~僕の歩みと女王の壁~ ②

 プロのサッカーの試合とは違って、少年たちのサッカープレイというのは秩序立っていない。各々ボールを追いかけていくスタイルで、作戦なんか有ったもんじゃなかった。

 もちろん、強い少年サッカーチームとかだと話は違うんだろうけど、ここは小学校のグラウンドであって、サッカー練習場じゃない。

 というわけで、ボールが飛んでいった方向にみんなで追いかけていく遊び、となる。


「こっちこっちー!」


 そんな効率の悪い行為はしたくもないので、僕はひとり離れた場所でパスを待っていた。いわゆるこれが優れた作戦、というやつだ。厳密にいうと、オフサイドっていうルールになるのかもしれないけど、審判なんていないんだから仕方がない。


「愛枝さーん!」


 というわけで、ボールが飛んできた。

 あ、ちょっと飛びすぎ?

 しかし任せて欲しい! 僕はサッカーの真髄を見極めた。

 そう! 手を使っちゃダメなだけで、他の部分は使っていいんだ!


「うりゃぁ!」


 というわけで僕はヘディングを試みる!

 これで、ぽーんと前に飛ばして追いかければゴールに近づけるっていう作戦だ。


「ふぎゃっ!?」


 あぁ、しかし。

 僕の初めてのヘディングはブザマにも失敗した。ちょっぴり頑張って飛びすぎたせいで、頭じゃなくて顔面にボールが当たってしまう。

 久しぶりに受けたダメージは、鼻。金属系の感覚が顔中にひろがって、僕は後ろへとばったり倒れた。


「あ、愛枝さーん!?」


 ごめんなさい、少年たち。

 僕にサッカーは向いていないようです。誘ってくれてありがとう。

 でも今はちょっぴり休ませて。

 めっちゃ痛いです……

 ずず、とあふれてくる鼻をすすった。

 鼻?


「んわ」


 鼻血が出てた……うわ~、やっちゃった。


「うげ、愛枝さん鼻血でてるよ!」

「たいへんだ!」

「ほ、保健室!」


 男子諸君が騒然となる。

 うん、気持ちは分かる。だって、女の子が鼻血だしてる姿って、ちょっと壮絶だもんね。なんていうのかな、申し訳ない気分でいっぱいになる。もちろん責任の所在なんてなくっても。


「上むいちゃダメだよ、愛枝さん。下むいて」

「ふぁ、あ、ふん」


 セージ君がやってきて起こしてくれた。で、下を向いたらポタポタと血が鼻から垂れる。土に赤い血が混ざっていく様子を久しぶりに見た。なつかしい光景でもある。

 そんな土を見つめていた僕を、セージ君たちが手を引っ張って起こしてくれた。


「とりあえず保健室に連れて行こう。誰か先に行って先生に伝えといて」

「うん、俺が行ってくる!」


 的確な指示だ。素晴らしい少年だなセージ君は。

 というわけで他の学年の生徒たちが、なんだなんだ、と見守る中。僕はクラスメイトたちに連れられて保健室へと移動した。

 その際にも感じる。

 視線だ。

 もう確定したと思っていいだろう。

 気のせいではなく、確実に僕は視られている。

 といっても、今の状態で魔法なんか使えないし、鼻血が止まってないので落ち着くこともできない。魔法で止めることもできるが、ひとまず保険の先生に治療をお願いしよう。

 前もって伝えておいたおかげで、保険室での処置は的確だった。まぁ、鼻血の処置なんて簡単なもの。セージ君の言葉は正しく、上を向いちゃうとノドに入ったりして危ないそうだ。

 五分ほどの処置だが、保健室に詰めかけた男子の多さに保険の先生が苦笑した。


「通りすがりに当てちゃったの?」

「いえ、いっしょにサッカーをして遊んでたんです。で、愛枝さんが……」


 さすがのセージ君も言葉を濁した。

 いや、さすがはセージ君というべきか。女の子がマヌケにも自爆した、なんて男子の口から言えない。

 ほんと、名前のとおり賢者だなぁ。僕とは大違いだ。


「ヘディングに失敗しました」

「まぁ!」


 先生が笑う。

 まぁ、そりゃそうだろう。女の子でヘディングに挑戦する子なんていないだろうし。そもそも僕が男子に混ざって遊んでいるっていうのが初めてのパターンだ。いろいろとお世話になっている保険教諭だけど、嬉しそうだ。


「う~ん、私としてはなんとも言えないわね。サッカーのルールにあるプレイだから、ヘディング禁止にはできないし。遊ぶのはいい事だから、ぜんぜんオッケーなんだけど、怪我をするのはどうしようもないわ。う~ん……むずかしい……」


 答えの出ない問題みたいだ。


「これから気をつけます」


 というわけで、落とし所を僕が提示した。

 なんでもかんでも禁止にしてしまうのは良く無い。だって、怪我をする本人が悪いんだから。怪我をするからダメだというのなら、人間はもう走ることができないだろう。なんなら、屋外に出るのも禁止したほうがいい。それくらい無茶なことを言ってる。

 もっとも、この平和な国においてそれらの心配はかなり低い。転んで血が出るくらいなら、どうということもない。車にさえ気をつければ死ぬこともないはずだ。


「……そうね、それがいいわ。さ、血が止まったならもう大丈夫でしょ。ほらほら、みんな出てって。美少女の顔に傷をつけた責任は重いわよ」

「あはは」


 あれ?

 笑ったのは僕だけだった。

 振り返ると、みんな笑ってない。神妙な顔っていうのかな。


「だいじょぶだよ。ほら、鼻も曲がってないし」

「そうだね。良かったよ」


 セージ君の言葉に、みんなは納得したようだ。

 それで今日のところは解散となった。このままサッカーを続ける豪胆な者はさすがにいないらしい。というか、明日からサッカーはしないだろうな。あっても呼ばれないだろうな。失敗したなぁ~。

 とりあえずランドセルを受け取って、私は図書室に行くことにした。


「じゃね、愛枝さん。ごめんね」

「いいよいいよセージ君。僕が悪いんだから」


 そう言って、クラスメイトたちやセージ君たちと別れると――


「こっちか」


 僕は素早く移動した。先ほども感じた視線。それを近くから感じた。職員室の前を走り抜け、角を曲がる。その先は二階へ昇る階段と教室につながる渡り廊下。


「――いない」


 僕が気づいたことに気取られたのか、そこには誰の姿もなかった。気配を探るが、近くに人がいない。

 だったら、魔法だ。


「イエメン・ハレエ」


 シャーペン杖に魔力を通し、魔法を発動させる。索敵魔法の魔力が僕を中心として波紋のように学校へ広がっていく。


「なっ!?」


 脳内に浮かび上がる索敵結果。

 それに対して、僕は思わず声をあげて驚いてしまった。

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