小学校5年生編
~僕の美少女的で平和な一日~ ①
光を感じて、僕は目覚めた。薄いピンク色のカーテン越しに朝の光がさしこむ。ふかふかのベッドから身を起こして、僕はさっきまでの光景を思い出した。
「……夢か」
約十一年前、かな。前の世界の最期の思い出を夢に見て、なんだかドッと疲れた気分。ちょっとだけぼ~っとする頭のまま、僕はベッドから這い出した。
驚くことに僕は、自分の部屋を与えられている。以前の世界では、それこそ王族や貴族レベルであり、一般家庭においてはほぼ有り得ないような状況だ。もっとも、モンスターや魔族の危険のある夜において、子どもを一人きりにしておくほうが有り得ないのだけど。
「ふわ~ぁ~」
かわいらしい自分の声に自嘲したくなってくる。
子どもらしい声。しかも女の子の声。
この国においては子どもに一室与えられるのが珍しくもない。それだけ豊かな世界に生まれ直したっていうのは、本当に大神霊様に感謝しないといけない。
だって、こんなふわふわなベッドで眠れるのだから。もう一生、このベッドの上から降りたくない、って思ってしまうほど凶悪な代物だ。
ま、そんな訳にはいかないけど。
あくびをかみ殺しつつ、自分の部屋から出る。階段を下りて洗面所に向かった。朝は顔を洗わなくてはならない。この世界で生きるルールのひとつだ。
「……寝癖が」
鏡にうつった自分の姿を見て、あ~ぁ、なんて思う。僕の髪は長い。背中まで届くほど真っ黒な髪で、美しい。それこそお姫様かと思うくらいに綺麗な髪だ。そんな髪だけど、どうやら寝癖がついちゃったみたいで、一部分がぴょこんと跳ねている。これを学校に行くまでに直さないといけない。身だしなみを整えろ。これもまたこの世界のルールだ。
ルールを破るとどうなるか?
そう大したことにはならない。そう思う。でも、それがどんな結果を及ぼすのか。それはこの世界で十一年ほど生きてきた僕でも、分からない。
どうにもならないかもしれない。自意識過剰、という言葉を聞いたこともある。
しかし、どうにかなってしまうかもしれない。用心するに越したことはない、なんて言葉も存在している。
ともかく、めちゃくちゃ便利な水道を利用して顔を洗って、ぴょこんと跳ねた頭の上の髪をなでつけた。
それだけで直ってくれる素晴らしい髪質に感謝だ。
ついでに自分の顔を見る。
髪だけじゃない。非常に整った顔立ちをしており、目も大きい。いわゆる美少女と呼ばれる容姿だった。ほんと、前の世界で見かけたお姫様よりもずっとかわいい。ただ、残念ながら平均よりも成長が遅いらしく僕の身長は小さい。まぁそれでも余りある要素だらけなので、文句はない。
文句はないけど……
「むぅ」
もう慣れたとはいえ、やっぱり元々は男だったわけで。しかも年齢でいうと、現在は三十に近いことになる。普通に考えれば三十歳のおじさんという魂になってしまうんだけど、肉体に引っ張られているのか、多少は若い気持ちでいられているようだ。それこそ、まるで常識も文化も違う異世界だったからこそ。かもしれない。
「マイ~。ご飯できてますよ」
「あ、は~い」
母親の声がした。優しくて綺麗な母。自慢のお母さん、と呼べる。僕はそんなママに返事をして、急いでトイレへ移動した。すっきりした後、リビングに移動すると朝食の用意がすでにできあがっている。
「おはよう、マイ」
「おはようございます、ママ。パパも、おはよう」
「はい、おはよう」
僕の初めての父と母。この愛枝家の当主、というべきかな。愛枝というファミリーネームの長である父と母の間に、僕こと愛枝舞は生まれた。
僕の容姿が整っているように、父も母もかなりの容姿の持ち主だ。特に母親はテレビに映る芸能人と呼ばれる美男美女にも引けをとらないほどの美貌をしており、前の世界ならば王様が絶対に放っておかないほどの美しさだ。
「なに、どうしたの?」
「今日もママは美人だな~って」
「うふ。ありがと」
そんな美人な母を妻とした父も、かなりの人間だと言える。容姿も整っているし、なにより仕事の成功者である。会社の社長をしていると聞いた際には目を見開いて驚いたものだ。
「パパはどうだい? 今日もカッコイイかな?」
「うんうん。すっごくカッコイイ!」
「よし! 今日も仕事を頑張れるよ」
パパは嬉しそうに笑った。
そう。
つまり、僕は大商人の家にお姫様として生まれたことになる。
もっとも、この世界ではそういう『縛り』みたいなものはない。言ってしまえば、自由の国。父が商人をしていて、僕がどんな美しい人間に育ったとしても、政治的に利用されることはない。安心で安全で自由な国だった。
「いただきます」
パパの合図に合わせて、手を合わせる。これもまたルール。
今日の朝食はトーストにサラダ、ウインナーと半熟卵の目玉焼き。たっぷりといちごのジャムをぬって、トーストを食べる。
さくり、という触感が美味しい。なによりいちごジャムの甘さも相まって食べやすい。それからお箸でウインナーをパキュリと食べ、目玉焼きの黄身を潰さないように白身から食べる。朝のニュースを見ながらの、いつも通りの朝食だった。
「おいしい」
「ありがと、マイ」
ママの料理はとても美味しい。平和な国っていうのは料理のレベルも上がるみたいで、すごく嬉しい。サラダにマヨネーズをかけて食べ終わると、最後に黄身だけをあんぐりと口に放り込んだ。
「マイはいつもその食べ方だな」
パパに笑われる。
「ヘビみたいね」
ママにも笑われた。
「あはは。だって、美味しいんだもん」
そう答えておく。お世辞じゃなくて本当だ。だって、卵が生で食べられるなんて信じられない。日本という国では特に衛生面に関して厳しい。
「ごちそうさまでした」
ご飯を食べおわったら、もう一度手を合わせる。で、ここから朝の準備。僕は学校へ行くために着替える。パパはその間に仕事へと出発した。ママは朝ごはんに使った食器を洗ってから仕事に行く。
「今日は……」
う~ん、たまにはスカートを履かないと……これにするか。ママも喜ぶしね。いまいち、この防御が頼りない感じに不安があるんだけど、これはまぁ、異世界だとかそんなの関係なく、僕の魂が男だということで。仕方がないんだけどね。
というわけで、着替え終わってランドセルを背負って、また一階に下りた僕は歯磨きをする。これで朝の準備が完了だ。
「行ってきます、ママ」
「はい、いってらっしゃい」
母に挨拶をして、僕は義務として定められた教育機関へと出発した。
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