を排除するため。

 魔王を倒すよりも遥かに簡単な作業なので、しっかりと実行していこう。


「息とめるね、マイちゃん」

「うん、僕も止める~」


 いつもの横断歩道。

 ギロリと睨みつけてくる敵……おじさんの視線を受けつつ、願いが叶うおまじないを実行しつつ、僕は学校へと向かう。

 そして、騒然とした校舎へとたどり着いた。

 ざわざわと生徒たちが騒ぐ中、今日は僕よりも早く先生が駆けつけている。

 その場所は下駄箱。

 そこには、大量の『画鋲』が周囲に散らばっていた。


「な、なに……?」


 ぼそり、と僕はつぶやく。

 もちろん演技だけど。

 なにが起こっているか、どんな騒ぎになっているか、僕は全て知っているけど。

 それでも驚いたフリはしておかないと。


「気をつけなさい。画鋲が入っていた人はこっちの、この箱に入れて」


 先生が少年少女に伝えている中、僕は自分の上履きを取り出した。しかし、その手にかかる重みはいつも違う。

 中を覗いてみれば、ずっしりと大量の画鋲が上履きの中に押し込められていた。


「せ、先生、これ」


 僕はおずおずと先生に自分の上履きを差し出した。おっかなびっくりな演技。ちゃんとできているかなぁ。


「はい、気をつけてここに入れて」


 しかし、僕の演技なんてどこ吹く風。先生はさっさと指示して、周囲の生徒たちに早く下駄箱から移動するように促していた。

 どうやらこの先生、朝から指示を出している内に、すっかりと感覚が麻痺してしまったようだ。

 本来ならば、動揺しているはずだ。生徒の上履きに大量の画鋲が押し込められていたならば、憤慨しても良いはず。

 それがもう怒りがわくどころか作業になってしまっている。

 ざわざわと騒がしい下駄箱周囲で、五年五組の生徒だけが沈黙していた。ある種、異様な雰囲気にも感じ取れる。

 それもそのはず。

 だって、画鋲が詰まっているのは五組の生徒だけ。それも、溢れんばかりに押し込められた画鋲の数は、学校が所有する数を遥かに上回る。ギラギラと不気味に新しく、まるでどこからか沸いて出たような、そんな有り得ない量が、次々に用意された箱の中に落とされていった。

 ジャラジャラと上履きから落とされ、箱の中でうるさく音が成る画鋲。

 それは昨夜、僕とトナヴィがいっしょに上履きに入れていったものだ。

 もちろん真夜中。

 物質透過できるトナヴィと、魔法を行使して空間転移した僕。絶対に見つからない、絶対に不可能な犯行の二回目だ。

 といっても、物凄く地味で無駄でもったいないイタズラだけどね。

 ここまで大量の画鋲を買うコストも、普通に考えればもったいないだけだし。

 でも、だからこそ、どう考えても生徒には実行不可能。

 普通の小学生ならば、ここまで大量の画鋲を用意することができない。そのメリットもないし、デメリットだらけだし、だいたい無意味なわけだし。

 机のラクガキ事件と関連性を考えると、更に僕への疑いが薄れていくわけだ。

 だってね~、昨日の段階でフワリを撃退したことによって事件が起きなくなったっていうのなら、方法はどうあれ僕が犯人で確定してしまう。

 フワリの件とラクガキ事件に因果関係は無い、と思わせないといけない。

 そのための画鋲事件だ。


「五年生は自分の教室に行って。さ、早く」


 先生が教室へ向かうようにと誘導している。

 昨日から不気味な事件が続いている。そして、子どもには犯行が不可能ではないかと予想された。

 こうなってしまっては、外部の犯人を疑うはずだ。どう考えても生徒の仕業じゃないのであれば、疑うは外からやってきた何者か。

 そんなこと狙ったわけではないけど……そっちのほうへ誘導していくのも面白いか。


「ふわ~ぁ~」


 相変わらずあくびは止まらないけど。

 眠い目をこすりながら、僕は五組の教室へと移動した。


「おはよう」


 返事は……ない。

 みんな不気味にうなだれてる感じ。

 ちらりとフワリの机を見てみると……普通に座ってた。

 なんだ、つまんない。

 そのままどこかへ隔離されて生活をする可能性もあったのに、そんな方向へは進まなかったのか。

 これは藤原教師の考えか。

 言ってしまえば、生徒の失態は指導者の失態でもある。問題が起きれば、それこそ藤原先生の経歴に傷がつく。それを嫌ったのかもしれない。

 むぅ。

 もうすこし賢い選択をしてくれると思っていたんだけどなぁ。

 ま、仕方がない。藤原教師の考えを尊重し、フワリを攻めるのはやめておこう。

 もっとも――

 五組の女がまだまだ諦めていないというのならば、僕も攻撃をやめないけどね。


「ふふ」


 笑っておいた。

 フワリがこちらを睨みつけてきたので、笑い返してあげた。驚く顔をして、また立ち上がろうとしたけど、彼女は踏みとどまる。

 おぉ、経験が活きているじゃないか。

 そう。

 僕に真正面から戦うのは無謀だよ。

 頭を使いたまえ、フワリさん。君が勝てる方法はないけど、君が無駄に攻撃する必要はないのだから。

 諦めが肝心。

 そんな言葉もあるぐらいだしね。


「全員そろってるか。全校集会があるから廊下に並べ」


 おっと。

 藤原教師が始業前にやってきた。

 恐らくラクガキ事件と画鋲事件だろう。そのことに関して、児童全体に通告しておくようだ。外部からの犯行の可能性もあるので、その注意かもしれないね。


「愛枝舞さん、田中飛雲さん、ふたりだけこっちへ」


 と、みんなが廊下へ移動する中、僕とフワリだけ藤原教師に呼ばれた。

 なんだろう?

 昨日の話なのは確実だけど……

 みんなが窓から見守る中、教室の中央で僕とフワリが相対する。


「ほら、田中さん。昨日のことを謝るんだ」

「……はい」


 渋々といった感じでフワリは僕を見た。


「ごめんなさい」


 と、フワリは素直に頭を下げた。

 あらら、なんだ。謝っちゃうんだ。

 そういう予定だったら挑発なんかするんじゃなかったなぁ。まだまだ諦めていないと思って、戦うぞ、いつでもやってやる、と思って笑ってやったんだけど……

 どうやらこれでフワリとの戦いは終わったらしい。

 残念だ。


「分かりました。これでおしまいね」


 僕は手を差し出す。

 頭を上げたフワリは疑問を表情に浮かべたが、すぐに握手だと分かったのか僕の手を握った。ぎゅ、と握って、戦闘終了。

 よしよし、これで五組の女の動きは鈍くなるかな。

 次は女王ウララの動きに注視できるだろう。


「仲直りしたな。よし、ふたりとも廊下へ、列に並べ」

「はい」

「分かりました」


 先生の後ろをフワリが歩く。で、彼女は不意にふりかえった。


「ん?」


 にらみつけてくる視線。

 なんだ、なにが言いたいんだ?

 その視線はするどく、敵意がふくまれていた。

 おかしい!

 どういう意思だ!?

 どういう意味だ!?

 戦闘は終了したはずだ。

 全面的に彼女は降伏したはずだ。

 なのに、彼女はなにを見ているんだ? なにを僕に伝えたいんだ?


「愛枝、どうした?」

「あ、ごめんなさい」


 思わず足を止めてしまった僕だが、それを見て先生が歩くようにうながす。その際に、またフワリがこちらを見た。

 なにがなんだか分からない。

 いったいフワリはなにを知り、なにをたくらみ、なにを実行するつもりなのか?


「……」


 あくびをするのも忘れて、僕は眠気がすっかりと吹き飛んでしまった頭を悩ませるのだった。

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