11. スポーツ

 開き直るようなことでもないだろうけれど、私はスポーツが苦手である。運動全般、あまりよろしくない。生まれつき備わっている反射神経や運動神経と呼ばれるものが、残念なことにそれほど高等なものではないようだ。一応明記しておくが、自転車にはなんとか乗れる。


「わざわざそうやってコメントするところに~、尋常ならざる運動の苦手さがにじみ出ているよね~」

「うるさいよ、小野寺オノデラ。あんたはどうなの?」

「あたしは~、結構体動かすの好きだよ~。好きだったよ~」

「あんまりそうは見えないけど……」

「コユメちゃんも~、スリムで俊敏そうなのにね」

「ただ痩せぎすなだけだよ」


 などと、たまにはテレビでスポーツ特集を観ながら、同居人と会話するひと時。因みに、内容はお互いほとんど気にしていない。ただ流しているだけ。そもそも贔屓ひいきの種目もチームもないものだから、どこが何点取って勝ったとかいう情報に価値がほとんど見出せていない。

 ついでに言うと、今日の小野寺はせんべいを食べている。醤油で焼いたの。バリボリ景気の良い音を立てている。


「スポーツ観戦というのも苦手でね」

「それって~、得意不得意あるの?」

「やっぱり、運動が好きな人ほど、親身になって観るものじゃない? 経験のある種目ならルールもわかっているし、感情移入もしやすそう。翻って見て、私はスポーツの経験があまりないし……活躍した記憶もあまりないから、基本置いてけぼりなんだよね」

「なるほど~。そもそも『この競技が苦手』じゃなくて~、『スポーツが苦手』って大きく括ってる時点で毛嫌い感が出てるよね~」

「毛嫌いってほど否定的じゃないけどね……」


 体を動かすこと自体は、素晴らしいものだ。動物なんだし、動くようにできているもんだろう。心技体揃ってこその、豊かなクオリティオブライフではなかろうか。私も少しは運動をした方が良いと常々思っている。思っているだけで終わるけど。

 まあ、体を動かせるというのは快楽なはずなんだよね。本来は。


「わかる~。思い通り伸び伸びと体が動くと、嬉しい~」

「子供なんか、わけもなく走り回ったりするしね」

「でも~、なんで快楽?」

「生物はエネルギーをなるべく使わないようにするから、体を動かすのがちょっとは楽しくないと、狩りもしなくなっちゃうから。走ったり追いかけたり捕まえたり、そういうのを楽しいと思える種が生き残りやすかったはず」

「へ~。じゃ、コユメちゃんは突然変異~?」

「そうじゃない種も生き残れるほど、文明が発達したのよ」


 なんて取り繕ってみる。

 とはいえスポーツを観戦する楽しみも、体を動かす爽快さにある程度は起因すると、私は類推する。観戦中は、少なからず選手たちの動きに自らを重ね合わせているのではなかろうか。ああも器用に体を操作している人々を見ていると、運動の苦手な私自身すらも胸がすくような気分になる――こともある。ましてや、経験があって想像しやすい視聴者はなおさらだろう。

 つまり、選手たちに代わりに動いてもらうことで、あたかも自分が仮想的に動いていると感覚し、快感を味わうのである。

 ビデオゲームの楽しさも、一部そういうところにあるよね。


「今の時代、ビデオゲームともテレビゲームとも呼ばないんだろうけど」

「観戦も~、スマホとかでするのかな?」

「かもね。日本だと、外では騒ぎにくそうな気がするけど」

「騒ぐといえば~、スポーツって贔屓のチームを応援したりするから~、コユメちゃんもそういうのが出来たら楽しめるんじゃない?」

「小野寺はあるの? なさそうだけど」

「あたしもない~。ワールドカップで~、日本を応援するくらいかな~。ニッポン、チャチャチャ!」

「それ多分すっごく古いよ。……正直に吐露すると、自国を応援するというのもよくわからないんだよね」


 たまたま同じ時代、同じ国に生まれたというだけでしょ?

 それだけで自国のチームを応援するというのも、筋が通らないのではないだろうか。自国チームが負けると資産が差し押さえられるとか、強い利害関係にあるわけでもないし。

 ……いや、極論だし、相手によっては殴られかねない意見だし、ひねくれてみているだけなんだけれど。


「人間は明確な利害がなくても、人数を分けてチームに所属させるだけで、自らのチームに愛着を、他チームに競争心を抱くような生物なのよ。それを利用されているだけな気はしちゃうね」

「そうなの~?」

「うん。ボーイスカウトだかで実験も行われていたはず。学校の運動会なんか顕著だよね。ランダムな組み分けをするだけで、あんなにお互い敵視し合えるもん」

「そこは~、盛り上がるって言おうよ。コユメちゃん、運動会で浮いてそう……」

「浮くと目立つから、目立たない程度に参加はしてたけどね」


 所属する組織に愛着を感じ、その他の組織に疎外感を感じるというのは、生物として群れを成すのに有利な特徴だったのだろう……多分。スポーツを楽しむというのは、実に生物的で本能的なところに根差した娯楽ということだ。よくできている。

 いずれにせよ、そういうのに没頭して楽しめる方が、斜に構えて冷めているよりは人生豊かなのだろう。とは思う。ホントにね。


「小学生くらいだと~、足の速い子がモテるとかいうよね~」

「ああ、そうだね。カッコよく見えるもんね。あれも生物的――本能的に、運動できて溌溂はつらつな遺伝子の方が優秀に見えるっていうのに起因するんだろうか」

「コユメちゃんはもう~、すぐそうやって斜めに考える~」

「斜めってほどかな……」

「もっと~、素直に! スポーツの秋だから運動しよう~、くらいでいいのです」

「運動ねえ……どんなのが良いと思う?」

「う~ん……まずはやっぱり、階段の昇降運動から?」

「……」


 さすがにそこまでじゃないわ。

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