第23話 解決策
夢を見ていた。
数年前から何度も見る夢だ。ここ最近は見ていなかったので、すっかり油断していた。
月の見えない真っ暗な夜の星空の下、俺は誰かを助けようと手を伸ばす。
だがどうやっても救えない。
今回も同じだった。結果は何ひとつ変わらない。
胸が締め付けられるような悲しみが俺を支配していく。
自分の無力さに辟易しすべてを諦めかけたその時、今まで一度も変わらなかった夢がついに動きを見せた。
いつものように大切な人が闇の中に消え去る直前、ずっと見ることができなかったその顔がはっきりと映し出されたのだ。
(……え?)
そこにいたのはエリーだった。
普段の黒い服ではなく、いつもとは異なる衣装を纏った彼女は、頬に涙を流しながら精一杯俺に向かって笑いかける。
「……ありがとう」
そう告げて彼女は暗闇の中に消え去っていった。
§§§
目覚めると少し寝汗をかいていた。
今の夢は何だったのだろうか?
(何でエリーがあそこに出てくるんだよ……)
ガシガシと頭をかく。最近エリーとずっと一緒にいるからあんな夢を見てしまったのかもしれない。
カーテンの隙間から陽の光が差し込んできている。
この部屋は朝日の出る方向に窓がついているので、朝はとても暑くなる。
リネアスを発ったときに比べてずいぶんと気温も高くなってきた。
まもなく夏に差し掛かろうとしている。
つまり、神祭も近づいてきているということだ。俺がやるべきことは決まっているが、時間はあまり残っていないかもしれない。
今日はアナトルム郊外にあるノイム村へ向かう予定だ。
まだ起きたばかりで動かない身体を伸ばし、いつもの服に着替える。
俺の体格にぴったりの着慣れたリネアスの護衛兵だ。
袖を通し終えたところで、扉がノックされた。返事をするといつものようにエリーが部屋に入ってきた。
「おはようございます、ハロルド様」
「おはようエリー」
今朝見た夢のせいか、俺はエリーのことをまじまじと眺めてしまう。
すらりと細い手足に腰の高さに切り揃えられた銀色の髪。サファイアのように青く澄んだ瞳が俺を見つめている。
部屋が暑いからだろうか、エリーの頬は少し上気してほんのりと赤く染まっていた。
「ハロルド様、起きてすぐで申し訳ありませんがお話があります」
「話?」
「はい、こちらの親書についてです」
エリーはコートの中から親書を取り出した。そういえばエリーに渡したままだった。
「こちらの親書を解読できるかもしれません」
エリーの言葉に、俺は驚きを隠せなかった。
「本当にできるのか?」
「おそらく……クリュー様に頼めば可能なはずです」
「クリュー様?」
「名をクリュメノスといいます。わたしにハロルド様を監視する命令を課した方です」
思いがけない形でエリーの情報が入ってきた。エリーを使役するクリュメノスというのがいるらしい。
「ですが、この親書は解読すべきではないとも言われました。ハロルド様にとってこの親書の内容を知ることは、おそらく幸せなことではないと、そう聞いています」
俺は頭をひねった。いまいちよくわからない、というのが本音だ。
シエラではなく、俺にとって幸せなことではないのだろうか?
「それはクリュメノスに言われたのか?」
「いえ、クリュー様ではありません。天界の住人です」
天界。
冥界もあるのだから、天界も存在はしているだろうと想像することはできたが、実際に話を聞いてみるとやはり衝撃を受けるものである。
「……とりあえず誰から聞いたかはわかった。だけど、何故俺が親書の内容を知ることが幸せなこととは思えないんだ?」
「それは……わたしにもわかりません。理由は教えて貰えませんでした」
エリーは申し訳なさそうに顔を伏せる。彼女の青い瞳が少し揺れていた。
本当に妙なことだ。
天界の住人というからには、おそらくそう思えるだけの何かを知っているのだろう。
俺をこんなことで騙すことにメリットなどかけらもないからだ。
(知るのが幸せとは思えない……か)
俺にはいくつか選択肢があった。このままクリュメノスとやらに解読を依頼し、真実を知ろうとすること。あるいは現世で解読の方法を探しているふりをして、シエラには申し訳ないが解読できなかったと言ってしまうことだ。
(考えるまでもないな……)
シエラとバン、様々な事情をもつあの二人に頼まれたことはできるだけ協力したい。二人を騙して罪悪感に駆られることのほうが、よっぽど不幸せなことだと思った。
「クリュメノスに頼めば解読できるなら是非お願いしたいところだ」
「……本当によろしいのですか?」
「幸せかどうかなんて他人に決められるようなものでもないからな。構わないよ」
その言葉を聞いたエリーは虚をつかれたような顔をしたが、すぐにくすりと微笑んだ。
「……ハロルド様は本当におもしろい方ですね」
「それは褒めているのか?」
「はい、もちろんです。どうなっても知りませんから覚悟しておいてくださいね」
エリーは口元に手をあてながらクスクスと笑っていた。
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