~反撃の狼煙をあげてみよう~ ⑦
結局、犯人は名乗り出なかった。
当たり前だけどね。だって僕だし。
で、藤原教師が事件の落とし所として僕に目をつけたのだが、言論の誘導ミスで僕からターゲットを外すしかなくなる。
おしかったね、藤原先生。
申し訳ないけど、生徒たちを声の力によって封殺するあなたの行動は良く見ていた。だから、利用させてもらった。
単純な話だ。
犯行を横柄な態度で悟りきったように認める。
そんな僕に『大人』という存在であり、導師でもある藤原先生は我慢できない。
どうしても癪に障る。障ってしまう。
そこで、手のひらを返すわけだ。
「その態度はなんだ!」
と、怒った相手に対して、態度ではなくその手前で言った言葉を否定する。会話としては間違っているが、状況としては間違っていない。
あとはもうどうなってもいい。
犯行に対する言及はそれ以上されなくなる。だって、自首したことを怒ったんだから。それを否定したのなら、自首も否定したことになる。なので、犯人であることを指導者自ら否定してくれるわけだ。
ありがとう、藤原先生。
あなたがいつも通りの対応してくれたので作戦がうまくいった。
ブレない、筋が通った人間である証明がされた。
「ふぅ」
僕は机をゴシゴシと雑巾で拭いていた手をとめて、息をひとつ吐いた。周囲の生徒たちも同じように息をもらしている。
藤原先生の怒りの最終的な落とし所は、連帯責任といった感じかな。全員で自分の机を掃除することになった。
先生が持ってきた粉の研磨剤を使って机を雑巾で拭く。頑張ってこすったら、机はピカピカに綺麗になっていった。
すごいね、研磨剤。これで人間をこすったら、皮膚をえぐることもできたりするんだろうか?
……試さないけどね。安心してね。僕はこれでも勇者だし。
そんなこんなで一時間目がつぶれてしまう。
男子諸君にとっては、それはそれで面白いイベントとなったのだろう。あまり気にしている様子はない。
だが、女子諸君……得に五組の女の視線は厳しい。
一時間目が終わり、二時間目との間の休み時間に再びフワリがやってきた。
「ちょっと来なさいよ、愛枝舞」
甲高い声。
まるで金属を重ね合わせたかのような、悲鳴にも似たような、そんな心にザラザラとする声。
どうやら僕をどこかへ呼び出したいらしい。
そんなフワリの背後に、数人の女子たちが集まる。その数は……十人ほど。クラスの女子の約半分が僕へ恨みをぶつけに来たらしい。
いよいよだ。
いよいよ始まったぞ。
「付いて来なさいよ」
「なんで?」
だから僕は、さっき先生に見せたような横柄な態度、澄ました顔で答えてみせた。
「どこへ行くの? どうして行くの? ここじゃダメなの?」
ねぇ、と逆に聞いてみる。
「なッ――生意気いってんじゃねーよ!」
フワリが掴みかかろうとするが、僕は後ろへと下がった。フワリの手が空を切る。
いくら僕の身体が幼い少女になったとは言え、前の世界で培ってきた経験が消えるわけではない。それこそ死にそうな目にあってきたんだから。
たかが少女が向けてくる殺意など、どうということはない。
それが何人集まっても、ね。
「に、逃げんな!」
フワリが追いかけてくるが、もちろん僕は後ろへと逃げ続けた。ひょいひょい、と机を縫いながら、後ろの気配を察知しつつ逃げ続ける。
こういった場合、挟み込みや回り込んだりすればいいんだけど……やっぱり少女という生き物はダメだなぁ。ろくに鬼ごっこをしてこなかったんだろうか?
みんなで一方向から僕を追いかけてくる。
これでは体力が底をつくまで終わらないぞ?
「待ちなさいよ!」
「なんで?」
「話があるって言ってるでしょ!」
「じゃ、話してよ」
「あんたが止まらないから話せないんじゃ!」
「なるほど」
というわけで、ストップしてみた。
「うわっ!?」
フワリが僕につんのめって、体制を崩す。そこに後から追いかけていた少女たちが引っかかって、ついにはドドド~っとみんなで転んでしまう。
その最先端が僕。
「いだだだだだ……」
うぅ、結構痛い。
危険なドミノ倒しとまではいってないけど、そこそこの勢いで転んだので、みんなダメージは大きい。
「だ、だいじょうぶ?」
そんな僕たちを見て男子諸君や残りの女子たちが助け起こしてくれた。上から上から救出されるが、最後まで残ったのは僕とフワリ。
胸倉をつかまれるように、フワリは僕の服を握り締めている。
そのまま助け起こそうとした少年の手を意に返さず、僕のおなかの上に乗った。
いわゆるマウントポジション。
圧倒的有利な体制を、僕に対してフワリは取った。
「ようやく捕まえたわ」
「そうだね。で、話ってなに?」
「……生意気なのよ、おまえ」
「ふ~ん。じゃ、君は? 君はどうなんだい、フワリ。君は五組の女子を率いているが、それって生意気じゃないの?」
「うるさ、い!」
振り上げられた手。拳ではなく、手のひらが僕に向かって叩き落される。
でも。
そんなものは大したダメージにならない。
僕は甘んじて殴られておいた。
バチン、と教室に響く音。
「ひぅ」
と、周囲から少女の悲鳴にも似た声。
まぁそうだろうね。
平和な国において、裕福で楽に生きていけるこの国において、子ども同士の、それも少女が殴りかかる光景なんていうものは、それこそ一般的ではない。
非日常だ。
それが目の前で起きているとどうなるか?
「死ね! 死ね! 死ねぇ!」
狂っていく。
教室内の空気が狂っていく。
連続で振り下ろされる手を僕は適当なガードでやり過ごした。その一撃のひとつひとつは、弱小モンスターであるゴブリンの拳よりも弱い。
こんなもの痛いうちにも入らない。それこそ、子どもがジャレついているようなものだ。
でも、周囲から見れば凄惨だ。
平和の民から見れば、恐慌だ。
ノンキに楽に生きていた者が見れば、狂気にも歪んでみえる。
「しかし、まったく」
殴られながら、ぼやいてしまう。
「――マヌケだなぁ、フワリ」
誰にも見られないように。
顔を腕で覆って、フワリにだけ見えるように。
僕は、笑った――
「なにをしている! やめなさい!」
響く大人の声。
まぁ、当たり前だ。
これだけ騒ぎを起こしていれば、すぐに教師がやってくるのは目に見えている。ましてや、一時間目の休み時間など五分しかない。休憩とは名ばかりの、短い時間に起こった事件は、すぐに周囲に触れわたった。
頃合を見て、わざと捕まってみたんだけど。
思いのほかフワリはマヌケだった。
暴力。
そう、暴力。
先に手を出したのは誰?
そんなものは、もうどうでもイイ。
「うわ~ぁ~、たすけ、たすけてぇ~!」
僕は盛大に泣き叫ぶ声を出した。
馬乗りになり、殴り続けた少女。
組み敷かれ、殴られ、助けてと叫ぶ少女。
さぁ――
悪いのどっち?
「やめなさい、田中飛雲!」
「なっ!?」
驚く顔のフワリ。
彼女は先生に羽交い絞めにされて僕の上から引き剥がされていく。
「ちが! せ、先生!」
「暴れるな!」
そのまま彼女は教室から連れ出されていった。
「ふっ、く、か、ぃぃぃぃ、くふっ」
目元を腕で覆って、僕はなんとか口の形を『あ』にする。
僕は必死に笑いをこらえた。それも必死に。
嗚咽を我慢しているように思わせることができたかなぁ。感情をコントロールし切れないっていうのは、なんとも情けない話だけど。でも、気持ちは分かってもらいたい。いやいや、なんとしても泣き顔を維持しないと。
僕はそのまま、床に倒れたまま笑いをこらえるのに必死だった。
その姿は、まぁ周囲から見れば壮絶だっただろう。
なにせ服は乱れてお腹が丸見え。
ちらちら見えるほっぺたは赤くなってしまっていて、殴られた後に見える。
なによりも、身近でこんな大事件が起こってしまった。そんなことで、みんなが動揺していて、僕を助け起こすことも忘れているようだ。
さてさて。
僕はこの後、保健室へと運ばれた。
五組の女筆頭『田中飛雲』。
彼女がどこへ連れて行かれたのかは……僕は知らない。
知ったこっちゃない。
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