第11話 疑念と変化
「何か有益な情報は聞けましたか?」
案の定、宿に到着する前に夜が更けてしまい野宿の準備を始めていたとき、突然今まで姿を消していたエリーが現れた。
昼の終わりごろに到着した途中の小さな村の憲兵へ野盗三人は預けてきたため、夕方からは久しぶりの一人旅だった。
「どこ行ってたんだ?」
「……いえ、少し向こうのほうで用がありましたので」
エリーが言う「向こう」というのは冥界のことだろう。彼女はきまりが悪そうに言葉を返してきたので、俺はそうかとだけ返した。
最近は、あまりエリーの身の上について深く聞くことはやめていた。彼女は間違いなく教えてはくれないし、何より彼女が嫌がっていることも分かっているからだ。
俺は最初のエリーの質問に答える。
「有益な情報は無かったな……襲ってきた奴らは多額の金と武器を渡されて俺を襲ったことはわかったがそれだけだ」
奴らはある酒場で取引を持ち掛けられた。王国の上位騎士が一度の依頼で受け取る額の数倍の報酬金を提示され、依頼の頭金でも破格の金額だったそうだ。
取引相手の顔は全体が布で覆われており、確認することはできなかったという。
その依頼の内容は、持ち物を全て奪ってこいというものだった。
俺の生死は問わず、その中に目的の品があればさらに追加報酬を出すとも言われたようだ。
最初は穏便に済ます為、隙を見て荷物を奪うつもりだったようだが、俺が三人の気配に気づいてしまったため仕方なく強行手段に出たらしい。
簡単に言えば奴らは金に目がくらみ、荷物だけではなく俺の命も奪おうとしたということだ。
どれが目的の品かは教えてもらえなかったようで完全に特定はできないが、ほぼ間違いなく教会への親書のことだろう。他に思い当たるものはない。
「この親書がなんだって言うんだ?」
鞄の中から丁寧に封がされてある親書を取り出し眺める。親書と銘打たれているだけあって、その装飾は華やかなものだった。
「気になるのでしたら中身を見てはいかがですか?」
「馬鹿言うな、これを読んでしまったら余計に命を狙われかねないだろうが」
国王はただの手紙と言っていたが、本当かどうかかなり疑わしい。
何かの間違いで国家機密が書かれているものが入っていたとしたら、それを読んでしまった日には国が俺の命を取りに来るだろう。そうなって生きていく自信はない。
エリーはそれ以降何かを言うわけでもなく、俺から少し離れたところに腰を下ろした。
夜風でさらさらと流れる彼女の髪を見ていると思い出したことがあった。
「そういえばエリー、あのときは助かった。光球を放つだけじゃなく、矢からも俺を守ってくれて」
エリーは驚いた顔をしていた。
「いえ、あれは……」
彼女は何かを言いかけて、結局何も言わなかった。
「あれが無ければ俺は死んでいたかもしれない、本当にありがとう」
俺は率直にお礼を言った。この言葉はまぎれもない本心だった。
エリーは複雑な表情を浮かべて、気にしないで下さいとだけ答えた。そのままふいと俺から目を逸らしてしまう。
(……何か機嫌損ねること言ったか?)
やはりエリーのことはまだまだわからない。
そんな彼女の様子を横目で見ながら、俺は再び野宿のための準備を再開したのだった。
§§§
翌日、リネアス王国から緊急の連絡が来ていた。
どうやらリネアスからアナトルムへと出国している兵たちを、見境なく襲う事件が頻発しているらしい。今のところ死者こそまだ出ていないが大けがを負った人もいるようだ。
被害者に共通しているのは、油断した隙に荷物を全て奪われたということだ。何人かは撃退されて捕まった賊もいるようだが、いずれも有益な情報は得られなかった。
各員警戒して職務に当たるようにとだけ告知書には書かれているが、おそらくリネアス王国は高位の騎士を調査に出して対策を始めているだろう。アナトルムに人材を送り込めないと、両国の信頼関係を崩すことになりかねない。
そして、この告知が出されてわかったことがある。
俺の持つ親書が、必ずしも敵の狙いでは無いということだ。
リネアスの護衛兵の持つ何かを敵は狙っている。もちろん、それが親書である可能性はあるのだが、本当の狙いは違うところにあるのかもしれない。
見えない敵の目的はこの親書だと考えていた俺の読みは外れることになった。
加えて、大きな懸念材料もある。強力な武器を与えられた奴らが、これから先も出現しかねないということだ。
エリーに協力を仰いでようやく撃退できたような敵がこれから先も出てくるのは勘弁して欲しい。
「はぁ……」
思わずため息が漏れる。
エリーと二人なら楽しめていた歩き旅も、心が休まる暇のない緊張感溢れるものになってしまった。
そして最も俺の頭を悩ませている問題がある。それはエリーとの関係だ。
何故か彼女からはピンと張りつめたような空気が漂っていた。
話しかけたら返事こそくれるものの、言葉に壁があるように感じてしまう。
もともと頻繁に会話をしていた訳ではないのだが、最近はエリーから声をかけてくれるときもあった。
しかし今は、彼女が俺との会話を拒んでいるように感じた。
俺の隣を一緒に歩いてくれるので、嫌われているという訳ではなさそうなのが救いだ。
「エリー」
「……なんでしょうか?」
思わず呼びかけてしまった。
用事など存在しない。
ただなんとなく彼女と会話したかった、というのが本音だ。
エリーは基本的に話かけてこないので、俺のほうから話題を振ることが大半だった。
小さな反応を返しつつ黙々と聞いてくれて、話の終わりには少しだけ感想をくれる。時には辛辣なことも言ったりするのだが、それもまた彼女の特徴を表していた。
エリーは話を聞くのが上手で、そんな彼女との会話はとても楽しかった。
「あー、いや、調子はどうだ?」
なんだそれ、と自分でも感じてしまうほどの意味のない質問を投げかけてしまった。
案の定、エリーは怪訝な表情を浮かべている。
「調子……ですか?」
「いや、なんでもない。忘れてくれ」
俺は早口でそう告げて歩みを進めた。後ろからエリーが言葉を投げかけてくる。
「ハロルド様、重ねての忠告ですが不必要な干渉はおやめください」
「すまん……」
俺は小さな声で謝罪をするのだった。
エリーは昨日の夜からずっとこの調子である。
今まで付き合ってくれていたちょっとした話も、不必要な干渉はおやめくださいの一言でぴしゃりと拒否されてしまう。
死神の対応としては間違っていないのだろうが、今までの対応と比べて寂しいと感じるのは俺のわがままなのだろうか?
気を取り直してこれから先のことを考える。
今日の夜にはタリアと呼ばれている少し大きな街の宿で休憩を取ることができる。
タリアは多くの人が通り交易の要所になっているため警備も厳重だ。ここでは襲撃を警戒することなく、安心して過ごすことができる時間が取れるだろう。
国も気を利かせてくれたのか、この街での滞在期間は丸一日の猶予があるように予定を設定してくれていた。
出発は明日の昼を過ぎた頃でも良さそうだ。
タリアでは夕方になると露店が立ち並びはじめ、夜を迎えるとそこから日が昇るまでの間一度も明りが落ちることは無く、旅芸人や兵士たちが集まって酒を飲み交わす夜の街になる。
また、中心街から少し離れた場所には大きな宿がたくさんあるため、この街は宿泊地としても有名であった。
タリアの宿は部屋ごとに大きな露店風呂があるのが特徴で、そこで今日までの旅の疲れを癒して行こうとも考えていた。
疲れと緊張で重くなった足も、今日の夜のことを考えると少し軽く感じるのだった。
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