~僕の美少女的で平和な一日~ ⑤
五時間目が終わって、本日の授業はすべてが終了した。ここからは放課後。学校に残って遊んでもいいし、学校から帰って遊んでもいいし、なにをしたって自由だ。もちろん、与えられた宿題はやらないといけないけどね。
でも、学校から帰る前に、僕には仕事があった。
「ふぅ」
日直の最後の仕事。一日あった事を学級日誌に書いて先生に届けること。といっても、そんな堅苦しいものじゃない。大抵『いつもどおりでした』的な内容でも怒られることはない。平和なこの国では、小学校で大事件なんて起こらない。それこそ、特記すべきことを見つけるほうが大変だ。
「今日も平和でした……と」
日直の一言コメントにそう記して、パタンと閉じた。残念ながら仲の良い友達なんていないので、僕を待ってくれている子はいない。すっかりと空っぽになった教室を見渡し、問題がないことを確認する。
「窓も閉まってる。問題なし」
声だし確認。先生がやれって言ってるけど、実際にやってるのは僕ぐらいなものじゃないかな。ま、これで仕事は終わり。というわけで日誌を持って職員室へ移動した。
「失礼します」
いつも通り挨拶をして職員室に入る。で、藤原先生の机までやってきた。どうやら席を外しているみたいだ。良くあることなので机の上に日誌を置いていく。これにて日直の仕事は完全に終了。
さて自由時間がやってきた。まずは借りていた本を図書室に返すとしよう。ついでに続きも借りてこよう。
というわけで、図書室に移動して本を返して、次の巻を新しく借りてきた。いわゆる児童小説なんだけど、今の僕には丁度いい。
前の世界で、僕は読み書きができなかった。教育というシステムがなかった世界だから当たり前なんだけどね。
そもそも日本語と違う言語だったので、生まれ直した頃はなかなか喋れなくて苦労もした。肉体的な成長もあるが、意味を理解するのに一年ちょっと。はっきり喋れて両親と意思の疎通ができるようになったのは嬉しかったなぁ。
少女の体とは言え思考は大人のつもりだ。それでも難しい言葉や漢字、日本語での言い回しを習得するにはもってこいなのが小説だ。子ども向けだしね。
冒険小説、というジャンルになるのかな。この作者が想像した世界での冒険譚。剣でモンスターと戦うし、魔法もある。僕の知ってる魔法とはちょっと違うけどね。
ぺらり、ぺらり、とページをめくり目次を確認しながら廊下を歩く。さて、今度はどんな冒険をするんだろう。なんて、すっかりとハマっちゃってて本を見ながら下駄箱で靴をはきかえ、そのまま外までやってきた。
グラウンドから喧騒が聞こえてくる。放課後、ボールで遊んでいる少年たちの声だ。その喧騒は、ちょっと心地いい。僕は校舎からグラウンドへと続く階段に座って小説を読み進めていく。
帰って読め、行儀が悪いぞ、と思われるかもしれないけど我慢できなかった。一章だけ、一章だけお願いします。
「あっ、愛枝さーん!」
ん?
急に呼ばれたので僕は本から視線をあげた。
あぁ。どうやらサッカーボールが僕のほうに飛んできたみたいだ。取ってくれ、という合図だろう。良く見たら五年生の男子たちだった。みんなでクラス関係なくサッカーをしていたみたい。
僕はランドセルの上に本を置いてボールを取る。
「愛枝さん、蹴って蹴って!」
「はーい!」
ふっふっふ! 僕だってそれぐらいできる!
「とりゃー!」
ボールを手からポーンと放って、思い切り蹴った。
「うお!」
あはは! 少年たちの驚く声というものはイイな。別に魔法を使ったわけじゃない。ただ、女の子がちゃんとボールを蹴るっていう状況が珍しいんだろう。どんなもんだい!
「愛枝さん、サッカーできるじゃん! いっしょにやろうよ!」
「ほえ?」
なぜか知らないけれど、少年たちが嬉しそうに僕を誘う。さっきの蹴った距離は、そこまで凄いと言えるものではない。それでも、少年たちは嬉しそうに僕を誘った。
「僕でいいの?」
「ぼく?」
「あっ」
ヤバい。思わず『僕』と言ってしまった。どうしても『私』と自分を表現するのはかしこまっているようで苦手なのだ。実質、僕は『僕』だからね。
「あははは! 愛枝さんって変なの!」
男かよー! と少年たちに笑われてしまうが、まぁ仕方がない。これでまた友達になるっていう目標が遠のいてしまった。しかし悪目立ちだなぁ、これ。しばらく学校休んだほうがいいかな?
「ま、いいや。いっしょにやろう!」
「あれ?」
別にいいんだ。
僕の手を引く隣のクラスの少年。そんな僕と少年に、あっ、と声をあげる周囲のクラスメイトたち。
う~む、手を引かれて真ん中まで来てしまった。反発されるのが怖い。でも、グラウンドに立ってしまったんだから仕方ない。やれるだけやってみよう。
「愛枝さんは俺らのチームな」
「あ、ズルいぞセージ!」
セージ?
どうやら僕の手を引いた少年の名前らしい。セージといえば『賢き者』、いわゆる賢者だ。僕のイメージでは、メガネをかけている学者っていう感じだけど……まぁ確かにそんな面影がある。
セージ君は、いわゆるイケメンだ。さらさらの髪で、爽やかな笑顔が似合う。かといって、頭でっかちな知的タイプではなく、しっかりスポーツもできそうだ。なによりリーダーシップがあるのだろうか、彼が物事の中心になっている。そんな気がした。
そんなセージ君を観察しているうちにサッカーが再開した。ボールを足だけでゴールに入れるっていう単純なゲーム。みんなでわーわーとボールを追いかけていく。
「愛枝さん、いったよ!」
「うわ」
いきなりパスがきた。山なりに飛んできたボール。手を使っちゃいけないので、ボールを思いきり足をあげて、なんとか止めた。ふぅ、ミスしなくて良かった。
「おー……」
なぜか少年たちが止まる。あれ……? わりと凄いプレイだった? 自慢してもいい?
「やった!」
とりあえず両手を握りしめてガッツポーズ。あとは蹴りながら進めばオッケーだ。
「させるかー!」
「あら?」
でも、簡単にとられてしまった。ドリブルって難しいんだな。遠くに蹴りすぎるとすぐに奪われてしまう。
その後も僕には山なりのボールが飛んでくる。どうやらみんな、さっきのプレイがお気に入りのようだ。そういうことなら是非とも披露しなくては!
「うりゃ!」
ジャンプして、足をあげてボールを止めた。おほ、という笑い声が混じったものを受けて、私も笑う。そんな感じで私もサッカーを楽しんだ。
「ねぇねぇ、愛枝さん」
「ん、どうしたのセージ君?」
ボールを追いかけているとセージ君が隣にきた。僕にそっと耳打ちする。
「ぱんつ見えてる」
「ハッ!」
そうだった! 今日、僕はスカートをはいてきたんだったぁあ!
「ご、ごめんなさい!」
「あ~、セージてめぇ! なに教えてんだよ! もったいない!」
「言うなよー! いい子ぶってんじゃねぇ!」
わぁわぁぎゃあぎゃあ、と男子諸君のブーイングがセージ君にあつまる。
まったく。
これだから男子は困る。まぁ、気持ちが分からなくはない。僕も仲間のお風呂をのぞきにいって、盛大に怒られたことがあるので。あ、ちなみに僕が誘ったんじゃないよ? 戦士クンに強引に連れて行かれたので念のため。
まぁ、こんな感じでサッカーはおしまいになった。
僕自身は楽しかったのだけど。
これが後に起こるちょっとした出来事の起点になっているとは思いも寄らない僕だった。
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