10. 桁違い

 けたといわれたら、私は真っ先に数学を思い浮かべてしまうのだけれども、元は建築に関する言葉らしい。よく見れば木偏が入っている。地面とは水平方向へ横に渡す木材なんだけど、はりとは直角に組み合わさるものを桁と呼ぶんだってね。Z軸を地面に直角として、梁がX軸なら桁がY軸ということね。

 私は両方とも梁だと思っていたよ。

 世の中には知らないことがいっぱいあるね。

 ていうか、言葉の意味から話に入るのがクセになっちゃってない?


「あんまり~、入り口が難しい話ばかりだと~、読んでくれてる人が疲れちゃうよ?」

「知らないことがいっぱいありそうな子が登場したね」

「いきなり失礼~!」


 同居人の小野寺オノデラは、ぷくっと頬っぺたを膨らませて、不満を視覚的に表現してみせる。眉根を寄せて、腰には手を当てている。コミカルにわかりやす過ぎるでしょ。むしろ、わかりやすいようにわざわざそこまでしてくれているのだろう。

 こちらも負けじと、両の手を開いて向けて「どうどう」と宥めてみせた。


「ごめんね。まあ、桁の話をしたかったのよ」

「なんでまた~?」

「この何か書いてみようという試みも、記念すべき十回目に到達したから」

「お~……桁が増えてる! おめでとう~」

「ありがとう」


 大したことではない。

 客観的には本当に大したことじゃない。

 けれどシリーズ初めに述べたように、続けるというのは案外大変なことだからね。こまめに褒めて煽てて自分を乗せていきたいな、と思うわけ。お神輿みたいに、担いで奉っていきたいくらい。


「まあ、“桁違い”って言葉もよく使われるじゃない? 桁を繰り上げるというのは、それなりに偉業なんじゃないかな」

「自分で言っちゃうと~、あんまり偉く見えない~」

「それはそうなんだけど……ほら、言葉の意味的に」

「確かに~、桁が違うと大きく違う気がするよね~」

「小売店でも、1,000円を頑張って980円にしたりするよね」

「桁違いにすっごく安く感じる~!」


 いや、そこまでではないだろ。大丈夫か。騙されているぞ。20円の差だよ。

 人の感覚というのは、案外騙されやすいものだ。


「でも桁違いと称する場合は、そんな小手先の違いではなくて、1,000から10,000や100,000みたいな、圧倒的な違いをイメージしてるんだろうね」

「そうだね~。百人力とか一騎当千とか~、桁が二つも三つも変わってるもの」

「冷静に考えると、とんでもないよね……。例えば、一組30人弱のクラスが一学年につき三つあるとしても、小学校ひとつには生徒が500人くらいしかいないから。一騎当千の小学生は、単身で学校二つ分の生徒を相手にできる」

「『一騎当千の小学生であるボクが異世界に転生して国を獲ってみた』……」

「なんで転生させた」


 一人で国盗りするような小学生はイヤだよ。精々スクールカーストを登り詰めるくらいで満足しておけよ。可愛げがマイナスの域に到達している……。

 話を現実に戻して思い起こしてみれば、学年でトップを取るのでさえ相当大変なわけだし。それにしたって、順位で一位を取っているだけであって、地力が十倍や百倍なわけでもない。数字を書き換えるのは簡単なだけに麻痺しがちだけど、多くの物事は競争相手の2倍に到達するだけでも、物凄いことだ。

 ましてや桁が変わるとなれば。


「あ、そうだ。桁違いといえば好きなジョークがあるんだよね」

「へ~。どんなの?」

「『世の中には10種類の人間がいる。二進法を理解する人間と、理解しない人間だ』っての。口頭だから詰まらないから、わざわざメモに書いて見せてるけど」

「……ん。で、後の8種類は~?」

「あんた、本当に欲しいリアクションをくれるね……」

「え~?」

「普段私たちが使っている十進法は、10まで数えると桁が一つ上がるよね。二進法は、2まで数えると桁が上がるの。だから、二進法で10っていったら、2のことを指すんだよ」

「……あ。あ~! 最初の10種類っての、二進法のでは2種類いるって意味か~」

「そう。それが分かるのは、二進法を理解する人間の方ってこと」


 この、一瞬「ん?」と首を傾げてから、一歩立ち戻って内容を理解するあたりの小さなアハ体験が、このジョークの上手い点。ただ、口頭で伝えるとジョークにならないのが残念な点。


「性格悪いね~、コユメちゃんっぽいね~」

「何その感想。確かにちょーっと、人を小ばかにしてる雰囲気はあるけどさ」

「ま~、ジョークって大体人を小ばかにして楽しむものだよね~」

「いじけないでよ」

「コユメちゃんは~、桁の絡んだジョークで笑ってればいいんだよ~」

「……ケタケタって?」

「そう!」


 小野寺は得意の駄洒落で切り返したつもりらしかった。

 うまいこと言ってやったって顔してんじゃないのよ。


「でも改めて~、10回も続いたのは喜ばしいことだよね~」

「ほんとにね。お陰様だよ」

「この調子で続いたらいいと思うけど~、桁の話はもうしちゃったね」

「そういえばそうね。次に桁が上がる100回目には、何の話題にするべきかな……」


 ……などと妄想の繰り上がり計算をすることを、「捕らぬ狸の皮算用」という。

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