~僕の歩みと女王の壁~ ③

 索敵魔法の結果に僕は驚愕した。


「なっ!?」


 頭の中に浮かび上がるおよその敵の位置。

 そして、その数。それは僕の予想を超えて至るところに点在した。

 そう、僕の敵はひとりじゃない。

 複数人いる!


「どういうこと?」


 思わずつぶやいて、反応が一番近い方向を見る。それは、さっき僕が通り過ぎた方向。

 つまり、うしろ。

 保健室があり、校長室があり、そして職員室がある。


「……確実にひとり、教師がいる」


 反応はおよその方角と距離しか分からない。それでも、これだけ近かったら分かる。職員室にひとり、僕の敵がいる。

 いや、僕に敵意を持った人間がいる!

 なんで!?

 と、思わず叫びたくなったけど、口をつむぐ。こんなところで絶叫するわけにはいかない。それこそ敵の思う壺、というやつかもしれなかった。

 僕に敵意を向ける教師という存在。その理由は不明だ。だが、敵がいると分かった以上、この場所で留まるのは危険すぎる。すぐに距離を取ったほうがいい。

 図書室に行くのを休止し、僕はすぐに下駄箱に向かった。気になるのは、教師だけではない。視線の主もそうだし、他にも点在していたこと。少なくとも五人はいたと思う。集団でいた場合、反応は一箇所と認知してしまう場合もあるので、正確な人数は分からない。

 ともかく、僕は靴に履き替えて逃げるように学校の校門から脱出した。


「はぁ、はぁ……」


 息が切れていた。

 大した距離を走っていたわけではない。ただ、恐怖が体の動きを鈍くした。冷たい汗が背中を通る。まるで魔王の城を見上げている気分だ。


「も、もう一度」


 索敵魔法で位置を測るか。もしかしたらさっきは魔法を失敗していたのかもしれない。


「……」


 いや、今は逃げよう。

 ポケットの中のシャーペン杖から手を離し、僕は家路へと急いだ。登校とは違って下校中に敵であるおじさんの姿はない。

 限界ギリギリの速度で僕は走り続け、家にたどり着いた頃にはノドが痛いほど呼吸をしていた。


「っはぁ、はぁ、はぁ」


 口の中の唾液を嚥下するのも難しい。それでも、震える手でなんとか家の鍵をあけると、倒れこむように玄関に入った。


「なんで、どうして」


 分からない。

 どうして僕は敵意を向けられているんだ?

 僕はなにか敵対するようなことをしただろうか?

 分からない!


「はぁ、はぁ、んぐ」


 すこし落ち着いてきたところで、ランドセルをおろす。汗ではりつくTシャツを脱いだところで、また鼻血が出てきた。

 ちくしょう。傷がひらいたみたいだ。

 家を汚すわけにはいかないので、Tシャツで血を受け止めながらスカートのポケットからシャーペン杖を取り出す。


「ダイ・アシュリ」


 一番簡単な回復魔法を唱える。ぽたり、と落ちていた血はすぐに止まって、鼻の中がすっきりした。その代わり、魔力をごっそりと失う。

 回復魔法は魔力消費が多く、それこそ神様の奇跡に近い効果なので、代償が大きい。

 自分の部屋にたどりつく前に、僕はぜぇぜぇと廊下に座り込んだ。


「あぁ、ちがう。なにをやっているんだ僕は」


 Tシャツについた自分の血。これではなにかあったのか、両親に心配されてしまう。ふつうに廊下を汚しながらでも魔法を使って回復し、ティッシュで床をふけば良かったのだ。

 赤黒くにじんでいく血をみながら僕は反省する。相当に混乱しているらしい。


「待て。冷静に、冷静に考えよう」


 そう。

 今は仲間はいない。こんなときに、いつでも冷静だった神官のサラティナがいてくれたら、なんて思う。彼女は後方でいつだって僕たちをサポートしてくれた。周囲を見て、状況を確認し、安全に確実に戦闘を進めてくれる。

 戦闘だけじゃない。僕が迷ったときには、的確にアドバイスしてくれた。どれだけ頼りにしていたのか、僕が女の子になって初めて気づくなんて……


「まったく……なにが勇者だ」


 魔力はもうほとんど無い。それでも血は消しておかないといけない。残りすくない魔力を総動員して杖へと送る。


「んぎ……の、ノイタック・イフィリアップ」


 浄化の魔法。本来の使い方は毒素を消したり、汚水を飲み水に変えたりする魔法。

 洗濯に使うにはもったいないほどの魔法だけど、仕方がない。両親に無用な心配をかけるよりよっぽどマシだ。

 ただでさえ心配をかけているっていうのに。


「よし……」


 急速に意識が遠のく。しかし、上半身裸で廊下で倒れているっていうのも問題すぎるので、せめて自分の部屋にいかなくては。

 しかし、二階は遠い。

 僕は這いずるようにリビングに入ると、ふかふかのソファーになんとかたどりつく。ここまで来たら意識を失ってもだいじょうぶ。

 家に帰ってそのまま寝ちゃった、という言い訳ができるから。

 とにかく、調査は明日からだ。


「絶対に平和に楽に生きてみせるからな」


 誰に宣言することなく僕はつぶやくと、そのまま意識を失うのだった。

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