8. オチ

 世の中には二種類の人間がいる。話にオチを求める人間とそうでもない人間だ。

 誰の言葉だったか。私だけど。

 自分自身はどちらかといえば、オチを求めてしまう側の人間だ。なんか、落としどころが行方不明なまま話が終わると、放り投げられた感じがする。無責任だな、とさえ思う。


「むしろ、話にはオチだけでもいい」

「極論だね~。それってどんな話になるの?」


 お馴染み、同居人の小野寺オノデラとそんな風に会話を始める。

 本日の小野寺は、カーペットの上に寝転んでいる。ネコかよ。

 指先でじゃらしながら、私は例を考えてみる。


「うーん……。数字を数えているときに時刻を言われると混同するよね。これを利用した小噺が『ときそば』ってやつで……みたいな」

「それはネタバレじゃないの~?」

「ああ、そうそう。ネタバレに関しては、私はあまり気にしないね」


 ネタバレも気にする人とそうでない人がいるよね。

 多分、お話に対する着眼点の違いかな。感情移入したり、物語に合わせて喜怒哀楽やハラハラドキドキを楽しみたい人は、とりわけ気にするような。初めて話を聞くときの新鮮味とか、ライブ感とか……そういうのに重きを置くか否か。

 読書を飲み物に喩えた井上なんかは、結構気にしそうだ。


「あたしは~、ネタバレは結構気にするけど、オチはそんなに気にしないかな~?」

「ふむ……。もしかして、その二つは相補的な関係か?」

「どういうこと~?」

「オチを気にする人はネタバレを気にしない。オチを気にしない人はネタバレを気にする。みたいな対偶構造」

「え~? オチを気にする人こそ、ネタバレ気にしそう~。コユメちゃんみたいに、ネタバレに対してドライな人は、きっと珍しいよ~」

「そうかな……。ま、この件はまた考えるとして、今日はオチについて考えてみよう。オチとはいったい何なのか?」

「また~、難しいことを~」


 オチ、というからには何か「落ち」ているのだろう。

 順当に考えれば、「落ち着く」とか「落としどころ」から来た言葉なんだろうけれども……改めて考えてみると、それらにしたって、何が「落ちて」いるのか?

 気持ち……? 勢い……?


「話が起こって、盛ったり上がったりして、着地するようなイメージなのだろうか」

「お家を出発して~、山に登って~、降りて帰って、ただいま~みたいな?」

「そうだね。励起れいき状態から基底きてい状態に戻る」

「難しいってば~」

起承転結きしょうてんけつの、に対するケツとか……序破急じょはきゅうキュウとか……」

「どっちも聞いたことはあるけど~」

「うーん……そうだ、オチといえば落語じゃん。サゲとも呼ぶ」


 落としばなしってやつ。さっき引用した『ときそば』も、有名な落語である。つまり落語は必ずオチるからこそ、そう呼ばれるのである。

 正確に『ときそば』のオチを言ってしまえば(有名だから良いよね)、とある男がちょっとした仕掛けで蕎麦の代金を誤魔化し、それを真似しようとした別の男がいたものの、上手くやれずに今度は逆に多めに代金を払ってしまうというもの。

 ここでは、先に出た話のネタを、別の局面で使っている部分……そして失敗に終わっていることが「オチ」になっている。


「つまり、既存の――聞き手が既に得ている情報を“もう一度”使った上で、けれど結果が違うという点に面白みがあるワケだ」

「ふ~ん。悪いことを真似してもうまくいかないよ~ってことかと思った~」

「確かに、そういう教訓も混ざってるのが上手なところかもね」

「ネタバレってより~、ちょっと探偵小説っぽい~?」

「ああ、伏線とその回収か……近いかもね」


 要は、既存の情報によって聞き手をミスリードしつつ、着地点が予想と違って……「ああ、こういう流れにもなるのか」という、一種の納得を持って終わっている。奥が深いな……深すぎてまだよく見えない。

 納得……納得は大事ね。


「そうか、納得のことを『オチ』って呼んでるのかも」

「わかんない~、あたしが納得できない~」

「いや、ほら……話が終わった後に改めて思うわけだよ。『この話の起こりは何だったか』みたいに。頭の中でもう一度なぞるっていうのかな」

「ん~、確かに多かれ少なかれ、やるかも~?」

「その時、最初に出た情報が、最後にもう一度使われてると、どうなる?」

「う~ん……、このために、そこから話を始めたのか~って思う……はっ、納得!」

「そうそう。おさまり良いよね」

「家に帰ってくる感じ~、かも」


 それがオチ。……の、ひとつの形。

 多分、一面しか捉えられていないのだろうけれど、ちょっと納得感がある。

 でも難しいな。やっぱり自家撞着というか……同じところをぐるぐるしている感じはなくもない。どうして帰ってくると落ち着くんだ? とか。キリはなさそうだけど。

 住処は落ち着くものだってしておこう。とりあえず。


「ボケに対するツッコミも、ちょっと近いものを感じるんだよね」

「漫才~?」

「うん。ボケで放って、ツッコミで落とす感じ。ツッコミは、“ここが笑いどころ!”とか“ここが面白いところ!”って教えてくれる感じあって、親切な仕掛けだと思う」

「毎度毎度、家に帰してくれるんだね~」

「喩えといてなんだけど、落ち着きなさすぎだろ。忘れ物して取りに帰りまくるみたいになっちゃってる……」

「あは~、ツッコミ~」


 どちらかというと、話の細かな起伏かな。

 こまめにリズムをとりつつ、全体で大きな流れを作る……みたいな。物語の世界というのは、本当にいろんな配慮の上成り立ってるね。比べて、私の日記なんかだらだら書いてるだけだよ。自嘲じゃないけど。


「でも~。やっぱり『落ちる』には悪い意味も感じちゃう~」

「橋とか崖とか試験とかねえ」

「そうそう~、あと地獄とか、落ちたくない~」

「あんたが言うと、身に染みるね」

「あ~ん、落伍者は嫌だ~」


 とか、寝転びながらウネウネする小野寺。好きにさせておこう……。

 そういえば、駄洒落ダジャレオチというのもあったか。洒落シャレも落ちてはいるしね……。

 ま……落伍ラクゴした落語ラクゴは、オチているのにオチてないってか。

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