第33話 残る疑問
「あら、お目覚めですか?」
目が覚めると最初に俺の瞳に飛び込んできたのは、俺を至近距離で覗き込むシエラの顔だった。
俺は驚いてベッドの上で仰け反りそうになった。
「……そんなに驚かれると少し傷付きますわ」
シエラは俺から離れ、ベッドの脇に置いてあった椅子に腰かけた。
「ここは?」
「アナトルム王城の一室ですわ、病院に運ばれたあなたの検査が終わったのでここまで連れてきたのです。それにしてもあなた、ずいぶんと大変なことに巻き込まれたみたいですわね」
シエラは机の上に置いてあったティーカップに手を伸ばす。湯気が上がるカップの中にはミルクティーが注がれていた。
「……申し訳ありません。教会には近づくなと言われていたのに」
「それは構いませんわ、あなたは連れ去られた女の子を助ける為に教会へ向かったと聞いています。相応の理由があるなら責めるようなことではありませんわ」
もうそこまで分かっているのかと俺は感心した。
それに、とシエラは続ける。
「教会についてもいくつか収穫はありました。特に、今回の一件で教会の内部事情にも踏み込まないといけないことがわかりましたわ」
シエラはミルクティーに口をつける。熱かったのか、一口飲んですぐに机において手のひらでカップを扇ぎ始めた。
「今回の事件の首謀者の名はディアと言いますわ。彼は昔から毎日の祈りを欠かさない熱心な信者だったと聞いています。そんな人が教会へ反旗をひるがえすのはおかしいと思いませんか?」
シエラは俺の方を見た。俺はディアが教会を変えなければならないと言っていたことを思い出した。
「話によると彼は最後に力を制御できずに、教会を巻き込んで自爆したらしいので姿は見つけられませんでしたが、彼が禁術を使用した形跡がいくつもありました」
「自爆?」
「ええ、そう聞いていますけれど。あなたもその瞬間を見ていたのではなくて?」
どうやらディアは自爆して死んだことになっているらしい。俺が霊術を使用して倒したことはまだ知られていないようだ。
クリュメノスによる情報操作だろうか?
だとすれば大変助かる。生き残ったのに俺まで異教徒扱いでもされたらたまったものじゃない。
「いえ、奴が自爆した瞬間の記憶が曖昧なので」
俺はそう言ってお茶を濁しておいた。
「……まあいいですわ、とにかくディアは教会に対して反乱を起こそうとしていたようです。そして、彼はリネアス王国から教会へと送られる親書を奪っていた人物と同一人物である可能性が極めて高いこともわかりました。わたくしの管理する兵団の調査によって、男の自室から数通の親書が見つかっていますわ」
さすがの調査力である。しかし、俺には一つ腑に落ちない点があった。
「ですが、それならどうしてディアは親書を奪ったのでしょうか?教会に勤めていたのなら、親書の内容について共有されてもおかしくないと思うのですが」
「いい着眼点ですわ。つまりディアに奪い取る意味があったと言うことは、この親書の内容は教会でもごく一部の人間しか知らない秘密である可能性がある、もしくは親書を奪って教会の邪魔をすることに意味があったかもしれないということですわね」
まだ推測の域を出ませんがとシエラは言った。そのまま彼女は腕を組んで考えている。
「教会は今回の事件の原因を反逆した男にすべて
シエラはため息をついた。この程度では教会の信頼を低下させることは難しいようだ。
「あなたにもしばらく勧誘が来るでしょうね、悪魔に魅入られた人間から少女を救った英雄として教会を宣伝して欲しいと。やりたいのならわたくしは止めませんけどどういたしますか?」
「……遠慮しておきます。それに俺がその運動に参加するのはシエラ様の真意でないでしょう?」
「あら、よくわかっていますわね」
そこまで会話したところで、外から信者たちの祈りの声が聞こえてくる。
「……たくましいですね彼ら」
「本当に骨が折れますわ……」
シエラはやれやれといったふうに肩をすくめて見せた。
そのまましばらくの間、シエラは無言でカップのミルクティーをすすっていた。どうやら飲み頃の温度になっていたようだ。
「……ところでハロルド、ひとつよろしいですか?」
少し思いつめた様子でシエラは声をかけてきた。
「はい、なんですか?」
「あなたが助けに行った女の子の名前は、本当にエリーと言うのですか?」
「え……?」
シエラはエリーと面識がないはずである。と、言うよりはシエラにはエリーは見えないはずである。
クリュメノスが話を合わせやすいようにエリーの名前を語っただけだろうか。
「そうですけど、どうしてそんなことを聞くんですか?」
俺は思わず、質問を返してしまった。
その質問にシエラは少し悩んだ素ぶりを見せながらおずおずと答えた。
「いえ、その……とても似ていましたので」
「似ていた?」
シエラにしては珍しく、蚊の鳴くような小さな声で返事をする。こんな彼女を見るのは初めてだった。
「……何でもありませんわ。忘れてください」
シエラはその後、何事もなかったかのように振る舞った。詳しく話を聞いてみたくなったが、あまり深い入りしすぎるのもよくないだろう。
「シエラ様、お仕事の時間です」
そうこうしているうちに、従者であるバンが部屋に入ってきた。どうやらシエラを呼びに来たようだ。
シエラはゆっくりと椅子から立ち上がり、ティーカップをバンに手渡した。
「それではごきげんようハロルド。あなたも動けるようになったらたくさん事件の後処理を任せると思いますから、その点に関してはよろしくお願いいたしますわ」
シエラはそう言い残して部屋から去っていった。
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