勇者逆異世界転生 ~美少女になって平和に楽に生きていく予定~

久我拓人

~勇者物語のエピローグ~

 精一杯に伸ばした腕。そこに伝わる確かな感触は、魔王の胸をつらぬく剣の刃から。震えるほどに、何度も味わった生命を奪う感触を、諸悪の根源から感じ取った。

 やった! 

 ――と、喜びの感情は浮かんでこない。

 だって……それと同時に、冷たい感覚が僕の胸に走ったのだから。


「――ごふっ」


 短くセキをすると共に、口の中から血があふれ出た。見下ろせば、僕の胸には剣が刺さっている。

 暗黒の刃。

 魔王の剣。

 それが、ウソみたいに僕をつらぬいていた。

 足元がおぼつかない……足に力が入らなくなってきた……

 よろよろと僕は後ろへと下がる。

 ぞわり、と体の内側を冷たい感覚が通り抜けて、僕の胸から血が流れ出した。


「……見事だ、勇者よ」


 魔王が笑う。

 その口から、僕と同じように血を流した。でも、色は青い。魔物の王は、その血の色まで冷酷だったらしい。

 喜びは――無い。

 達成感も、無かった。

 ただ、疲れたという感情があふれてきた。

 それと同時に、乾いた笑いも浮かんでくる。

 ここまで頑張ってきたのに、ここで終わりだっていう絶望感でいっぱいになってきた。


「――――」


 魔王がなにか言っている。

 でも、もう聞き取れない。立っているのがやっとだし、そもそも僕を支えているものは、もう無くなった。

 あぁ。

 そうか。

 僕は魔王を倒すという一心で、ここまでやってこれたのか。

 そんな魔王も倒れたから、僕も後ろへと倒れた。

 衝撃を感じるけど、痛みはない。それよりも胸が苦しい。

 冷たい。

 大事なものがいろいろと胸の中からこぼれていくみたいだ。


「マイト!」


 僕の名前を呼ぶ声。

 悲鳴にも似た叫び声。

 それはハッキリと聞こえた。ここまで僕を支えてくれた仲間の声。

 まったく理不尽だよね。

 世界を滅ぼす魔王を倒すっていうのに、協力してくれたのはたったの三人だった。

 でもやり遂げた。

 無理だと嘲笑したヤツらに、どうだ、まいったか、って笑って言いたい。

 でも、もうそれもできない。

 魔王を倒したけど、この胸に空いた穴はふさがらないだろうから。


「あぁ、あぁあああああ!? 待って! し、死なないでマイト! い、いま、いますぐ魔法かけるから!」


 いつも支えてくれた魔法使いのユーリュが、必死で魔法をかけてくれる。ふわり、と温かい魔力が僕を包み、気持ちがちょっとだけ楽になった。


「サラティナ! はやく! はやく回復魔法を!」


 ユーリュが叫んでいる。

 きっと神官のサラティナが僕に回復魔法を使ってくれているんだろう。

 でも、魔王の刃で傷つけられた僕の胸は、一向にふさがる気配がない。呪いの武器なんだろうか。

 あぁ、せめて――

 せめて、その魔王の剣は破壊して欲しい。

 そう願う。

 こんなもの、世界に必要ない。争いの種にしかならないのなら、どんな優れた武器も不必要だ。


「ごほっ」


 血が、ノドに張り付く。息がしづらくなってきた。

 あぁ。

 いやだ。

 なにも見えなくなってきた……

 あんなに頑張ってきたのに、こんなにも頑張ったのに――!

 あぁ……

 ……こんなところで死ぬのか。

 でも、仕方ないか。みんなが死に物狂いで作ってくれた隙を、死に物狂いで掴み取った勝利だ。これが最善だったに違いない。

 だから、僕ひとりの犠牲で、みんなが生き残ってくれるなら。それはそれで、アリなんじゃないかなぁ。

 なんて、最後はかっこつけさせて欲しい。

 もうなにも見えないけど。

 せめて、笑ってる表情は作っておこう。


「……――」


 ありがとう。

 そう言いたかったけど、血がのどに溜まってて声が出せなかった。

 さよなら。

 そう言いたかったけど、もうなにも言えなかった。

 冷たい。

 寒い。

 僕は、もうすぐ死ぬのか……

 こわいな――

 あぁ。

 ぁ。

 ……――





 光が見えた。

 見覚えがある光だった。

 いつも助けてくれる神様の光。

 大神霊様の光だ。


「勇者マイト」


 優しい声。

 まるで母のようにも聞こえ、姉のような親しさも感じる。いつも僕を見守ってくれた、温かい光の向こうに……はじめてその姿が見えた。


「あれ……ここは?」


 気づけば、僕は光の中に浮かんでいた。

 でも、僕の身体は無い。ただ、意識だけが光の世界に浮かんでいる。ちょっとしたアストラル経験だ。

 口もないのに言葉が喋れるっていうのは少し妙な気分だけど、僕は周囲をキョロキョロと見渡したながら大神霊様に聞いた。

 そういえば目も無いんだった。ほんと、変な感じだ。


「ここは私の住む世界です。勇者マイト、よく魔王を倒してくれましたね。感謝します」


 大神霊様は、そうやって僕を抱きしめてくれた。

 身体は無いけど、魂っていうのかな。白く艶やかな胸に僕を抱いてくれる。

 心地よかった。

 なにより、褒めてもらえて嬉しかった。


「あなたに褒美を、と思いましたが……少しばかり無理そうですね」

「相打ち……でしたか」


 残念ながら、と大神霊様は目を伏せる。


「えぇ。生き返らせるのは無理です。魔王の刃の呪いにより、あなたの肉体はどうしようもなく穢れてしまった。魂を隔離するのが精一杯でした」

「それでも、ありがとうございます」


 魂だけでも救ってもらえたのか。もしも魂まで魔王の刃の影響下に入ったのならば、どうなっていたのか分からない。そんな恐怖も感じたが……もうそれは考えなくて良い。だって、魔王は死んだのだから。世界は平和になっていくだろう。僕のいないところで。


「……」


 なぜか大神霊様が悲しそうな顔をした。


「あなたのその、どこまでも優しい心に敬服します」

「そんな! 大神霊様に頭を下げられてしまっては、恐れ多い。どうぞ、慈愛をもって世界を見続けてください。だって、そのために僕は魔王を倒したんですから」

「……そうですね。そう思いましょう」


 そう言って大神霊様は笑ってくださった。

 うん。

 その優しい顔が、僕たちの世界を守ってくれている神様らしい。そんな神に頭を下げられてしまったなどと知れたら、いくら勇者でも恐れ多い。

 死んで良かった、なんて思わないけど。死に物狂いでやって良かった、とは思えるかもしれない。


「それでは、なにか希望はありますか?」

「希望?」

「えぇ。同じ肉体に生き返るのは無理です。しかし、あなたは私のせいで人生を無駄にしてしまった。短かい生涯を、魔王討伐という私の願いに費やしてしまった。ですから、もう一度。勇者マイトではなく、ただの人間として生きていけるように」


 そっか。

 生き返らせてくれるんだ。


「え~と……だったらワガママを言っていいですか?」

「もちろんです。貴族でもいいし、商人の跡取りでもかまいません。望むのならば、王国の第一王子でも、長く続く皇族でも問題ありません。あなたが望むのでしたら、お姫様でもいいですよ」


 最後はちょっぴり冗談っぽく。大精霊様もおちゃめな部分があるみたいだ。

 でも、そうだな。

 僕の願いは――


「今度は、平和な世界を生きたいです。そして、できれば楽をして生きたいなぁ。王族とか、ちょっと人の上に立つのは勘弁してほしいですね」


 どこか別の世界でもかまわない。

 平和な世界で、楽をして生きていきたい。

 ちょっと自堕落な願いかもしれないけど。でも、これだけ頑張ったんだ。次は、ちょっとだけ楽をしたっていいよね?


「分かりました。その願い、聞き届けましょう」


 大神霊様の姿が光に包まれていく。

 いや、違う。

 光に包まれているのは、僕のほうだ。

 また意識が遠くなってきた。でも、今度は怖くない。温かさを感じる。


「あ、忘れてた」


 仲間のことを聞くのを忘れてた。あいつら、ちゃんと街まで帰れたんだろうか。いつまでも僕を心配して泣いてないだろうか。

 それが心配になってきた。

 そして、ちゃんとお別れを言えなかったこと。それが、妙に悲しくなってきて。僕の感情はたかぶっていく。

 こんなことなら、もっともっと話しておけば良かった。でも、もう遅い。僕の言葉は届かない。あぁ、なんてことだ。もう二度と会えないんだ。


「あぁ、ああああ」


 涙があふれてくる。

 どうしようもなく悲しくなって。

 僕は全力で嗚咽をあげた。





「あああああああ、ああああああああああああああ、ああああああああああああああ!」



「おめでとうございます! 元気な女の子ですよ!」



 こうして僕は再び生まれた。

 生まれ直した。

 地球という世界の、日本という国。

 平和な国で、僕は女の子になって生まれ直したのだった。

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