第8話 謎の襲撃

アナトルムへ向かう道中は、今のところつつがなく進むことができていた。


今はリネアスを出発してから三日経過している。


エリーはあの城下町での会話以降、再び積極的に話しかけてくることはなく、ただ黙々と俺の後ろをついてきた。


交わした会話は、俺の溢れている霊力を刈り取る際に小競り合いの問答をしたぐらいだ。


それで体調を崩すようなことはなくなったが、未だに両断されたときの魂が抜けそうになる感覚に慣れることができていない。


もしかすると、本当に魂が抜けかかっているのかもしれないが……


二人の間の会話は少なかったが、エリーの表情は明るかった。


川を見つけその付近で休憩を取ったとき、彼女は川の流れや魚の様子をじっと見ていたり、小鳥のさえずりが聞こえてきたらそれがどこにいるのか探したりしていた。


俺にとっては当たり前の出来事で、特に物珍しさは無いようなことだったが、彼女にとっては初めて経験するようなことが多かったのかもしれない。


そして、俺の心持ちにも変化があった。


今までこのような移動の多い任務の時には一人が当たり前だった。でも今はエリーが後ろからついてきてくれる。エリーとは特に言葉を交わすわけではないのだが、どこか安心感があるから不思議なものだ。


エリーの反応を見るのが面白くて、彼女が興味を持ちそうな場所を少し遠回りになっても通ってみた。


それは湧き水によってできた小さな湖だったり、火山活動によってできた洞窟だったり、森の木々の隙間から太陽の光が差し込む花畑だったりした。


面倒なだけだと思っていた歩き旅も、彼女の反応を見ているとなかなか楽しいものになっていた。


そんなふうに思い始めてエリーとの旅を今日も楽しもうと思っていたとき、俺は不穏な気配を感じて歩みを止めた。


「どうかしましたか?」


エリーはそんな俺の様子を見て、不思議そうな顔をした。


「さっきから俺たちの後をつけてきている奴がいる」


エリーにだけ聞こえるように告げて、俺は警戒を強めた。


「たまたま進行方向が同じだけではないのですか?今はハロルド様と同じように、アナトルムへと向かう人が多いと言っていましたよね?」


「いや、間違いなく尾行されている」


「……どうしてそう思うのですか?」


エリーは怪訝な表情をする。


「あれを見てくれ」


左に視線を向けるように促す。


樹高が低い森のなかで、一本だけ頭が突き出ているものがあった。


「あの木がどうかしましたか?」


「おかしいと思わなかったか?あれはずっと俺たちの左側に見えていたんだ」


「どういうことですか?」


「つまり俺は今、あの木を一周するように道を歩いたことになる」


エリーの表情がさらに曇る。


「……ハロルド様、まさかとは思いますが迷子ですか?その恥ずかしさをごまかそうとして変なことを言い始めたのですか?」


エリーのその言葉を聞いて、俺は気が抜けて転びそうになった。


「そんな訳あるか!後ろからずっと気配を感じるから確かめてみたんだよ、変な進路を取っているのにそいつらが着いてくるかどうか」


そこまで言うとようやく彼女も俺の真意を理解したらしく、俺から離れて周囲へと視線を巡らせた。


彼女は普通の人には見えないから、こういったときに露骨に気配を辿っても相手に見つかることがないのが少し羨ましい。


「なるほど、確かにいますね……三人ほどでしょうか」


彼女はその気配の元凶に気がついたらしく、遠くを眺めて能天気にそう告げた。


「どんな奴らかわかるか?」


後ろを振り向くことなく、エリーに問いかける。


「申し訳ありません、姿や持ち物から見て野盗の類いだとは思いますがそれ以上は……」


「そうか、ありがとう」


ずっと後ろを着いてくるのだから、俺に何か用があるのは明白だ。


しかし、つけられる理由がわからない。


護衛兵の格好をしているのにも関わらず最近はよく狙われる。何かがおかしい。


「ハロルド様、今度は何をしでかしたのですか?」


エリーが半眼のまま、呆れた様子で俺を見つめてきた。


「俺が聞きてえよ……」


愚痴るように言葉を漏らす。とにかく、その野盗らしき人物たちを何事もなく撒くことができるならそれが一番だ。


「エリー、少し走るけど大丈夫か?」


彼女にそう聞くと、微妙な顔をされてしまった。しばし考え込んだ後、仕方ないと言わんばかりの様子で返事をした。


「わかりました、わたしは遠くからあなたを監視しておきますのでお好きになさってください」


エリーはそれだけ告げると空へと浮かびあがり、ほんの少しまばたきをした隙にふっと煙のように姿を消してしまった。


とにかくエリーから許可が出たので、俺はつけてきている三人組から距離を置くために歩みを早めた。


人が歩く為に整備された道から、草木の生い茂る森の方へと向かって身を隠す準備を整えていく。


森に近づき過ぎても奴らを怪しませてしまうので、適度な距離から森の中へ走らなければならない。


変わらず背後の気配は消えないままだ。徐々に森と距離を詰める。


この距離なら行けると判断したところで、俺は脇目も振らず駆け出した。


さすがに奴らも俺が尾行に気づいて逃げたことを察し、全力で追いかけてきた。見失ってはかなわないといったところだろう。


そのまま距離を取って森の中へと逃げ込み身を隠そうとしたとき、後ろから何かが飛んできた。


それは大気を切り裂くような鋭い音と共に俺を抜き去っていき、俺のかなり前方にある木に刺さった。


いや、刺さったというような生易しい表現では足りない。


それが刺さった場所は、衝撃で表面をえぐり取ったような痛々しい傷跡を木につくっていたからだ。


「おいおいまじかよ……」


木に刺さっているそれは一見すると普通の矢のようにしか見えなかった。しかし、それではあのような威力を生み出すことは不可能だ。


何かカラクリがあるのはわかっているのだがその正体がつかめない。


正体を暴くために観察を続けていたかったのだが当然そんな暇はなく、背後から次々と矢が飛んできたため、俺は急いで回避に集中する。


そこから感じ取れるのは明確な殺意だ。ますます奴らの狙いがわからなくなった。


野盗とはいえ人間なのだから総じて良心のかけらぐらいは残っているもので、人を殺すのには躊躇ちゅうちょを示すのが普通だ。


今のように死にかねない威力の矢を大量に放ってくるのは殺し屋がやることである。


しかし、彼らは矢を射ることにまるで躊躇は無かった。ただの野盗であれば良いのだが、その可能性は低そうだ。


(奴らの狙いは何だ?)


考える暇もなく、次の矢が放たれる。


「……っとあぶねぇ!」


後ろから飛んでくる矢をしゃがんで回避し、なんとか身を隠すことができるほどの茂みの中へと入ることに成功した。


奴らの視界から完全に隠れたことを確認してから、物音を立てずに木の上へと登り息を潜める。


やがて俺から見える位置に奴らがやってきた。エリーが言っていたとおり、俺を追ってきたのは三人だった。


全員男であり、その格好はお世辞にも綺麗とは言い難く、熟練の殺し屋といった感じではない。そんな男たちが血眼になって俺のことを探している。


絶対に逃がすな、殺してでも足を止めろといった物騒な会話まで聞こえてくる始末だ。


(好き勝手言いやがって……)


上がった息を落ち着かせながら、生き残るために何をすべきかを考える。


まずは落ち着いて状況の整理だ。


(どうして奴らはわざわざ俺の後をつけてきたんだ?)


これほど殺意剥き出しで矢を放ってくるならば最初から奇襲をかけ、俺を殺してしまった方が早かっただろう。


俺の後をつけることに目的があったのだろうか?


奇襲の機会をうかがっていたとも考えられるが、その見立てはおそらく間違っている。


つけられている気配を感じている間、わざと無防備に振る舞ったことも何度かあったが、奴らに動く様子が見られなかったからだ。


俺の行き先を知りたかったのか、あるいは俺の行動を見る必要があったのか、それともまた違った理由なのか。


あるいは尾行に気づかれたから計画を変更したのか……。


「ずいぶん危なかったですね」


不意に頭上から声がして、俺の心臓は縮み上がった。


ばくばくと脈打つ心臓をおさめようと深呼吸しながら見上げると、エリーがふわふわと宙に浮かびながら向かってくるところだった。


「びっくりさせるなよ……」


俺は非難の目をエリーに向けたが、彼女は意にも介さず会話を続けた。


「ハロルド様、彼らが打ってきた矢がおかしいことに気が付きましたか?」


エリーも矢の違和感には気がついたようだ。


彼女はどこから事の顛末てんまつを見ていたのだろうか?


「ああ、普通の矢とは少し違うということはわかったが、それ以上のことはよくわからなかった」


「あれは強化の霊術によって霊力が編み込まれた矢です」


「……なんだって?」


霊力を武器に編み込むことで、使いようによっては大きな力を生み出せるということは知っていたが、まさかこんなところで目の当たりにするとは思ってもみなかった。


だが、腑に落ちないことがある。奴らの中に聖職者の人間がいるとは到底思えないということだ。


霊術を扱えるのは聖職者しかいない。それも強化の霊術を使えるとなるとかなり高位の者に限られる。


それにもかかわらず、彼らが使ってきた武器には霊術による強化が施されていた。


「……奴らは教会の関係者と通じているということか?」


「霊術を扱える者が後ろに控えているのは間違いないでしょう、それが教会の関係者かどうかはわかりませんが可能性は高いです」


どういうことだ?


教会が俺を始末しようと狙っている可能性があるのか?


仮にそうだとしても、あのような格好の人間に強力な武器を渡すだろうか?


尾行する人間を間違えた?いや、三人もいて全員が間違いに気付かないのはあまりに間抜けだ。さすがにそれは無いだろう。


教会に関係しているものといえばこの親書と銘打った手紙くらいだが、これに何か秘密があるということだろうか?


だとするならば、俺は国から騙されたということになる。だが、その可能性も限りなく低そうだ。


「とにかく手を打たないと、奴らから情報を聞き出すのが一番早いんだが……」


エリーにそう告げて、再び男たちへと目を向ける。俺のことは見失っているようだが、彼らが捜索を諦めるような様子はなかった。


このまま息を潜めてやり過ごすという方法もあるが、それでは間違いなく長期戦になってしまう。見つかってしまう危険性を考えても好手とは言えない。


それに、奴らを帰らせてしまうといずれ次の追手がくるだろう。そうなれば夜も安心して眠ることができなくなる。


なんとしても奴らをここで縛り上げて情報を聞き出し、対策を講じる必要があった。


「エリー」


「なんでしょうか?」


「手伝って欲しいことがあるんだが」


「わたしは現世には干渉できませんから、あの方たちを倒してこいと言われても無理ですよ?」


「大丈夫だ、そんなことは頼まないよ」


じゃあ何をとエリーは不思議そうな顔をしている。そろそろ面目躍如やくじょの時だ。


「作戦がある」

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