第27話 秘められた目的

~Side Ellie~


ずしりと身体に何かが重くのしかかる感触がする。深く闇の中に沈んでいたわたしの意識は少しずつ覚醒していく。


アナトルムの郊外で何者かからの襲撃に遭い、意識を失ったことを思い出しながらわたしは重い瞼を開いていった。


頰を撫でる風は今の季節に似合わずひやりとしている。


天井の一部から光が差し込んでいるが目の前は暗く、仄かに石の壁が見える程度である。


手は後ろに回されて手足を拘束されている。わたしはそのまま、固い石畳みの床に投げ出されるように転がっていた。


拘束に使用されているのは霊力で編まれた鎖のようだ。それは白い光を纏っていた。


唯一自由に動かせる首を回して視線を彷徨わせる。ここはどこなのだろうか。


とにかくこのままではまずい。クリュー様へ助けを求めることもできないし、ハロルド様にも迷惑をかけてしまう。ここまで生きたまま連れてこられたということは、今すぐに処分されることはないだろうが、最終的には殺されてしまうかもしれない。


なんとかして拘束を解く方法を考えていると、突然ぎこちない音と共に扉が開き、外からの光が差し込んできた。強い光にわたしは目を細めた。


「おや、起きていましたか」


少ししゃがれた声でそう言いながら、ひとりの男が部屋の中に入ってきた。


法衣に身を包んだその姿からは想像できないほど、顔には深く刻まれた傷があった。


背はそこまで高くなく、その瞳は強い意志を持っているかのようにギラギラとしている。


「あなたを手に入れるのは本当に骨が折れました。無能な賊たちのせいで誤魔化すことも限界が来ていたところです」


賊という言葉が出てきてわたしはぴくりと身体を震わせた。彼はハロルド様へ賊の襲撃をさせた本人とみて間違いないだろう。


法衣を身に纏っていることから、彼が霊力を使用できるのも納得できる。


わたしは恐怖をできるだけ押し殺し、震えている身体を悟らせないようにした。


「……なぜわたしが見えているのですか」


普通の人間には死神であるわたしのことは見えない。現世で見える人間がいるとすれば、それは寿命がまもなく尽きる人間だが、彼の生命力は健在のようだ。


「おや、教えるとお思いですか?」


男は静かにそう答えた。


「……目的は何ですか」


「ふむ、しいて言うならば我が主のご意志を尊重したまで。それを実現するためにはあなたの存在が必要不可欠だった」


曖昧な返事で誤魔化されている。残念ながら情報を引き出すことは難しそうだ。


男はわたしにそう告げたあと、腕を組んで数秒の間考えていたが、何を思ったのか再び語り出した。


「――あなたには少しぐらい教えてあげても良いでしょう。どうせすぐに何も感じなくなるのです」


男はわたしの方に歩いてきた。怖くなってわたしは身体を固くした。


「あなたには主のお導きに協力してもらうため、贄としてその身を捧げていただきます。魔力を持った死神は非常に効果があるのでね」


(それって……)


わたしの背筋に悪寒が走った。


つまり生贄とされるということだ。


莫大な魔力を使う為に生贄を必要とする魔術を黒呪術、もしくは黒魔術と言う。


これはわたしたち冥界の住人にとっても禁忌の魔術だ。


人間には魔術は使えない。しかし、何事にも例外がある。それが、今この男が行おうとしていることだ。


つまり、わたしのような冥界の生きた住人をそのまま触媒にすることで、人間でありながら魔術を行使する力を得ようとしている。


クリュー様が昔、そのような人間もいるから警戒はするようにと注意を促していたことを思い出した。


絶望感が脳内を支配する。


このまま助けが来ないと、十中八九わたしは死ぬ。たとえ奇跡的に生き残ったとしても、まともな状態で生きていけるとは到底思えない。


抑えていた手の震えが止まらない。心臓は今にも飛び出てしまいそうなほど早鐘を打っている。


男はそのままわたしの前までやってきて、わたしのみぞおちに手を添えて呪文を詠唱した。抵抗しようにも身体は動かせない。


わたしの目の前に赤白い魔法陣が浮かび上がる。


それらはゆっくりと生きているように動きながらわたしの前を脈動していた。


(助けて……!)


失意の中でわたしが助けを求め最初に思い浮かべていたのは、クリュー様でもなく、ヤーマ様でもなかった。


(――ハロルド様)


そして、男が無言で術式を構成し終わった時だった。


「…………?」


ほんの少しだが部屋の霊脈が乱れていた。誰かが霊術を使用したようだ。


(これは……探知ダウジングの霊術でしょうか)


男もそれに気づいたようで、周囲を確認しながら眉をひそめた。


わたしは前にクリュー様にブレスレットを見せた時のことを思い出していた。


このブレスレットは特殊な鉱石でできているらしい。詳しいことはわからないが探知ダウジングで探し出すことができるようだ。


幸運にも、そのブレスレット取り外されることなく腕に着けられていた。


そして、何よりもわたしを驚かせたのが探知ダウジングを行っている術者の霊力だ。


(この霊力って……もしかしてハロルド様!?)


間違えるはずもない。霊力の性質は人によって若干異なっている。


ふんわりとして暖かい。


この二ヶ月間、わたしが毎日ハロルド様から刈り取っていたものと同じだった。


(どうして……?ハロルド様は霊術を使えなかったはずです)


いくつか疑問が浮かんだ。だが、男の発動した魔術が本格的に動き出したようだ。


わたしの思考と身体の力は急速に失われていった。


まぶたが重く、気を保つのが精一杯だ。


「……あと半日もすれば全て終わる。そのまま眠っていろ」


男はそう告げて部屋から出ていった。


(ハロルド……様)


その直後からわたしの意識は再び闇に溶けていった。

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