~僕の美少女的で平和な一日~ ④

 教室へと向かう渡り廊下。朝の時間といえども、小学生の元気は有り余っている。どこのクラスかは分からないけど、とりあえず低学年の生徒が追いかけっこをして廊下を走ってきた。


「うわっと、と」


 鬼ごっこの鬼をあざむくためか、僕を壁に使う少年。素晴らしい作戦だ、と感心するけど、女の子を壁にするのはどうかと思う。そのせいでノートが数冊落ちてしまった。


「まったく」


 謝りもしないで走り去ってしまった。まぁ、子どもが元気なのは国が健全な証拠だ。この程度で怒る僕ではない。むしろ好ましい風景とも言える。平和な証拠だ。

 しかし。

 問題は落ちたノート。非力な少女には、ちょっとした難題に等しい。

 仕方がないので、僕は周囲の気配をうかがう。……よし、誰もいない。念のためにキョロキョロと周囲を見渡すが誰の視線もなかった。


「タオル・ノート」


 ポケットの中にあるシャーペン杖に魔力を込め、足元に落ちたノートに向かい呪文を唱える。人体に触れているとはいえ、布を挟んだ遠隔魔法発動はちょっと難しい。それでも日々の訓練の賜物は裏切らない。

 偶然にも『タオル』という布巾と同じ単語の呪文だが、僕の世界では物を浮かび上がらせる魔法だった。

 ふわり、と浮かんだノートを操り、一番上へ乗せる。よしよし、問題なし。目撃者ゼロのまま、無事に任務を達成した。やったぜ。

 こういう時に魔法は便利だ。こんなことなら、前の世界でもうちょっと真剣に魔法を使っておけば良かったなぁ、って思う。もっとも、勇者の専門は魔法じゃなかったので仕方がないけど。前衛で戦わないと後ろが危ない。剣道でもやってみようかな。通用したら、そこそこ強くなれる気がする。


「あ、いやいやいや」


 僕はぶんぶんと首を振って歩き始めた。

 目立つのは良くない。慎ましやかにおしとやかに。僕の顔はそれなりに整っているんだ。せっかくだったら、美少女として生きていくほうが良い。高嶺の花、と思われない程度には崩す必要があるけれど、崩しすぎるのもよろしくない。


「むずかしいなぁ」


 美少女として楽して生きる。

 案外、それって難しいのかもしれないな。まぁ、とりあえず今は自分の仕事をまっとうしなければ。

 もう少年たちの鬼ごっこに巻き込まれないように、僕は慎重に教室まで戻った。それを教卓の上に置くと、朝の日直の仕事はほぼ終わり。あとは自分の席に戻って読みかけの小説のページを開くことにした。

 これは図書室で借りた本であり、私物ではない。なぜか私物の小説は持ってきてはいけないんだけど、図書室の小説は読んでいいみたいだ。謎ルールだけど、仕方がない。先生に没収されるより、ルールを守ったほうが良い。

 続々と登校してくるクラスメイトたちの声を心地よいノイズとして感じながら、本日の学校生活が始まる。

 まぁ、基本的に勉強は楽しいので苦痛ではない。

 なにせ知らないことを無料で教えてくれるのだ。世界を覆す可能性を子どもたちに植え付ける。手放しに支配者を作ろうとしている行為はどうかとも思えるけれど、知識を与えてくれるのならば享受したほうが良い。

 未来の選択が広がるのならば、わざわざ下郎になり下がる意味もない。未知を教えてくれるのならば、わざわざ既知となるものを捨てる必要はない。

 知識と知性とは、得ようと思っても簡単に手に入らないものなんだから。


「あぁ、なんて素晴らしい世界だ」


 思わずそんなことをつぶやいてしまうけれど。

 本当にそう思ってるんだから、仕方がない。隣の席の田中君が妙な顔で見てきたけど、笑ってごまかしておいた。

 それでも妙な顔をするので、小説を指差してみる。さっきの言葉は、この本に出てきた言葉だよ。みたいな?


「それ、面白い?」

「うん。面白いよ」


 ふ~ん、と彼はそう言ったきり。う~ん……友達になれそうにないなぁ、やっぱり。

 そんなこんなで始業の合図であるチャイムがなり、藤原先生が教室へとやってきた。ギロリと睨みを利かせ、全員を黙らせたところで『朝の会』がはじまり、連絡事項などの情報を伝え、そのまま授業へと移行するのだった。

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