第6話 本音と建前

城下町をうろついている間、エリーはイチゴキャンディを大事に食べていた。


少しずつ味わうようにはむはむとかじりつき、その味を長く楽しもうと工夫を凝らしていたのが面白かった。


最後の一口を食べる前のあの残念そうな顔を、俺はしばらく忘れられないだろう。


そうして過ごしているうちに指定された時間が近づいてきたので、俺たちは城内へと向かった。城の中には護衛兵になったとき、国に忠誠を誓うための式典の際に一度だけ入ったことがある。


今回で入るのは二回目だが、やはりその仰々しさに身を堅くしてしまう。それに、見えていないとわかってはいるのだが、後ろからついてきているエリーにどうしても意識がいく。


あまりにも堂々と城内を闊歩かっぽするものだから、気が引けている俺にとって彼女の立ち振る舞いは非常にまぶしく見えた。


そして、エリーはこの城内を見てどんな反応をするのかと期待していたのだが、思いのほか彼女の反応は薄いものだった。


「屋台の時はあれだけ興味を持って見て回っていたのに城は珍しくないのか?」


「冥界で毎日同じようなものを見ていますので」


すました顔でエリーは答えた。冥界のイメージを改める必要がありそうだ。


侍女に案内されるままについていくと、なんと玉座に通されてしまった。


「ハロルド様、本当に何をなさったのですか?」


エリーに半目で見つめられたがこっちが聞きたいくらいだった。


侍女はこちらでお待ちくださいと告げて部屋から出ていってしまった。失礼のないようにピンと背筋を伸ばして姿勢を正す。


落ち着かないまま数分立ち尽くしていると、玉座の奥にある扉が重厚な音をたてながら開いていき、リネアスの王がその中から現れた。


見た目は中肉中背のどこにでも居そうな男で、あごから伸びている長いひげが特徴的な人物だ。彼は王政にあたって、誰よりも国民のことを考えていると評価され評判が高かった。


「おお、君がハロルドか。待たせてしまったな」


「お気遣い感謝致します陛下」


「まぁ、そう堅くならなくてもよい。いつも通りで構わないぞ」


彼はそう言って、ゆったりと玉座についた。


周囲には彼が信頼している騎士たちを数人連れており、その全員がこの国で名前を知らない人はいないような高位の騎士ばかりで、ただの護衛兵である俺の場違いな感じがより際立っていた。


「さて、早速本題だが、君にはアナトルムの教会に親書を届けて貰いたい」


「親書……ですか?」


リネアス王国では教会はかなり重要な位置を占めている。


いや、リネアス王国に限った話ではない。


世界中で教会は信仰を集め、小さな村ですら必ず一つは存在している。


神官は国家最高職であるし、国民の信頼も厚い。そして誰もが神を信仰している。


つまり、教会というのは国家の運営には欠かせないもので、そこに親書を届けるというのは大役と言っても差し支えない。


アナトルムの教会に親書を届けるということは、リネアスとアナトルムの関係を良好に維持することに影響があるのは間違いなかった。


しかし、俺がこの大役を任されるには違和感があった。


「ひとつお聞きしてもよろしいでしょうか?」


「おお、なんだね?」


「教会と国家は密接に関わりあっております。大国であるアナトルムの教会とは連携を取りたいと陛下がお考えになるのは当然だと思うのですが、なぜ護衛兵になったばかりの私ひとりにそのような役割が与えられたのでしょうか?」


「ふむ、なかなかいい質問だ」


国王は、その質問に満足したように口角を上げた。


「君の疑問はもっともだ、何故もっと信頼のある人物に任さないのか、あるいは何故多人数で行わないのかということが聞きたいのだろう?」


俺は頷いた。


大役を任させるのは名誉ではあるのだが、それが不自然な役回りであるなら裏の事情があるはずだ。


「実はな、これは親書と銘打っているがそんな大層なものではないのだ」


「どういうことかお聞きしても?」


「うむ、これはアナトルムからリネアスに赴任してきた神官が故郷へ向けた手紙なのだ」


「神官が書いたもの……ということですか?」


「そうだ、我が国で働く神官は基本的には赴任ふにん期間が終わるまでリネアスの教会を空けることはできない。つまり、誰かにメッセンジャーを頼みたいというわけだな」


なるほど、確かに筋は通っているようには感じる。


だが、まだ拭いきれない違和感があった。


「しかし、それならば本業の方に依頼なさったら良いのではないでしょうか?」


「まあ慌てるな、実は理由はまだあるのだよ」


国王は俺を制して、再び理由を語りだした。


「これは君への故郷への帰省と休暇という褒賞ほうしょうだとも考えている、君は港町ハトリヤの出身だろう?」


港町ハトリヤは俺が生まれ育った町だ。アナトルム傘下にある小さな町で、アナトルム王国からの距離も近い。


「君は半年もの間、ほとんど休むことなく我が国の為に働いてくれたそうじゃないか」


俺は驚いた。


まさか国王ともあろう者が、傭兵上がりの護衛兵のことまで把握しているなどとは考えなかったからだ。


「最近、珍しく君が体調不良で早退したと報告が入ってきてな。君も疲れがたまっているのではないか?」


それは間違いなくエリーと出会った日のことであろう。ちらっとエリーの方を見ると、すっと顔をそらされてしまった。


「期間は長めに設定してある。もしかしたら、アナトルムの方からいくつか依頼が来ることもあるだろう、その場合できる限り対応してくれ」


ここまで聞いて、俺はやっと国王の真意を理解できた。この任務の本質は、アナトルムで何でも屋をやれということだ。


アナトルムではもうすぐ大きな神祭が開催されると聞いている。


国王はうまく言い繕ってはいるが、おそらく交流のあるアナトルムからリネアスに対して人員の要請がきたのであろう。


アナトルム側としては国を挙げた大規模な神祭を自国の力だけで行うことができなければ聞こえが悪い。


つまり、リネアスには秘密裏に人員を送り込むように行動して欲しいのだ。親書と銘打たれた手紙を届けることは、おそらく優先事項としてはかなり低いに違いない。


もしここで国王から告げられた言葉通りに教会に親書を届けて休んでいたら、俺は使えない人間のレッテルを貼られ、一生昇進することはなく、ただの護衛兵のままということだ。


「そういうわけで、アナトルムへの親書を届けるついでに少し休んでくるとよい。頼んだぞハロルド」


国王は俺が意図を察していることを理解した上で言っているのだろうか、口元を緩ませたままそう続けた。


このように言われてしまっては、拒否などできるはずもない。


「仰せのままに、陛下」


国王に対して、俺はただ肯定の意を示すだけであった。

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