3. 幽霊

 うちに住み着いてる同居人の小野寺オノデラが幽霊だって話、したっけ?

 してないよね。まだ。多分。


 どうでもいいけど、「したっけ」って北海道の方言にあるらしい。可愛い。意味は、「そうしたらね」とか「じゃあね」らしいけれど……、北海道って正直範囲が広すぎない? 関東全体くらいはあるよね。もっと広い? ご当地の人からすると、一括りに「北海道の方言」とかいわれるのも不本意ではなかろうか。今の時代だからこそ、彼らも色々と声を挙げているけれども、いまだに北海道のどこに何があるかは、部外者の私からじゃ皆目見当もつかない。ゆえに具体的な範囲までは追究できない。

 ん、話が逸れてるな。

 小野寺の話だった。

 あいつの出身地は多分北海道ではないし、詳細は知らないんだけど……どうやら彼女は幽霊だそうで。


「初めて小野寺を見た時は思ったよね。『あ、幽霊って本当に足が無いんだ』って」

「そこ~?」

「足が無いと不便じゃない?」

「え~……無いなら無いでなんとかなるなる~」


 ポジティブだなあ。

 かように、小野寺は幽霊らしさが足りない。足だけに。

 かなり意識の低いタイプの幽霊である。ウェーイ系ゴースト。ゴーウェスト。


「どこで落としてきちゃったのよ、その足」

「う~ん。お店で支払おうとしたときにお金がなくて~?」

「足が出ちゃったってか。差し出された足でお会計してくれる店も店だよ」

「そうそう~冗談だけど~」

「本気だったら同居人をやめるしかねえよ」

「あはは冗談で良かった~。ま~、よく覚えてないんだよね~。何で死んだかも曖昧模糊だよ、もこもこだよ~」

「そうかそうか。もこもこは可愛いよね」


 お前はそれでいいのか。

 幽霊って死んだときの記憶があまりないとは聞いたことあるけど……。死因や心残りの詳細が不明なままじゃ、成仏も出来ないだろうし。やっぱりこういうのは、生きている人間が調べないといけないことなのだろうか。

 ……といいますか。


「お前って、成仏するの? 成仏したいの?」

「さあ~?」

「首傾げないでよ。あんたのことなのに……」

「う~ん~、コユメちゃんとの生活は楽しいから~、願わくば、しばらく成仏したいとは思わないかな~」

「おまっ……やめてよ、そうやって急に刺してくるの!」

「なにが~?」


 赤面ものである。照れ性。いや、私が単純に素直な好意に弱いザコメンタル。

 顔を扇ぎつつ、強引に思考を戻す。

 この辺りの屈託のなさからすると、悪霊でもなさそうなのよね。素人に見分けがつくものか知らないけれど。


「成仏って、全幽霊が願ってやまないモノじゃないの?」

「さ~。あたし、他のユーレイに会ったことないしな~」

「確かに。私も小野寺以外の幽霊は見たことない。相当レアなのでは? ☆いくつ?」

「☆は持ってないけど、うん~。幽霊って、欲しい物とか、未練とかがあって現世に残るっていうから~、あたしも何かあるのかな~?」

「むしろ欲が少なそうに見えるわ」

「そうでもないよ~? お洋服は好きなの着てるし、ご飯も食べてるし……」

「……お前、本当幽霊っぽくないよね。好き勝手だよね……」


 服装が現代風なので、いつの時代の人間かもよくわからない。

 掃除洗濯家事やってくれるし、何なんだ。私の妄想か?


「ま~、細かいことは気にしない~」

「本人がそれでイイなら、もうそれでいいよ……」

「もしかしたら、人を堕落させるために現れた親切お化けかも~?」

「怖っ。人類は誰も敵わないよ、それ。……あ、そうだ。成仏つながりで話を続けるけど。輪廻転生ってあるじゃん?」

「あるねえ~。前世とか。死後の生まれ変わりとか」

「でも、人口が増え続けている以上……転生前の魂が絶対枯渇してると思うのよね」

「代わりに減っている生物もいるんじゃ~?」

「私たちの前世はみんな絶滅危惧種かよ」


 まあ、比率でいえば圧倒的に微生物とかの方が多そうだから、そこから魂を持ってきているのかもしれないけど……。魂はいったいどのくらいの生物から宿るものなのだろうか。一寸の虫にも五分の魂とは言うけれど……五分の魂では人間に足りないのなら、何匹分かくっつけてから転生させるのかな?


「転生合体! ムシケラーズ! ……弱そうだね」

「弱そう~。そんなんじゃ異世界でやっていけないよ~?」

「異世界転生か。最近そういうのも流行っているもんね。もしかして世界は一つじゃないのだとしたら、輪廻転生の魂もそうやって総和を保っているのかもしれない……」

「あたしたちは既に異世界転生を果たしていた?」

「そうそう。浪漫があるね」


 別に異世界転生に対するあこがれはないから、浪漫も何も気のせいだけど。

 世界が一つではない、というのはいい線行っているかもしれない。仏教にも六道輪廻という考え方があって、天界・人界・修羅界・畜生界・餓鬼界・地獄界という世界を巡るとのことだ。なんだ、もともと異世界転生じゃん。

 ちなみに、お地蔵さんが6個並んでる事があるのは、このそれぞれの世界で守ってくれるから。


「世界がいくつもあるのなら~、時間もいくつもありそうだね~」

「え、どういうこと?」

「だから~、あたしの魂が転生したとして、その先が過去の人物かもしれないってこと~」

「ああ。魂固有の時間は累積するかもだけど、それを囲う時間軸には縛られないかもしれないのか」

「難しいな~。まあ、あたしを叱ってくれた近所のおじさんの魂は、あたしの魂が何度か転生した後に宿ったものかもしれない、っていう~」

「成長どころか人生何度か経た上で過去の自分叱るとか、相当鬼畜だなお前」

「コユメちゃんの性格が悪い~。魂にこびり付いた悪さだよ~」


 小野寺が嘆くように床をぺしぺしする。

 私はこいつのそういう姿が見たいだけなんだけど……なんだ、鬼畜か。


「っていうかさ。転生する先がオジサンでいいの。あんたさ」

「足が長いなら~」

「そりゃ確かに素敵なお話ね。『あしながおじさん』……ジュディ物語」

「でも~、今のあたしは~?」

「あしがないおねえさん」


 ……北海道並みに寒いオチね!

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