5. 飲み物

 ボクにとって文章は飲み物なのです、と。

 近所の犬が言っていた。

 その犬は井上イノウエという名前で、二足歩行するタイプのワンコなのだけど、詳細はまた今度紹介しよう。今日はその言葉の含蓄の深さについて、訥々とつとつと語りたい。

 余談だけど、「訥々と」とか「飄々ひょうひょうと」とか「津々浦々つつうらうらに」とか、繰り返して表現する単語は素敵だと思う。ゆえにちょくちょく挟んでゆきたい。

 さて。


「活字は摂取するものである……というのは周知の事実ではあるが」

「ちょっと待って~、活字にカロリーも栄養素もないよ~」

「いいから聞いて、小野寺オノデラ。文章をしょっちゅう読むのが癖になってしまっている人にとって、活字を定期的に読むことは、食事をするのと同じかそれ以上に重要なんだよ」

「え~、食事の方が大事だよ~。食べないと死んじゃうよ~? あたしみたいに」

「自ら幽霊ネタを積極的に絡めるようになってきたよね、あんた……」


 その辺りに忌避感のないあたりが、なおさら幽霊らしさを失わせている。

 ファッション幽霊って呼んでやろうかこいつ。


「アレだよ。“活字中毒リーディングホリック”って奴」

「わあ、ルビがつくと二つ名っぽいね~。いよっ、中二病!」

「いやいや……もしかしなくても褒められていないね。ま、実際には英語で『reading addict』って呼ぶらしいけど、活字中毒のこと。ホリックの方がなんか格好いいよね。とか、それは置いておいて」

「うん。栄養の話?」

「飲み物の話」

「栄養ドリンクの話?」

「市販の栄養ドリンクって、本当に栄養になるのかね? ちょっと余計なものが入り過ぎている気がするから、真の栄養ドリンクとは病院の点滴液のことなんじゃないかって思う今日この頃。活字も点滴できればいいのにねー」

「話の戻し方が強引~」


 力技に頼らないと戻らないからだよ。小野寺が乗って来ないと、マジ脱線したままだもん。一対一で会話してるんだから、もうちょっと気を使ってほしい。という、私の都合を押し付けるわがまま。

 こいつ相手なら、いくらでもわがままが言える気がする。言わんけど。


「で、活字中毒とはよくいったりするけど。井上の『文章は飲み物』って表現は中々一考に値する秀逸な表現かもしれないと思ってさ」

「は~、井上さんがそんなことを」

「あいつは哲学するワン公だからね。注目したいのは、食べ物じゃなくて飲み物に喩えたところだよ。わかる? この感覚の違い」

「噛むか噛まないか……はっ、犬なのに噛まない~!」

「今日の小野寺は脱線の天才だな。確かに咀嚼そしゃくするか否かは大きな違いなんだけど……えっと、文章を『食べる』としたら、どんな感じする?」

「ヤギさんとかそういう意味じゃないんだよね~?」


 などとまた話を逸らしそうなことを口走りつつも、考えるそぶりを見せてくれる。

 ……そういえば、小野寺が本を読んでいるのをあまり見たことがないな。漫画を含めて。本心からそういうのに疎遠なやつなのかもしれない。文学少女みたいな外見をしているくせに。

 標語。人を外見で判断してはいけません。


「文章を食べるだと~、意味を分解して理解する感じがするかな~。一生懸命、知識や考え方を身に着けようとしている、みたいな~」

「そうそう。『消化する』って印象を受けるんだよ」

「うん、そうだね~。言われてみて思ったけど~、確かに『活字中毒』だけだと、飲み物も食べ物もありえそう」

「私も、何となくチョコレート中毒と同じような印象でいたんだけどさ。『飲み物』って例えると、リズムや読後感……文章の感触自体を楽しむような印象が出るなって思ったのよ」


 文章は、意味や知識のみを摂取するためのものではない。きっと。

 詩は色んな言語にあるしね。短歌とか漢詩とか……歌詞とか。あれらはどちらかというと、小難しく意味を消化するのではなく、自然と目に浮かぶ情景や雰囲気、そして口ずさむ楽しさ自体を楽しむものだ。

 明々あかあかし、明々々あかあかあかし、明々あかあかし、明々々あかあかあかし、明々あかあかアカ

 みたいな。


「考えてみれば、摂取することに抵抗感が少ないものを『~~は飲み物』とか表現するよね」

「カレーは飲み物とか~?」

「聞くねえ。私はカレーにそこまで思い入れないんだけど……たまに来る食べたい気分のときに食べられれば、それで十分」

「カレーだったら三食でもイケちゃう~……って人いるよね~」

「海軍さんかな?」

「海軍のカレーは嗜好じゃなくて~、それこそ栄養上からのお話だったような?」

「それでも毎日は食わんだろうけどな」


 実際どうなのか。カレー好きは本当に毎日カレーを食えるのか。あるいは飲めるのか。他の食べ物好きはどうなのか。

 気になるところだけど、調べてみればやってみてる人がすぐ見付かりそうだ。何でもかんでも「やってみた」の時代だしね。

 アレ系、個人的かつ中身のない感想で終わってることが多くて苦手なんだよな。

 苦手なものが多いよな。私も。


「逆に、異物感を楽しむ場合もあると思うけどね。違う考えを取り入れる目的で本を読むときは、そんな感じ」

「タピオカミルクティーとか~?」

「……え、なんて?」

「ほら~、飲み物として流行ったじゃない。たぴおかみるくてぃ~」

「ひらがなで言わなくても……うーん。確かに。アレは……飲み物として楽しむものかというと微妙かもね。不定期な異物感とか、タピオカの食感を楽しむみたいな」

「そうそう~。アトラクション的~」


 単語としては長いので、TMTタピオカ ミルク ティーとでも略したい。

 写真だけ撮って捨てるという、飲み物でも食べ物でもない楽しみ方をする人がいると風の噂には聞くが、お近づきにはなりたくないね。UMAみたいなものなのか、私は見掛けたこともないけれど。

 読書が飲み物だとしたら、本の表紙だけ写真に撮って捨てるようなものか?

 随分罰当たりなうえに随分勿体ないな……。


「でも~、その流れでいうと……、あたしはいつも文章に食あたりしてるかも。意味や意図を理解しようとして、ぐるぐる~ってしちゃうもん」

「ホントの活字中毒ってか」


 ま、文章も痛んだり腐ったりするもんね。

 ほどほどにしたいもんだ。

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