~僕の歩みと女王の壁~ ①
次の日。
今日は日直じゃないのでクラスでの仕事はない。とくに何事もなく一日を終えた僕は、今日も図書室に寄って帰ろうかと思っていた。しかし、席を立ち上がる前に隣の田中君が声をかけてきた。
「愛枝さん」
「ん?」
普段、彼から話しかけてくることはない。僕はいつも本を読んでいるし、友達になった覚えはないからだ。共通の話題なんて無かったからね。
でも、今日は違った。
田中君が笑顔で僕に話しかけてくる。
「今日もサッカーやらない?」
「え?」
びっくりした。
まさか誘ってくれるとは思わなかった。
「今日、スカートじゃないけど……?」
僕のぱんつを期待してるんだったら申し訳がない。まぁ、頼まれても見せないけど。
今日の僕の服は、いわゆるホットパンツだ。動きやすくていいし、ぱんつを見せてしまう心配もない。男子諸君にとっては残念かもしれないけど。
う~ん。
しかし、どうなんだ? 見せてあげたほうがいいんだろうか? いや、しかし。う~む、無闇に見せてはいけないっていう雰囲気がある。
つまるところ、羞恥心というやつだ。
僕の心は男。間違いなく男。しかも勇者だった。下着を見られたところで恥ずかしくもなんともないし、どうということはない。でも年頃の女の子からしてみれば、下着を見られるのは恥ずかしいものだ。
異性への興味。その体の違い。その最後の一線を守る下着っていうのは、ちょっとした魅力の塊だ。なにせ普段は隠れているものだし、余計にね。
見えない物、見せてはいけない者、秘匿すべきモノ、というのは魔力を秘める。少年の好奇心を刺激して封印を解く邪神も少なくない。
そんなぱんつを見たいのかな、と思ったけど田中君は全力で叫ぶ。
「バッ、ちげぇし!」
田中君は否定した。まぁ、否定するだろうな。もし、ここで肯定してみろ。明日から田中君のニックネームは『エロ大魔王』的な素敵なものになる。女子諸君の人気は地に落ちるだろう。
「ただ、楽しそうだったからだよ!」
「僕が?」
うんうん、と田中君がうなづいた。
「そっか……」
確かにサッカーは楽しかった。というより、少年たちに混じって遊ぶのが楽しかった。なにせ、僕は女の子。魂は男だけど、それは外側から分からない。だから、与えられる物は全て少女側に偏っている。
僕はもう、いい大人だ。それに文句を言うつもりはない。むしろ、それを楽しんでいるフリをする演技もできた。
でも、本当に遊びを楽しめたのは初めてなのかもしれない。
だから――
「やる!」
僕は、元気よく答えた。それに対して田中君は笑う。更に、聞き耳を立てていたのか周囲の男子がワっと盛り上がった。
どうやら少年たちは僕を誘う計画を立てていたようだ。
「俺、ランドセル持ってやるよ!」
「この本、図書室に返すの? 僕、代わりに行ってくるよ」
「行こうよ愛枝さん。早く行ってグランドの場所取りしないと!」
わぁわぁと男子諸君が集まり、あれよあれよと僕のやるべきことをやってくれる。なんだか良く分からないうちに手ぶらで教室から出て、なんだなんだ、と思っている間に下駄箱で靴まで取ってくれて、僕は靴に履き替え、みんなに引っ張られるままグランドに立っていた。
「こ、これがもしかしてお姫様気分?」
もちろん誰も答えてくれない。しかし、前の世界のお姫様を思い出すと、こんな待遇だったような気がしないでもない。まぁ、孤児であった僕と王族のお姫様とじゃぁ接点もなにも無かったので良く知らないんだけどね。
「――ん?」
そのとき、視線を感じた。
それは校舎の二階から。五年生の教室がある階で、窓は全て閉まっている。でも、そこから視線を感じた。
もちろんただの視線のはずがない。傲慢かも知れないが、僕はモンスターや魔物がいて、日々を危険と隣り合わせな世界で生きてきた。だからこそ、敏感になる視線というものがある。
それは敵意だ。
何者かが、敵意を持って僕を観た。
断言できるほどに、確実に、僕へ敵意をぶつけてきたのだ。
いったい何者だ、と僕はポケットに入れているシャーペンに手を触れた。それを杖に見立て、魔力を送る。
「イエメン・ハ――」
「おーい! 愛枝さーん!」
呪文を途中で遮断する。杖に送り込んだ魔力が霧散した。続々と少年たちが集まってきたので魔法を行使するのをはばかられた。
どうやら隣のクラスからも参戦するらしい。ん~、昨日よりも確実に人数が増えてるな。
「今日もサッカーするんだって?」
「あ、え~っとセージ君」
さわやかイケメンの登場だ。彼を中心にして男子たちは僕の周囲に集まる。セージ君は笑顔が似合うし、人気も高い。この世界の勇者とも言うべき存在かなぁ。僕にはとてもできない笑顔だ。
まぁね、僕もね、勇者だったんだけどね。それでも田舎から出てきた芋みたいなもんだったし。良く魔法使いのユーリュに馬鹿にされたもんだ。田舎者って。
「セージ、今日は五組対四組でやろうぜ!」
「いいね! じゃぁ愛枝さんとは敵だ。がんばってね」
セージ君が手をあげる。これはアレだ。ハイタッチっていうやつだ。
「がんばるよ」
僕はそれに応えて手をあげてセージ君とハイタッチした。
「あ、ずりぃ! 俺も!」
すると、男子諸君が僕の手を続々とタッチしてきた。
「うわわわわ」
圧倒されるけど、サッカーをやる前から倒れるわけにはいかない。僕は必死に耐えながらハイタッチの連打を受ける。
「――っ!?」
まただ。
また、誰かがこっちを見ていた! 敵意ある視線。害意のある視線。いったい何者が僕を視てる!?
「……」
誰もいない。
ハイタッチの少年たちのすきまからは、残念ながら見えなかった。
でも、どうやら。
「学校にも敵がいるようだ」
ぼそり、とつぶやき。
僕は男子諸君とサッカーに興じるのだった。
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