第14話 彼女の真実
「まず、死神というものはどのようなものかご存知ですか?」
「……死神の役割についてはある程度の知識はあります」
彼のその質問に、俺はエリーから聞いていたことを覚えている限り答えた。
現世との不適切なつながりを断ち切り、冥界へと魂を導くものであるということ。そして、普通の人間には、その存在は認知されないということこと。
「はい、死神の役割や状態についてはそれで間違いありません」
しかし、と彼は付け加えた。
「死神がどのようなものかという本質は知らないようですね」
「本質……ですか?」
「はい、死神はどのようにして生まれたのかということです」
それは非常に興味深いものだった。
今まで知らなかった彼女の背景について知ることができるかもしれない。
「是非教えてください」
俺は彼の言葉に食いついていた。
こんな話をできるのは初めてで期待が膨らんだ。俺はずっと、エリーのことを知りたかったのかもしれない。
わかりましたと彼は告げて、こほんと軽く咳払いをしてから語り始めた。
「死神はもともとこの世界で生きていた人間だと伝えられています」
「……え?」
いきなり驚愕の事実が知らされた。
あまりの出来事に思考が付いて行かず、しばらく身体が固まってしまう。
「……それは本当ですか?」
「この本の口伝によれば……ですが」
「つまり、死神として生きている人は、一度現世で死んでいるってことですか?」
「そうなります」
彼の話を聞いて、俺はこん棒で思いっきり頭を殴られたかのような衝撃を受けた。
俺はずっと、死神は冥界で生まれ冥界で生活をしていたものがなるものだと思っていた。
しかし、それは間違いだった。
現世でエリーは死んでいた。
彼女はいつ死んだのだろうか?
もし、死んだ年齢と彼女の姿が一致するなら、彼女は相当に若くして亡くなっていることになる。
そういえばエリーと出会ったとき、彼女は死神になる前の記憶が無いと言っていたのを思い出した。
あのときは特に何も思わなかったが、今になって考えてみるとそれがおかしいことに気づいた。
彼女には生前の記憶がないということなのだろうか……?
いったいどうして?
脳内をぐるぐると思考が駆け巡り、俺は言葉を返せずにいた。
そんな俺の動揺を気にも止めず、彼は再び語り始めた。
「そして、死神は大きな未練を持ったまま亡くなってしまった人だとも言われています。 一歩間違えれば、現世に恨みや執着を持った悪霊のようになり得た人間ということです」
「そんな……」
エリーが悪霊だと呼ばれることを嫌がっていたのは、それが原因なのだろうか。
彼女が抱えているものは、俺が想像していたよりもはるかに大きいものかもしれなかった。
「しかし、死神として選ばれたものは悪霊にはならなかったのです」
「どうしてならなかったんですか?」
「正確にはならなかったというより、なれなかったのです。自分を現世に縛り付けるほどの未練を抱えていたとしても、それを自分の環境や他人のせいにしなかった」
俺にはそれがどういうことなのか、まるで想像がつかなかった。
「ここからは私の推測になってしまいますが、死神に選ばれた人間は大きな未練を抱えていてもなお、その世界が好きで守りたいものがあったのではないでしょうか?そして、それだけ純粋な心をもっていたからこそ、魂は現世へ残したものに縛られていました……いえ、ここでは願いといったほうが正確でしょうか」
「願い……」
「その人がもつ現世への願いは、自身の魂が冥界へ向かうことを拒んだのです。その魂は、何かをするわけでもなく、意識を持つこともなく、ただぼんやりと現世に漂っていたとされています」
「でもそうだとしたら、その人たちはずっと報われないじゃないですか……」
何もせず、ただそこに在るだけの魂。何も変わらず、自分の想いだけがそこに残る虚しさ。そんなのは辛すぎる。
「ええ……ですから、それを不憫に思った冥界の神がその魂を回収して冥界へ連れていったのです。そして冥界と契約を交わした後、冥界の遣いとして行使したとされています。これを死神と言うのです」
彼は語り終えると、わかっていることが少なくて申し訳ありませんと告げた。
「契約手順や、条件など他にも教えられたらよかったのですが……この本にはここまでしか書かれておらず、あまり詳細に知ることができていないのです。もしかしたらもう少しお話できることもあったかもしれませんが……」
彼は申し訳なさそうなそぶりを見せた。
「いえ、とても参考になりました」
ありがとうございますとお礼を言って、深く頭を下げる。
今日教えてもらったことはあまりに衝撃的なことだった。しかしエリーのこと、死神のことを知ることができたいい機会でもあった。
そして、もっと彼女のことを知りたいという想いが溢れてくる。
少しぎこちない関係が続いている中で、エリーとまたくだらない会話することができるようになりたいと改めて思った。
「参考になれたのなら良かったです、もしかしたらアナトルムの教会ではさらに詳しいことがわかるかもしれません」
アナトルム……今俺たちが向かっている国だ。
彼は軽く微笑み、俺の方へと近づいてきた。そして、そっと手を差し出して握手を求めた。
「僕の名前はミカル。ミカル・カランと言います。せっかくなのでお名前をお聞きしてもよろしいですか? また機会があればお話を聞きに来てください」
§§§
ハロルドが帰っていった後、ミカルは一人で教会の戸締りを行なっていた。
シャンデリアの光を落とし、照明の代わりに使用している霊力で作られた光球の光度を弱めると、ステンドグラスから月明かりがぼんやりと差し込んできた。
今日は満月の日だった。
その光を浴びながら、ミカルは笑顔を見せていた。
「やっと見つけました」
彼はぽつりとそう呟いた。
あの青年こそが、ミカルが数か月もの間探し求めていた人物で間違いないと分かったからだ。
ハロルドには魔力による干渉を受けた形跡があることがミカルには見えていた。そして魔力は、冥界の住人だけが持つ力であることもミカルは知っていた。
「私が教えてあげるといたしましょうか」
先ほどまでの丁寧な物腰からは想像もできないほどの語気の強い言葉使い。
まるで別人のようだった。
彼は机の上を片付けながら、ステンドグラスを見上げる。
ステンドグラスには立派な羽根を持った一人の天使が映し出されていた。
「さて、まずは何から始めましょうかね……」
腕を組みながら呟かれたその言葉は、誰に聞かれる訳でも無く虚空へと消えていった。
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