第12話 夜の街タリア
タリアまでは何事もなく進むことができた。
タリアに近づくにつれて、すれ違う人の数はどんどん多くなっていき、最終的には道の幅が狭かったとはいえ、道に人が溢れかえるほどになった。
そのまま人の流れに乗るようにして、肩が当たらないように前に進んでいく。
「やっと着いた……」
空が茜色から薄暗い青に変わろうかという頃、俺たちはタリアの入り口に到着した。商人たちは酒を出すための露店の準備を始めており、入口のあたりでは激しい場所取り競争が行われていた。
タリアには東西南北に入口が一か所ずつ存在しており、街の周囲がぐるりと壁で覆われている。その入口には交易のための関所が設けられており、街に入るためには身分証明書が必要だった。
街に入るために身分証を提示して兵士に見せる。
エリーはそんな俺を横目に、すっと街の中に入っていった。
もちろん彼女は不法滞在になるのだが、誰にも姿は見えていないので問題はないだろう。
許可を貰って街の中へ入ってみると、まだ陽が落ち切っていないからか、看板を掲げた店こそ多く立ち並んでいるものの、準備中と書かれた板をぶら下げているものが大半を占めている。
飲食店のみにとどまらず、アクセサリーや武器、骨董品といった貿易の街ならではの店も多くあり、見たことのないものが店頭に並んでいた。
先に街に入っていたエリーもこの街に興味が尽きない様子で、小さな店の前で、見慣れない物の名前がたくさん書かれた看板を覗き込んでいた。
店の中を一目見ようと、背伸びをして中を覗き込んでいる姿が、妙に子供っぽくて微笑ましかった。
「中に入ってみるか?」
俺が声をかけると、彼女はどこか不機嫌そうな表情で俺を見た。
「なにか気になるものがあるんじゃないのか?」
「そんなものはありません。ハロルド様、わたしにあまり干渉しないで下さい」
エリーはそう言って俺の背中にまわりこんだ。
「はやく宿に向かいましょう」
彼女はぐいぐいと俺の背を押して、この場所から移動するように促す。
彼女の態度に俺は困惑した。
「ちょっと待てって、やっぱり何かあるんじゃないのか?」
「なにもないとさっきから言っています!」
しかしそんな言葉とは裏腹に、彼女の視線は自然と先ほど覗き込んでいた店の方へと向かっている。彼女の視線の先には、かわいらしい小物やアクセサリーがたくさん並んでいた
そんな彼女の様子に俺は苦笑した。
思っていた通り、彼女は隠し事をするのがものすごく苦手だ。目は口ほどに物を言うというが、エリーほどその言葉が似合うのは見たことが無い。
おそらく彼女は今、死神としての使命感と自分の欲求との間で板挟みになっている。
しかし、エリーがあんなかわいいものに興味を示すのは意外だった。
彼女の趣味は、俺に説明をするときに使っていた死神ノートから見て取れるように、ものすごく独特だからだ。
そんなことを考えている間も背中をずんずん押してくるので、とりあえず俺は折れることにした。
エリーはかなり面倒な性格をしていて、こうなってしまっては素直に店に入ろうとはしないだろう。
「わかったわかった。とりあえず荷物を置いてしばらく休憩するか」
エリーは俺が宿へ向けて歩き出したのを見て、少し名残惜しそうに後を着いてくるのだった。
§§§
中心街から少し離れると、賑やかな街の様子とは一転して静かな場所へ出た。
人通りも少ないこの場所は、タリアの教会が近くに控えている。丸一日滞在することになるので、教会へ顔を出してみようかとも考えていた。
指定されている宿の中に入って受付に向かい、宿泊手続きを済ます。
このあたりの宿は、階級の高い人たちが宿泊に利用する施設になっていて、いたるところに高級そうな装飾品が飾られている。
一泊にかかるお金は、いつも利用しているような安い宿に軽く十回は宿泊できる金額だった。普段ならば絶対に利用しないような場所だ。
鍵を貰い、部屋に向かう途中の中庭には中心に大きな噴水があり、周囲は綺麗に
部屋の番号を確認して鍵を差し込み扉を開くと、そこには普段の生活からからは考えられないほどの大きな部屋が広がっていた。
「広すぎて逆に落ち着かん……」
とりあえず荷物を床に置いて、ベッドの上に座り込む。
どうやらベッドも高級な素材のものを使っているらしく、想像していたよりも柔らかくて深く身体が沈み込んだ。触り心地も格別である。
エリーは俺と背を向け合うようにして大きなベッドの隅に腰かけて、その感触を楽しんでいた。
その様子を見ながら、俺はエリーをどうやってタリアの散策に誘おうかと考えていた。
昨日からエリーの様子がおかしいので一緒に来てくれるか不安ではあるのだが、彼女には現世で今まで味わったことのない、楽しいことを経験して欲しかった。
俺は未成年なので夜のタリアでの一番の楽しみ方とも言える酒を飲み交わすということは出来ないが、雰囲気を楽しむことは出来るだろう。
(……そういえば、エリーの年齢を聞いたことはなかったな)
俺よりは下に感じるのだが、まさかの年上でお酒を飲める年齢だったりするのだろうか。
そもそも死神に年齢という概念が存在するかどうかも不明ではあるのだが。
さっきのお店も、まだやっていることだろう。俺は彼女が欲しがっていたものを知ることができたらいいなと思った。
(もし知ることができたらこっそり買っておこう)
盗賊との戦闘で窮地から俺を救ってくれた彼女には何かお礼をしたかった。
「エリー、ちょっといいか?」
ベッドの上から外の景色を見つめていた彼女に、俺は声を掛けた。
「なんでしょうか?」
「今からタリアの街を回るつもりだが……エリーも一緒にこないか?」
ちょっぴり緊張しながら俺はエリーを誘った。
俺の監視も必要になるから、きっとエリーもついてくる。俺はそう考えていた。
しかし、エリーの返事は芳しくないものだった。
「……申し訳ありません、ハロルド様。わたしはここで待っています」
街でエリーが様々なものに興味を持っていた様子を見ていたので、俺にはエリーがついてこないことがとても残念に思えた。
「俺の監視はしなくても大丈夫なのか?」
「今日の分の溢れた霊力は今朝のうちに対応しましたので、問題はありません」
「勝手に俺がどこかへ行くと困るんじゃないか?」
「確かに逃げ出されたりすると困りますが、あなたはそのようなことをする人ではありませんから」
こんなふうに言われてしまっては、もう返す言葉が無かった。
一応は俺のことを信頼してくれているらしい。
「……わかった」
きっとエリーにも、何か街に出られない理由があるのだろう。無理に誘っても仕方がない。
「最後にひとつだけ聞いてもいいか?」
「なんでしょうか?」
「体調が良くないとかそういう訳じゃないよな?」
俺の質問の意味を理解できずに、エリーはぽかんと口を開けて固まっていた。
それから、彼女はほんの少しだけ笑って。
「大丈夫です、ハロルド様。わたしは元気ですから」
と答えた。
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