第7話 旅の準備

なかば押し付けられるようにして親書を届けることになってしまった俺は自宅へと戻り、アナトルムへ向かうための旅の準備を始めていた。

「よかったですね、久しぶりのお休みを貰えて」


エリーは俺にそう言ってきた。


彼女は果たして国王の真意を理解した上でそう言っているのだろうか。


「そうだな、まぁ帰省して休むのはいろいろな雑用が終わった後になるんだろうけどな」


「教会へ親書を届けるだけでしょう? そんなに面倒なことではないはずです」


エリーはなにもわかっていなかった。エリーと過ごした時間はまだ短いが、彼女はさといようでどこか抜けている。あの国王の言葉を額面通りに受け取っていた。


俺は敢えてエリーの返答に突っ込むことなく、黙々と荷造りを続ける。


自衛に使用する武器や、替えの下着と服、他にも必要になりそうな生活用品を鞄へ詰めていく。


量を増やし過ぎてしまうと荷物になってしまうので、加減が難しいところだ。


今からの旅路を考えるだけで面倒な気分になる。


馬車を借りて行きたかったが、俺と同じような命でアナトルムへと向かっている人が多い様子で、馬車の予約はもう埋まってしまっていた。


一応馬車代や宿代は後ほどリネアス王国に明細を見せると支給されることになっているのだが、悠長に馬車を待っていると神祭に間に合うかどうか微妙なところだった。


つまり、俺たちは長い旅路を歩いて行くことになってしまったのだ。


荷造りを終えるとぱたりとベッドに倒れこむ。せっかく買ったこの家もしばらく留守にすることになるだろう。


仰向けになって天井を眺めていると、エリーが顔を覗き混んできた。


顔の近さにどきりとする。


何度見てもエリーはかわいかった。


顔立ちもそうだが、特に澄み切った海のような蒼い瞳と、胸のあたりまでさらりと伸びている銀髪には何度も目を奪われた。


初対面のときはそれどころではなかったが、毎日顔を合わせるようになって、より彼女のことを意識するようになった。


わかりやすい欠点は表情が固く、無愛想であるということだろうか。


「どうしたんだ?」


少し早くなった鼓動を落ち着かせながら、俺は努めて冷静にエリーに話しかけた。


「ハロルド様はいつ頃出発なさるのですか?」


そう聞いてくるエリーには、そこはかとなく普段のような落ち着きが無い。


「そうだな、とりあえず今日の夜までには隣町の宿にまで移動しておきたいからあと数時間後には出発するぞ」


こういった長距離移動の時の宿は、あらかじめ確保しておかなければならない。


それを怠ってしまうと宿が取ないこともしばしばあり、運が悪ければ野宿をすることになる。


今回の宿の確保は国王の使用人たちがしてくれたようだ。とてもわずらわしい作業なので、これはありがたかった。


しかし、宿には日程通りに着かないといけないため、もう出発しておく必要がある。


「そうですか、わかりました。それまでにわたしも準備をしておきます」


エリーはそう告げると、そそくさと家の外に出て行った。


どこに行くのかを聞くために扉を開けると、もうそこにはエリーの姿は見えなかった。エリーはこのように、突然煙のように消えることがある。


以前こうやって消えたとき、彼女にどこに行っていたのかと聞いたところ、冥界に帰っているという答えが帰ってきた。


だから多分、今回も彼女は冥界に帰っているのだろう。なぜ定期的に帰るのか、冥界で何をしているのかは今のところ不明だ。


彼女に理由を問いただしてみても歯切れ悪く返事をするばかりだったので、彼女にとってそれは聞かれたくないことなのだろう。


嫌がっていることを無理に聞き出そうとも思わなかった。


ただ、こうなってしまっては冥界に行くすべを持たない俺は彼女を見つけることはできない。


あきらめて扉を閉め、再びベッドに仰向けになる。


俺は天井を眺めながら今日の城下町でのことを思い出す。


エリーは俺が思っていたよりも、この世界のことを知らなかった。そして、彼女は純粋で感情をうまく隠せないタイプだった。


城へ向かう前に食べたイチゴキャンディで、彼女の世界が少しは広がっただろうか。


ひょっとするとさっきの会話で彼女に落ち着きがなかったように見えたのも、今から行く旅が楽しみだったからなのかもしれない。


(とりあえず、少し休むか……)


そんなことを考えながら、俺は目を閉じたのだった。

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