~『かわいい』スキルの特殊デメリット~ ①

 保健室に連れて行かれた僕は一通りの話を教師陣から聞かれた。


「えっと……ラクガキしたのはおまえだろ、って言われて追いかけ回されて、みんなが転んで下敷きになって……最後に田中飛雲にいっぱい叩かれました」


 嘘は言っていない。

 真実だけ。

 なにより僕の両方のほっぺたが証拠だ。

 赤くなっていて、ちょっぴり熱をもっている。腫れるところまでいかないのが、フワリの攻撃力の無さを示していた。

 もしも相手がゴブリンだったらゾっとする。たとえ、最弱の魔物であるコボルトだって、この程度のダメージでは済んでいない。僕の顔は今頃つぶれてしまっている。頭を失っては蘇生を行うどころの話じゃない。ゾンビにならないのが唯一の救いか。

 まぁ、脳漿を撒き散らす事態にならなくて良かった良かった。


「愛枝さんは、保健室で休んでいてください」


 そう教師陣から言われたので、僕は保健室へと残った。彼らは被害者の僕よりも、加害者の処遇を相談しなければならない。

 さてさて、五組の女フワリがどういう処罰を受けるか。

 楽しみであるものの、落とし所によってはまだまだ戦闘が続く可能性がある。

 しっかりと前を見据えていこう。


「やったわね、マイちゃん」


 ベッドで腕を組む僕に声をかけてきたのは……保健教諭の先生だった。どうやら見張りとして残されたらしい。逃げると思われているのかなぁ。

 そこは僕がまだまだ信用度が培われていない証拠でもある。

 精進しよう。

 ――もっとも。

 冷静に考えれば殺されかけたあとの僕だ。

 死ね、とフワリが叫んでいたこともあるし、ショックを受けているだろうから自殺防止という観点かもしれない。

 そんなわけで監視として残された保険教諭だが……

 残念ながら彼女は僕の味方だ。


「やりました、先生」


 にっこりと笑ってみせた。

 保健教諭……名前を佐々木里奈。清潔感の溢れる彼女は、美人タイプかな。メガネの奥の優しい瞳は、それこそ保健教諭らしい瞳といえる。

 ほっそりとした体と白衣は、小さな子どもからしたら恐怖の対象にも思えた。

 ほら、注射する人ってこんな感じだし。子どもが最大限に恐れるのが注射だから、子どもにとって最大の敵とも言える。

 まぁ、保健教諭は注射なんてしないんだけどね。

 それはともかく。

 リナ先生は僕に合わせてにっこりと笑ってみせる。

 いや、にっこりじゃないな。

 僕に合わせて、いじわるな笑い、だろうか。

 まるで悪巧みする悪の組織。

 元勇者としては、群集に見せてはいけない笑顔だけどね。

 でも、作戦がうまく決まった時には、戦士ガーラインと一緒にこんな笑顔をしていたと思う。

 うんうん。

 彼女とこんなに打ち解けているのには理由がある。

 といっても、単純な話だ。僕がこの小学校に入学したときから色々と強制的にお世話になっていただけ。

 心の問題、とかそういうやつだ。

 本当は必要ないんだけど、それを必要ないと跳ね除けると余計に心配される。だから、黙って大人しく従っているほうが良い。

 問題ないとつっぱねるのは、問題ありと訴えるようなものだ。本当に問題ないのであれば、話自体が浮かび上がらないのだから。

 心配される時点でアウト。

 心配された段階でツーアウト。

 だから、素直に従ってしまうといい。問題なかったよ、とアピールするほうが楽。周囲の不安も消えるので、良いことばかりだ。

 周囲さえ納得してしまえば、アウトの数は減る。野球のルールみたいに、スリーアウトまで待たずとも攻守は入れ替わることが可能だ。


「それにしても……いつかは起こると思ってた。マイちゃん可愛いものね」

「え、そうなの!?」


 衝撃の事実!

 リナ教諭は今回の事件をある程度予測していたというのか!?

 未来視!?

 予知能力!?


「だって、無駄に可愛いじゃない」


 そういって、僕のほっぺたを触る。まだ熱を持っているのか、あらら~、とリナ教諭は顔をしかめた。


「かわいい顔が台無しになるところだった。危ない危ない」

「どういうこと?」

「ん? 腫れちゃった不細工じゃない。そうならなくて良かったなぁ~って」


 ちがうちがう、と僕は顔を振った。


「そうじゃなくって、どうしてこんな事件が起こると思ってたの?」

「あぁ、そっち」


 あはは、と笑うリナ教諭。

 いやいや、笑い事じゃないですよ。もしも未来を見通すスキルがあったのなら、先に教えてもらいたかった。

 それこそ、僕がサッカーに参加することを止められたじゃないか。

 こんな事件を起こすことなく平穏無事に過ごせるのなら、僕はサッカーの喜びなんて知らなくても良かったんだし。

 なにより平和な日常を汚してしまった。

 それは申し訳ないな、と思わなくもない。まぁ、敵対した女王やフワリが悪いのは誰が見ても明らかだけどね。


「それこそ、マイちゃんが可愛いからよ」

「?」


 可愛いと事件が起こる?

 どういう意味だ?

 なにひとつ理解できない。

 僕はワザとではなく、本気で首をかしげた。


「あら。それは私でもムカついちゃうわ」

「え、え、え?」


 リナ教諭が怒りながら笑うという器用な表情を見せてくれたが、僕としては焦るばかりだ。なにせ、本当に意味が分からないのだから。

 ワザとやっているんだったらまだしも、理解できないことで相手の気分を害するのは申し訳がない。

 加えて、それを思うあまりに思考がしっちゃかめっちゃかになってしまって、まったく答えにも辿りつけなかった。

 こうなっては仕方がない。

 正直に教えてもらう以外、僕には道が残っていなかった。


「り、リナ先生。ホントに分かりません……」

「むぅ……マイちゃんは賢い子だと思ってたんだけどなぁ」


 なんか時々ズレるよね、とリナ教諭。

 ズレている、というのは的確な表現かもしれない。なにせ、僕はこの世界の人間ではなく、別の世界から転生してきた人間だ。文化も考え方もなにもかも違うので、どうしても思考にズレが生じてしまう。

 見た目も年齢も性別さえも違うのだから、それは当たり前なのかもしれないけれど。

 それでも、そのズレは平和で楽に生きていく上では致命傷だ。

 自覚しなくてはならない。

 だからこそ、先生に教えてもらわなければ!


「お、お願いします。是非、僕にご教授ください……」


 ベッドの上で正座して、僕は頭を下げた。

 この国における最大限の頼み方。もしくは謝る方法。これでダメなら、もうリナ先生を脅すしかない。幸い、保健室には武器がいっぱいだ。なんとかなる、はず!


「そういうところがズレてるんだけど……はぁ。まぁいいわ、教えてあげるから頭をあげて。あのね、マイちゃん。かわいいってことは、それだけ妬まれる可能性があるのよ」

「妬む……嫉妬?」


 そう、それ!

 と、リナ教諭がうなづいた。


「かわいい子は、恨まれるわ。だって、生きてるだけで得をするんですもの」


 生きてるだけで楽ちん楽ちん、とリナ教諭は笑った。


「そうなの?」

「そうよ。マイちゃん、サッカーはじめたでしょ?」


 うんうん、と僕はうなづいた。

 嫉妬とサッカー、どこに因果関係があるのだろうか?


「その時、男子はどうした?」

「え、普通に仲間に入れてくれたけど?」

「男子たち、優しかったでしょ」

「あ、うん」


 それだ!

 と、リナ教諭は嬉しそうに指摘した。


「それはマイちゃんがかわいいから優しかったのよ。マイちゃんといっしょに遊びたいから、仲間に入れてくれたわけ。普通に考えてごらん? サッカーが下手なマイちゃんを仲間に入れるとどうなるか」

「……下手だから、足手まといだから……邪魔になる」

「でしょ?」


 うん、確かに。

 そのせいでサッカーがうまく機能せず、サッカー観戦が大好きな女王ウララに敵と認定されてしまったぐらいだ。


「かわいいって、なにもかもが上手くいくのよ。つまり、マイちゃんは無敵なわけ。なにをしたって許されるんだから。フワリさんがマイちゃんの顔を執拗に殴ったのもそのせいかも……あ、これは秘密ね。言っちゃいけない言葉だったわ」


 いけないいけない、とリナ教諭は笑う。

 僕としては、なるほど、と思わなくもない。

 ちょっぴり赤くなった頬。

 かわいい、という揺らぐことない真実を受け入れていたが、その弊害までは考えていなかった。

 僕はほっぺたを触りながら、リナ教諭の言葉に耳を傾けるのだった。

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