第25話 狙う影
~Side Ellie~
冥界から
今日は月が出ているはずなのだがそれは厚い雲に隠れており、街灯がなければ道を判別するのも困難な状況だった。
わたしは今、アナトルム城下町のすぐ近くにある森の中にいる。
何故こんなところに
霊脈とは、生命の力を循環させている川のようなもので、その地の精霊たちによって作り出されたエネルギーが集まる場所のことだ。そこでは高度な霊術や魔術を比較的簡単に行うことができる。
わたしたち冥界の住人はそれを利用している。
ちなみに
魔術は冥界の住人のような限られた者が扱える術式で、使用には触媒や魔道具が必要になる。その代わり、霊術に比べて強力なものが多い印象だ。
そして大きな特徴とも言えるのが、人間に魔術の行使は出来ないということだ。何故なら、人間は魔力を持たないからである。
魔力を持つ者として悪魔や堕天使が挙げられる。今まで会ったことはないが確かに存在はしているようだ。
一方で霊術は霊力を扱えれば誰でも、そしていつでもどこでも使用できるという利点がある。例えばハロルド様との戦闘の時に使った光球は「
どうして冥界の住人が魔力を持っているのかは分からない。しかし、わたしたちだけが使える移動手段である
それを魔石と呼び、魔力によってルビーのように赤い輝きを放っている。
この魔石は冥界で魔術に精通したものが作成する。そしてそれがわたしたち死神という訳だ。
これをいくつも作成してストックしておくのがわたしにとっての常であった。
触媒の魔石を作るのはそこまで難しいものではないのだが、一日に作成できる量には限度がある。その上、作成に手間がかかり面倒だというのが本音だった。できるならば無駄遣いは控えたいところだ。
(思っていたよりも時間がかかりました)
陽が沈む頃には現世へと帰るはずだったが、転移先の霊脈を見つけるのに少し手間取ってしまった。
(ハロルド様は何をしているでしょうか)
結局彼には、ミカル様から教えてもらった異端者に関する情報を伝えられずにいた。こうやって心配するくらいなら伝えておくべきだったとは思う。
そして、彼の課題であった親書の解読はクリュー様に任せてきた。
親書の解読を終えて手渡したら、彼は何と言うだろうか。
(いけませんね……)
クリュー様は好きに干渉してもよいと言っていたが、あまりにも肩入れし過ぎているように思う。
(このようなことはこれっきりにしましょう)
密かに決意を新たにして、アナトルムへ向けて一歩踏み出したときだった。
(……霊脈の流れが歪んでいる?)
不自然な霊力の流れを感知した。
外部から霊力による干渉を受けでもしない限りそんなことはあり得ない。
それもとびっきり大きな霊力だ。
わたしは不思議に思いながら、霊脈の乱れに向かって歩みを進めようとしたそのとき、背後から大きな霊力の接近があった。
先端が研がれた矢のように鋭く尖っており、高速で移動する青みがかった白い光がわたしの足元に向かって勢いよく飛び込んでくる。
自分へ向けた攻撃がくるとは考えもしていなかったため、反応が遅れる。
慌てて回避行動に移るが、その光は右足を貫いた。
「痛ッ……!」
慌てて傷口を確認する。しかし、その白い光が命中したはずの右足にはどこにも外傷は見当たらなかった。
だが、どういう訳か貫かれた部位の動きが鈍い。しばらくすると痺れるような感覚がして、まともに力が入らなくなった。
(くっ、これは
知識としてはあったが実際に見るのも、受けるのも初めてだった。
ほとんど力が入らなくなり、動かすことも困難になった右足を引きながら顕現させた鎌の柄を地面について立ち上がる。
(……逃げなければ)
何故わたしを認識できているのか、相手は何者でどのような目的を持ってわたしに攻撃を仕掛けてきたのか、ハロルド様を襲撃してきた人間と関係があるのか……。
わからないことは多いが、わたしは明確に力の差を感じていた。
こちらから相手の姿は見えない。
そんな状況では身体を浮かせてこの場から逃げ、アナトルムまで無事に帰るのは難しいだろう。
もう一度冥界に
普通の人間ならば、冥界に逃げ込めば追ってこられないはずだ。
霊脈の乱れを感じるのと同時に、今度は一本だけでなく数本の光が向かってくる。
どれもがわたしを逃がさないとばかりに死角をつきながら放たれたものばかりだ。
しかし、敵はわたしを殺すつもりは無いようだ。
この術は受けた者の霊力を奪って、疲労によって動けなくするものだ。
たとえ心臓に受けたとしても、気を失いはするだろうが死ぬことはないだろう。
敵の狙いはわたし自身、あるいはわたしがもつ情報ということになる。
高速で飛び込んでくる光に合わせて、魔力を纏わせた鎌を左足全体で踏ん張りながらなんとか振り切る。
霊力で生み出された光の矢は、鎌に弾かれて消滅していった。
これで何とか次の攻撃が来るまでの時間を稼ぐことができた。
わたしはローブの中から
逃げられる。
エリーにはそんな確信があった。
赤く光る石を握りしめ、冥界の座標をイメージしながら叫んだ。
「
魔石から光が溢れてわたしを包み込む。
あとは完全に発動するのを待つだけだ。
しかし、その光は目の前で火花のようなものをばちりと飛ばすと、ふっと消え去った。
「……そんな!?」
間違いなく術は発動した。
しかしわたしの身体はこの場所から一歩たりとも動くことはなかった。
「
冥界への転移に干渉できるものは多くない。ましてや発動自体を打ち消すなど信じられない。
そうして
わたしは再び向かってくる光に対応することができず、そのまま全身を打ち抜かれていった。
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