第24話 クリューの思惑

~Side Ellie~


「クリュー様、いらっしゃいますか?」


「んん?何事だ?」


珍しい時間に冥界を訪ねてきたわたしを見て、クリュー様は少し慌てたように机の上を片付けた。散らばっていたスナック菓子らしきものをわたしに見られないようにするために慌てて机の中に隠そうとしていたが間に合うはずもなく、ぽろぽろと机の下に屑がこぼれていった。


その様子はさながら、勉強をさぼっていた様子を見られてしまった子供のようであり、なんだか気が抜けてしまう。


「ご休憩はほどほどにお願いいたします、クリュー様」


「……なんのことかな」


ごまかせていないことはもうすでに理解しているはずなのだが、わざとらしくそういう態度をとるクリュー様をスルーして、わたしはつい先ほど起きた出来事を説明した。


「クリュー様、天界へハロルド様のことを報告していないというのは本当ですか?」


わたしのその言葉を聞いたクリュー様はほんの少し驚いた様子でわたしを見たが、すぐにいつもの顔に戻った。


「ふむ……誰から聞いた?」


「ミカルという方です、天界から現世に調査に来ているようでした」


「ミカル?」


クリュー様は首を傾げていた。必死に記憶をたどっているのだろうか、しばらく宙を見つめていたが、突然合点がいったように頷いた。


「あーなるほど、あやつのことか。そういえば現世ではそう名乗っておったな。偽名を使いよるからわからなかったぞ。」


クリュー様はスッキリした顔をしていた。にこにこと笑顔になっていたが、名前当てクイズをしに来たのではない。


「クリュー様、そのミカル様から天界と連携をきちんと取れと要請がわたしのところにきたのです」


「ふーむ、やはり天界の奴らは手が早いな。まあもとより気付かれずにいけるとは思っていなかったが……」


やはり、クリュー様はわざと天界に報告していなかったようだ。


クリュー様はいつもサボっているように見えるが、このような大切なことは確実にこなしている。


「何故報告なさらなかったのですか?」


「ふむ、まずひとつめは、あやつは天界の者では扱いきれぬということだ。霊力を奪う手段を天界の者は持たないのでな」


それから、とクリュー様は続けた。


「天界はいつもずるいぞ、ということだ」


「はい?」


「エリー、お主の言いたいことはわかるぞ、何がずるいのですかということだろう?」


クリュー様は続きを説明してくれた。


「あれほど強力な霊力を得た人間を、天界が放置しておくはずがない。天界は十中八九ハロルドの魂を死後によこせと言うだろう」


「死後にですか?」


基本的に人間たちは現世で生を全うすると、冥界で審判を受けすべての記憶を消されて転生し、新たな形で現世に貢献するために生まれ変わる。しかし、ハロルド様のような特殊な人間は話が少し変わってくるということだろうか


「うむ、あやつのような特異性を持った者の魂はとても貴重だ。その原因を解明することで天界や冥界の発展に貢献できる可能性が高い」


つまり、とクリュー様は鼻を鳴らす。


「あやつは死後に取り合いになることが確定していて、エリーが契約をしておかないと、せっかくの優秀な研究材料である魂が天界に確実に取られるということだ」


びしっとわたしを指さしてクリュー様はそう言った。


「そういった魂は天界に優先権がある。もしエリーが契約を行う前に天界に協力要請などしてみろ、何だかんだと理由をつけられてあやつを持って行かれるに違いない」


自分たちで決めた取り決めにここまで苦労させられるとはとぶつぶつと小声でつぶやいていた。


「それだけでは無い、特異性を持った魂は慎重に扱わないと輪廻の輪に戻すときに不具合が生じる。それを治すのは冥界の仕事だというにもかかわらず、天界の魂の扱いは雑なのだ。再び魂を輪廻の輪の中に戻す自分のことをこれっぽっちも考えてくれておらん」


クリュー様は不満げにそう漏らす。昔何かあったのだろうか……?


「とにかく、いつも天界はずるいのだ。たまには冥界にも優秀な研究材料が欲しい」


将来自分の仕事が楽になるかも知れんからなとクリュー様は胸を張って言った。


理由はあまり褒められたものではないが、クリュー様の言い分もなんとなく理解できた。


だが、クリュー様がこのような態度をとるのは意外でもあった。クリュー様ほどうまく口がまわるお方なら、逆に交渉で冥界に有利なように物事を進めてもおかしくないと感じているからだ。


すねたように口を尖らせているクリュー様はしかし、わたしからの言伝について納得もしたようで、しぶしぶといった様子で机の中から書類を取り出し、天界への連絡レポートを書き始めていた。


「さすがにここまで冥界が実績を残していれば、そうそう簡単に天界に取られることもなかろう……感謝するぞエリー」


「いえ……それは構いませんが」


クリュー様の話をまとめると、ハロルド様は天界や冥界にとって貴重な研究サンプルだということだろうか。


(ちょっとだけ、ハロルド様が不憫に思えてきました……)


ふとクリュー様を見ると天界への報告文書を作成している途中で手を止めて、ペンを横に置いてわたしのほうを見ていた。


「ところでエリーよ、まだ聞きたいことがあるのだろう?」


「え……?」


「くっふっふ、エリーのことでわからないことなど自分にはないのだ」


クリュー様は笑顔でわたしを見た。


クリュー様がわたしの心を見抜いたような質問をしてきたのは一度ではないが、本当は心が読めているのではないだろうか。


わたしは頷いてハロルド様から受け取った親書を取り出す。


「クリュー様、こちらの文書の解読は可能でしょうか?」


わたしはハロルド様から預かってきた親書を取り出した。


クリュー様は真っ白の紙を受け取って、いぶかしげに眺めた。


「これは何だ?」


「ハロルド様がリネアス王国から教会に向けて送るように指令を受けた親書の中身です。聞くところによると、教会の秘密が隠されている可能性があるらしいですが……」


「ほう、見たところ複雑な霊術によって保護されているようだが、これを解読すればよいのか?」


「できますか?」


「自分を誰だと心得る、こう見えても冥界のトップなのだ。複雑だから多少時間はかかるかもしれぬが一日もあれば十分だろう」


ミカル様の見積もり通り、一日で解読が可能であるようだ。ミカル様はクリュー様のことをよく知っているらしかった。


「さすがですクリュー様」


「む……なんだか適当に流された気がするがまあ良い、今はちょうど暇をしておったところだ、早速取り組むとするかな」


「クリュー様、お先に机の両脇に高く積まれている書類に目を通してください。先日もユノ様にたっぷりと絞られたではありませんか」


ユノ様は天界の管理者にあたる人だ、クリュー様とは長年の付き合いらしく、何度も文句を言いに来ているが、なんだかんだ仲は良いようである。


「ユノはいつも怒っておるな、せっかくかわいい顔をしているのに台無しになっているのだ」


「……そう思うなら書類仕事をお願いします。解読は急ぎではありませんから冥界の仕事に差し支えることのない範囲でお願いしたいと思っています」


わたしがそう伝えると、クリュー様はしぶしぶといった様子で書類の山へと手を伸ばし、一番上に乗っている紙を一枚とって机に置いた。


少し前まで書類の山は減っていたが、再び貯まってきているようだ。


冥界の仕事量が増えたのか、はたまたクリュー様がさぼっているのかいったいどちらなのであろうか?


仮にわたしのせいで仕事量が増えているのなら申し訳ないことなのだが……。


「それにしても教会か……エリーよ、現世では教会はどのようになっておるのだ?」


書類に目を通しながらクリュー様は尋ねる。


流れるように承認の印を押していき、時に改稿しながら仕分けしていく。


「現世の教会についてはわたしにはわからないことが多いという印象です。時折参拝者を見かける程度で、わたしは教会には入ったことがありませんから」


「ふむ」


わたしの返事を聞いたクリュー様は顔を上げた。


「中に入ってみようとは思わないのか?」


一旦手を止めて、わたしの目を見る


「……あまり考えたことはないです。それに何故かはわかりませんが、わたしは教会というものはどうにも近寄りがたいと感じてしまう場所なのです。もしかしたら、わたしの勝手な思い込みなのかもしれませんが」


教会はわたしにとって畏れ多い場所であった。


心の中がもやもやするような、不思議な感覚がする。そんな場所。


「そうか……また気が向いたときにでも立ち寄ってみるとよい、新しいところにおもむくことで、エリーにとって新しい発見があるやもしれんからな」


「……はい」


優しく微笑むクリュー様を見ながらわたしは頷いた。


「明日の朝には解読した文書を伝えられるであろう、それまであやつの霊力の管理を頼んだぞ」


「わかりました。それでは明日の朝にもう一度顔を出しますね」


そう言ってわたしを見送るクリュー様の顔は、今まで見たことのないどこか寂寥せきりょうを含んだような表情をしていた。

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