第4話 死神との生活

エリーと契約をして数日が経った。


彼女と生活を共にして分かったことがいくつかある。


ひとつめは、彼女は睡眠や食事を必要としていないということだ。


食事をしなくても、活動に支障はきたさないようだった。食事はできないのかと聞くと、可能ではあるが、現世へあまり干渉してはいけないからしないということだった。


睡眠のときも、家で寝る場所をどうしようかと思っていたが、その心配は不要だった。夜間は一体何をしているのかと聞くと、「秘密です」と答えられて教えてくれなかった。


気になる……。


ふたつめは、俺は彼女から契約を結んだ顧客の一人のような扱いを受けているということだ。


彼女は決して俺に必要以上に干渉はせず、話をすることもなく、名前も様付けで呼び、どこかよそよそしかった。話しかければ応えてはくれるものの、一緒に何かをしたりすることは一度もなく、少し寂しく思えた。


もしかすると彼女にとって俺は、死神の仕事を増やされた、ただの面倒な客の一人なのかもしれない。


みっつめは、彼女は俺以外には誰にも見えていないということだ。


家から護衛兵としての仕事をするために城へむかう途中で何度か人とすれ違ったが、誰一人としてあれだけ怪しい格好をした彼女のほうを見ようとしない。


不自然に思い、俺がすれ違った人に彼女が見えないのかと聞くと、怪訝な表情をされて、挙げ句病院を紹介されてしまった。


エリーはその俺の様子を、どこか憐れむように眺めているのだった。


「わかりましたか?わたしはこの世界では、基本的にハロルド様にしか認識されません」


家を出る前に、「着いてきたら目立つし変な噂が立つと嫌だから着いてくるな」と言う俺と、「そんな心配は必要ありません、監視するのだから着いていかなければ意味がないでしょう」と主張するエリーとで散々言い争いをした後であったから、エリーがなんだか勝ち誇ったような顔をしているように見えた。


「これでようやく、ハロルド様が懸念なさっていた問題は起こりえないと理解してもらえたでしょうか?」


話し方も普段と少し違って、出来の悪い生徒に簡単な問題を教える先生のようだった。


「……悪霊の類いと同じなんだな」


我ながら情けないが、なんとか仕返しをしてやろうと俺は彼女にそう言った。


「あんなものと一緒にしないでください。わたしはハロルド様たちと生きている次元が違うのです」


「次元が違うってどういうことだよ?」


「生命にも位があり、死神は人間よりも高位の存在なのです。高位の者から下位の者、つまり死神からは人間を認識できますが、逆に人間からは死神を認識することはできません。人間は高次元の存在を見たとき、存在する筈がないと考えてしまって無意識のうちに無視してしまうのです」


「はあ……まあ言っていることはなんとなくわかるんだが、じゃあなぜ俺にだけ見えるんだ?」


本気で病院に行くべきなんだろうかと一瞬考えてしまう。もしやエリーは俺の痛い妄想が作り出した産物なのではないのだろうか……


そんなふうにネガティブな思案をしていると、彼女はすぐにその答えを教えてくれた。


「ハロルド様、先日わたしと出会った日は昼過ぎから調子が悪くありませんでしたか?」


言われてみれば、その日は体調が悪くて早退をしていた。自宅に帰っているところを彼女に襲われたのだ。


何故か彼女と会ってしばらくしたら、昼間の辛さが嘘のように体調が完全に回復したことを覚えている。


「確かに午後から体調が悪かったが……」


「あれはわたしがハロルド様に干渉したからです。高位の存在から干渉を受けた場合は、強くその存在を感じるので、今まで無意識に無視していた存在が意識下へと引き上げられるのです。そうすると少し時間はかかりますが、ハロルド様もわたしを認識できるようになります」


「現世へあまり干渉はしないんじゃ無かったのか?」


「当然ですが、ハロルド様は許可が出たため例外です」


誰が許可を出したのかものすごく興味深いが、とりあえず今は置いておく。


「ところで干渉って何をしたんだ?」


「聞きたいですか?」


エリーは意味ありげな笑いを浮かべていた


「なんだか嫌な予感がするが聞こうじゃないか」


俺がそう言うと、エリーは初めて俺と会ったときに携えていた大鎌を顕現させた。


「あなたの身体をこれで両断しました」


「は?」


なんだかとんでもないことが聞こえてきた。なるほど、まさに死神という感じだ。俺の頬は恐怖で引きつった。


「俺の身体まだ繋がっているよな?」


肩口を触りながらエリーに尋ねる。実はもう死んでいますよとか笑顔で言い出したりしないよな?


「大丈夫ですよ。鎌で両断したと言いましたが、鎌の力で霊力を奪い取ったというほうが正しいです。そうすることで霊力量の調整もでき、わたしのような高位の存在も視認できるようになるので一石二鳥です」


なるほど、それならまだ理解できる。あの大鎌を使って俺の身体に物理的に傷を付けたりするという訳ではないようだ。


「でも、そんなことして本当に大丈夫なのか?霊力を奪うってことは生命力を奪うことと同じだろ?」


「はい、大丈夫ですよ。現に今、ハロルド様は元気に生きているじゃないですか」


「そういうことじゃなくてだな……」


「契約の時にハロルド様に言った通り、あなたは常人を遥かに上回る霊力量の持ち主なので、鎌で霊力を奪っても問題ありません。さすがに初めての時は体調を崩したみたいですが」


しかし、と彼女は続けた。


「もしハロルド様ほど霊力を持たない一般人に同じことをしたら間違いなく死んでしまいますが……」


恐ろしいことを聞いてしまった。


「まじかよ……つまりお前たちが殺さずに干渉できる人間って俺しかいないってことか?」


「そうなりますね」


実質、人間で彼女が見えるのは俺だけということだ。ここまで聞くと、今朝言い争いをした時の彼女の主張も納得できた。


「そうだ、顕現させたついでに、数日分の過剰な霊素を切り離しておきましょう。見たほうが分かりやすいと思うので、今からこれでハロルド様を両断します」


「まてまてまて!死ぬわ!」


俺はあわてて彼女から距離を置く。


彼女の丁寧な対応と口調で忘れてしまいがちだが、契約を迫る為の手段が奇襲や脅迫だったりと、やることは結構過激だった。


「大丈夫です、この鎌は今実体を持たせていないのでハロルド様の肉体には干渉できません」


「だからそう言うことじゃなくてだな……」


彼女の説明を聞く限り、一般人があれで斬られたら肉体に損傷はなくとも死に至る鎌であるらしい。何より、あれを頭から振り降ろされるという場面を想像しただけで震えあがりそうである。


怯えるなというのは無茶な話だった。


俺は数日前、知らないうちに彼女の鎌に斬られていたらしいが……。


「そういうことなので安心して下さい。慣れないうちは少し体調を崩すかもしれませんが仕方がないことです」


「いやいや、無理だって!まず怖すぎだっての!」


「いきます!」


「いきます!じゃねえええぇぇぇ!やめろおおおおおぉぉォ!」


そしてよっつめ。


この霊力を刈り取るという行為に、俺は慣れることがなかった。

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