~僕の美少女的で平和な一日~ ③
敵を索敵する魔法『イエメン・ハレエ』。
それを定期的に発動させることで、ようやく特定できた僕の敵。それは、いつも交差点で立っていたおじさんだった。
年齢は五十を超えているくらいか。いつも深い紺色の帽子をかぶり、手には黄色い旗を持っている。そして、にこにこと笑って僕たちが横断歩道を渡るのを見送るのだ。
身長はそれほど高くない。運動能力もあまり高いとは言えないだろう。いったい何をもって、索敵魔法が彼に反応したのか。
その真意は、未だに分からない。
僕がまだ学校に通いだした頃、この索敵魔法に引っかかる存在はいなかった。もちろん、このおじさんは昔からここにいる。小学生の安全を守る素晴らしいおじさんだ。
しかし。
しかしだ。
去年からだろうか。毎朝の儀式のように発動させていた索敵魔法に反応があった。初めは誤反応かと思ったが、確実に魔法はおじさんを示している。
「おはようございます」
「はい、おはよう」
信号が変わり、彼が車を止めるように黄色い旗を掲げながら僕を見る。
その目は……笑っていない。
まるで僕の正体を値踏みするように、その眼光は僕を見つめていた。
そう。
彼はこうして、僕を毎日疑っている。僕のことをじっくりと観察するように、足元から顔までを素早く観ていくのだ。
もしかすると、僕が別世界から転生したことを気づいているのではないか。
「おまえは何者だ?」
という言葉を、僕は飲み込む。
相手を刺激してしまった場合、どんな反撃がくるか分からない。だから、にっこりと僕は年相応の小学生の女の子らしい笑顔を浮かべておく。
そう簡単に僕の正体をバラす訳にはいかない。このおじさんがブラフを仕掛けていた場合、引っかかってしまうのはそれこそマヌケだ。
彼もまた異世界からの転生者であった場合、味方になるとは限らない。なにせ、僕が転生したくらいだ。勇者であった僕が転生したのなら、あの魔王が転生していても不思議じゃない。
いま、僕の体はまだまだ未熟だ。女の子の体っていうのは、びっくりするほど力が出ない。重い物も持てないし、なかなか速くも走れなかった。言ってしまえば、おじさんの方が遥かに強い。
僕の正体がバレた場合、勝ち目なんてひとつも無かった。
「……」
おじさんの視線が僕を総なめにしていく。足の先から靴下を通り、膝をすぎてスカートにいく。腰のラインをあがり、心臓のある胸で刹那の停止をすれば、そのまま顔まで上がってきた。
その視線に、僕は耐えるしかない。
疑い深く見てくる視線をやりすごし、横断歩道を渡りきったところで、僕はようやく息を吐いた。
「ふぅ~」
「どうしたのマイちゃん?」
「……おまじない。横断歩道を渡る間、息を止めることができたら願いが叶うんだって」
「ほんと!?」
うんうん、と僕は真顔でウソをついた。
ごめんね。本当は違うんだけど、敵をやり過ごすためなんだ。
後に、そのおまじないが下級生に大流行するなんて僕は知るよしもなく、登校を完了し学校に辿り着いた。今日も安全に朝の登校時間をやり過ごすことができた。いつか、あのおじさんとは前面的に戦う必要があるだろう。それまで、魔法の鍛錬は欠かせないな。
「おはよう」
下駄箱で上履きに履き替え、僕は自分のクラスの教室に入る。
五年生のクラスは全部で6つ。ここ最近で一番生徒数が多いみたいで、僕は五年五組。それで、本日は僕が日直だ。
ランドセルを置いたあと、雑用である花瓶の水を交換したりする。適当な雑用が終われば、最期に職員室に向かう。
「失礼します」
入り口で挨拶したあと、僕は担任のもとへと移動した。
「おはようございます、藤原先生」
「ん……はい。おはようございます、愛枝さん」
藤原担任はジロリと僕を見てから挨拶を返した。眼光するどい彼は、どうにも冷血なイメージを与える。僕たち五組のクラスメイトから『怖い先生』という共通認識だ。声をあげて怒ることもしばしば。もっとも、悪いことをしていた場合なので、僕がその対象になったことはない。
そういう意味では信頼を勝ち得ていると思っているのだが……この視線を見る限りまだまだのようだ。
教育者の信頼ほど優位になるものはない。指導者の心象を良くしておけば、いろいろと融通が利くことが多い。多少の失敗はスルーしてもらえるからね。
しかし、そもそも教育が一般的に行われていると知ったときの僕の気持ちが理解できるだろうか。思わず、ありえない! と、幼稚園児が叫びそうになったほどだ。
教育とは、裏返してみれば知識の流出だ。何千年とかけて積み上げてきた努力の結晶たる学術を惜しみなく子どもに披露していく。頭がおかしいのか、とも思えた。
言ってしまえば、競争相手を大量に作り出していることになる。国民を教育して得られるものは、そんなに多くはない。選ばれし者、しかるべき者、天より授かった知能ある者へと、効率的に教えればいいのに。
未来のライバルを無駄に増やす行為。それが、当たり前のように行われていた。
僕には理解できないけど、この世界の常識というのならば受け入れるしかない。反逆したところで、平和で楽に生きていくことはできない。つらく厳しい人生なんて、もうまっぴらなんだから。
「クラスで仲の良い友達はできましたか?」
「……いいえ、まだです」
そう。
僕が信頼を勝ち得ていない理由はこれだ。これだった。
僕には友達がいない。それは、当たり前のことだ。地獄のような保育園、幼稚園時代を過ごした僕にとって、小学校とは楽園にも思える空間となっている。なにせ、ひとりが許されているから。
誰にも邪魔されずのんびりノンキに過ごすこと。
僕にとって、自分の時間を自由に使えるということは、特別だった。前の世界では魔王を倒すため、毎日を戦闘と鍛錬に費やしてきた。それこそ休む暇など無いくらいに。
でも、この世界に魔物はいない。魔王なんて存在しない。安心して日々を過ごすことができる。とても素晴らしい世界だ。
でも。
藤原先生はそれを許してくれなかった。
「コミュニケーションを多く取ってください。孤立していては、いけませんから」
「分かりました。努力します」
極めて無難に。僕は先生の言葉に神妙にうなづく。友達なんていらないけれど、この世界で普通に生きていくのに必要というのなら、それは重要なこと。藤原先生に目を付けられた、ということは、僕の行動は目立っていることになる。
悪目立ち。
この国において、それはとても危険なこと。悪目立ちしてはいけない。それを僕は理解している。だからこそ、友達を作らないといけないんだけど……それが難しい。
だって、僕は男であって。
女の子じゃないんだから。
「よろしい。では、これを教室にまで持っていってください」
先生が示したのはノート。クラスの人数分あり、そこそこの重さ。まぁ、持てないこともないけど、ちょっとつらい。バランスを崩さないように気をつけなければ。
「失礼しました」
ノートの束を持って、僕はおっかなびっくりと職員室を後にするのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます