第20話 二度目の契約

王女に着いて行くこと数十分、俺たちはアナトルム城下町の入り口に到着した。


この大陸で一番大きな国というだけあり、ここには多くの商人が利益を求めてやってくる。


現に今も、城下町に通じるゲートの下は人でごった返していた。


ここから王城までの道のりは数キロにもおよび、歩いて行くのは一苦労である。


ところが、シエラがゲートの近くにいた兵士に一言告げると、すぐに馬車が用意された。


「遠慮は要りませんわ、乗って下さい」


そのまま俺たちは馬車に乗り込んだ。二人乗りだったので、エリーは荷台に乗り込んでいた。


馬車の中で王女と向かいあって座る。緊張しながら彼女の質問に答えていると、すぐに王城に到着した。


「ハロルド、ようこそわたくしのお城へ」


シエラに促させるまま城内に通されて、彼女が王女であることを強く実感することになった。


そのまま城の一室まで案内され、俺は身分に似つかわしくない、高級なものに囲まれていた。


エリーは俺の隣で静かに立っている。


「それではここで少し待っていてください、すぐに戻ってきますわ」


シエラがそう言って部屋の外に出ようとした瞬間のことだった。


「ひ、姫さま~!」


突然扉が開かれ、白いひげを生やした老人が部屋に飛び込んできた。そして、俺には目もくれずにシエラの方へと向かい、彼女に抱きつこうとした。


ところがあっさりとシエラにかわされその腕は空を切り、老人は見事に床にヘッドスライディングを決めていた。


「おお、姫さま……朝のうちから姿が見えないと思い探し回っておりましたがご無事でなによりです。姫さまに傷がついてはワシはもう生きていけませぬ」


「バン爺、毎回抱きついてくるのはやめなさいと言っているでしょう?」


シエラ王女は額に手を当てた。


「ですが、ちょうどよかったですわ。今バン爺を呼びに行こうと思っていたところですの」


王女はバン爺と呼んだ老人に手を差し伸べて立たせると、俺の前まで引っ張ってきた。


「紹介しますわハロルド、この方はバン・ホプキンス。小さい頃からのわたくしの教育係を担当してもらっていますわ」


王女の紹介を聞き、こちらも自己紹介をする


「はじめまして、ハロルド・マーティンと申します。訳あってシエラ王女殿下にご同行させて頂いております」


「ハロルドはわたくしのことをあの貴族の男たちから助けてくれましたわ。そのお礼のためにここまで連れてきましたの」


「ほう、あいつらから……」


「ですから、わたくしは彼を護衛として雇わせていただきますわ、問題はありませんね?」


全く話が繋がっていない気がするし、問題はいっぱいあるように思えるが……。


王女の説明を聞いたあと、バン・ホプキンスという老人は何も話すことなく俺を見つめてきた。


それはまるで品定めをしているような目つきだった


それはそうだろう、どこの馬の骨ともわからない男が急にシエラ王女の護衛になろうと言うのだ。


微妙に居心地が悪い時間が流れる。だが、それは一瞬だった。


「ワシの名前は紹介があった通りバン・ホプキンスという。姫さまにはバン爺と呼ばれておるが、好きに呼ぶとよい」


「それでは、バン様と呼ばせて頂きます」


「ところでハロルドくんと言ったか、君には大変感謝している、よくぞあの悪党どもから姫さまを守ってくださった」


「へ?」


「あいつらは姫さまと政略結婚をしようと我が国王をたぶらかしているのだ!そんなことはワシの目が黒いうちは許してなるものか」


「えぇ……」


そうまくし立てると俺の手を握った


「あなたは姫さまの恩人じゃ、どうかゆっくりしていってくれ!」


何が起こっているのかよくわからないまま、俺は彼に握られた手を見つめる。


「少し大げさですわバン爺……」


シエラはバン爺を諌めながら話を続ける。


「そういう訳で、あなたとの契約は成立ですわね、これからはわたくしの護衛として活躍してもらいますわ。バン爺、あれを出して」


「はい、姫さま」


バン爺は素早く懐から紙を取り出し、俺に手渡した。


契約書と書かれていた。


「そこに名前を書くだけで構いませんわ。内容は国の機密事項の保守、国への忠誠、怪我や病気になった時のための保険などいろいろありますが、悪いようにしませんからぱぱっとサインして下さって大丈夫ですわ」


つい最近同じようなシチュエーションを経験した記憶があるんだが……。


俺はよくわからないまま書類に名前を書く星のもとに生まれているらしかった。




§§§




「さて、これで契約は完了ですわね」


ばっちりと俺の名前が書かれた契約書をひらひらと振り、バン爺に手渡しながらシエラは答えた。


「さて、早速ですが、あなたにはやってもらいたいことがいくつかありますわ」


もうここまできたら、俺は成り行きに身を任せるだけである。


「伝えました通り、わたくしは教会の動向を探っていますわ。そのため、親書という名目で、彼らが何をやり取りしているのか、調査をしていただきたいのです」


シエラはあのとき俺から奪った親書を手渡してきた。


「こちらの調査はさまざまな分野に精通している方たちにお願いしてきましたが、解読には至りませんでしたわ。術式を解くのも困難で、教会特有の暗号霊術シークレットコードによるセキュリティが何重にも施されているようです。それほどまでに重要で、教会に関係のない人間に見られてはいけないものなのでしょう」


改めてその異常さに息を飲む。


解読できるものならして見せろと言わんばかりに強固に施された術式。教会が機密事項として扱うその文書の内容はいったいどのようなものなのであろうか……。


「まず、あなたにはこちらの文書の解読のための情報収集にあたってもらいたいのですわ。わたくしはアナトルム内ではあまり自由に動き回ることができません。それに、わたくしが扱えるコネクションでは限界がありました」


シエラは悔しそうに唇を噛む。


「あなたが信頼できる人物に相談を持ち掛けていただいても構いません。しかし、教会にその動向を悟られてはいけませんわ」


「教会には赴かないほうがよろしいでしょうか?」


「申し訳ありませんけど、しばらく教会へは行かないようにしてください。あなたのことを疑っているわけではありませんが、これは慎重に行わなければならないことなのです」


「……わかりました」


エリーのこと、特に死神についてのことを聞きに行こうと考えていたが、どうやらそれは延期になりそうだ。


「あとは霊峰アナトに関する情報収集もお願いします。こちらの優先度は低いので、できるときで構いません。神祭の準備の手伝いに関しては免除でいいですわ。何か言われたときはこちらを提示してください」


そう言うと、シエラは王国の紋様が調印されている文書を手渡してきた。


文書にはいくつもの装飾が施されており、痛んだりすることのないようにシートで保護されていた。


内容に軽く目を通すと、それは王女の命で動いているという証明の文書であるらしかった。


「それではハロルド、あなたの健闘を祈りますわ」

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