第3話 悪臭対策について本気出して考えてみた


 翌日、ハークスはくしやくの広大な庭を歩きながら、私はこんやくした相手について思いをせていた。

 リカルドとの婚約破棄については、約束通り祖父に伝えた。ブリトニーが望むならと、祖父はあっさりと婚約破棄をしようだくしてくれた。リカルドの父は残念がったが、自分たちに非があったので最終的には受け入れてくれた。

 リカルド・アスタールは、祖父の友人であるアスタール伯爵の次男で、将来はとして城勤務を希望している。

 ただ、長男が病弱らしく、場合によっては領地をぐこともあり得るそうだ。

 周囲の話によると、後者の可能性の方が高いらしいが、実際はどう転ぶかわからないとのこと。今になって、婚約者の名前諸々を改めて知るなんて……ブリトニーは、全くかれに興味がなかったのだ。

(まあ、ブリトニーは、リュゼお兄様一筋だったしな……)

 今となっては、従兄いとこのどこがよかったのかはめいきゆうりしてしまった。たぶん顔と、あの上辺だけのやさしさだったのだろう。

 幼いブリトニーは、両親からの愛情にえていた。

 日常的に使用人いびりをしているかのじよは、当然、彼らからきらわれている。優しく接してもらえることなどなかった。めいの彼女をやつかいがっているし、他のしんせきとはあまり関わりがない。

 しろぶたれいじようせまい世界の中で、味方は祖父とリュゼだけだった。

(今ががんどきだ、私。たとえ最低スペックでも、今はまだ十二さい。このブリトニーの体でも、十分修正可能なはず! どうしてこの体に転生したのかはわからないけれど、好きな少女まんの世界で人生をやり直せるというのなら、最善をくさなければ!)


 数日後、リカルドから温泉のための人員がされ、工事はつつがなく行われた。

 三日で源泉け流しの温泉が完成する。これで、ブリトニーのあせくささが少しは解消されるはずだ。

 人口池の周りに小屋も建ててもらい、中でえができ、はだかで温泉に入れるような設備を整える。もちろん、メイドの助けは借りずに一人で温泉にかるつもりである。

 私は、さっそく完成した温泉に入った。デブの体積で大量のお湯が外にあふれていくが掛け流しなので気が楽だ。

「はぁ~、ごくらくだわ。温泉サイコー!」

 しかし、ここで私は気がついた。

(タオルは持ってきたけれど、せつ?けんがないな)

 そう、この世界には石?というものが存在しないのだ。

 お湯だけでブリトニーのたいしゆうを消すには限界がある、よごれをかせて落とす石?が切実にしい!

 私は、前世のしゆで作っていた手作り石?のことを思い出した。材料さえあれば、こちらでも作れないことはないはずだ。

 石?の材料は油と水とせいソーダこと水酸化ナトリウムだ。苛性ソーダはげきぶつだが、前世では身分証明書といんかんがあれば薬局で買うことができた。

 理系寄りの知識だが、ちかごろのアロマブームのえいきようで、いつぱんじん向けの簡単な石?作りの本などは、日本でたくさん売り出されていたと思う。

(油と水は手に入るだろうけれど、苛性ソーダって、この世界にあるの!?)

 化学的にそれらを生み出す方法なんて、私は知らない。過去に調べた趣味の知識を総動員させる。

(昔々の地中海沿岸部で、かいそうとオリーブオイルで石?を作っていた歴史があったはずだよね。ハークス伯爵領の海でも海藻は採れるかな)

 私は、工事に来てくれた人々に海藻を手に入れる方法をそれとなく聞いてみた。

 すると、そのうちの一人の青年が、海辺からかせぎに来ている人物だと判明する。

 彼の実家は海藻もあつかっているらしく、買い取りたいと言ったところあっさりと取引が成立した。

 工事かんりよう後、お礼もねてみなさまに温泉を使ってもらったが、大好評だった。

 いつか、この領地の水路が整備されたら、温泉の良さを人々に広めたいと思う。


 半月後、無事に石?の材料がそろったのでさっそくしきちゆうぼうを借りて石?作りにとりかかる。しんな行動だが、伯爵令嬢に文句を言える人間などいないのだ。

(リュゼお兄様に注意されるかもしれないけれど、今は仕事中だから見つからないはず)

 油は厨房で使っているオリーブオイル、海藻はうちの領地のものだ。においつけに使用するこうは、以前のブリトニーが、使用人にマッサージさせるために大量こうにゆうしていたものが残っている。

 厨房のすみのスペースで、なべでグツグツ何かを作り始めたデブ令嬢に、コックたちはあきれた目を向けつつも何も言わなかった。ドロドロの液体を型に流し込んで、四週間ほどかんそうさせる。失敗を重ねた末、ようやく石?と呼べるものが完成した。

 その間も、私は今まで以上にダイエットにはげみ温泉で汗を流したが、夜の時間は温泉を使用人にも開放することにした。

 最初はだれも使っていなかったが、最近はちらほら温泉に向かうメイドを見かけるし、そう担当の男性使用人も使っているようである。

 婚約破棄はしたものの、リカルドたちとのえんは続いている。財政事情もあるし、向こうの領地から取り寄せたいものがたくさんある。

 それに、最近思い出したのだが……例の少女漫画に、リカルドがわきやくとして出ていた気がするのだ。王子の取り巻きの一人として。

(生存率を上げるためにも、彼とは仲良くしておいた方がよさそう……向こうはいやがるだろうけれど)

 ブリトニーの体重は、一向に落ちない。努力の末、八十キロから七十五キロまで減量に成功したのだが、そこから減ってくれないのである。

 あまり激しい運動をすると、デブのブリトニーはすぐに体調をくずしてしまうから厄介だ。

 勉強と運動と入浴をかえす日々を過ごし、大量の類をせつしゆするお茶の時間や、デブのもとである夜食の時間はなくした。

 自分なりに努力をしているが、リカルド以来、えんだんの話は来ていない。

(リュゼお兄様との約束の期限は三年間。まだ時間はあるけれど……不安だな)

 こうして、モヤモヤした気持ちだけが積もっていくのだった。


 さっそく運動後に、完成した石?を温泉で使用してみる。少しらしてこすってみると、きちんとあわった。ふわふわしたいい匂いのあわが、ブリトニーのきよたいを包み込む。

 この石?にはバラの精油を使っているので、温泉全体にフローラルなかおりが広がった。

 前世で「温泉水でかみを洗うのはよくない」と聞いていたので、髪を洗うための湯だけは屋敷でかしたものを運んでいる。重いたらいを運ぶのは、よい筋トレになった。当たり前だが、この世界にシャンプーやコンディショナーはないので、近々るいひんを用意したいと思う。

 温泉を出て屋敷に戻るちゆう、仕事帰りのリュゼにそうぐうした。最近の彼は、このもうからないハークス伯爵領を変えようと、日々とうほん西せいそうしているのだ。

「あれ、ブリトニー。なんだかいい匂いがするね、またマッサージしてもらったの?」

「リュゼお兄様、これは温泉で使った石?の匂いです」

「石??」

「ええと、体の汚れを落とすもので……」

 私が石?について説明すると、リュゼが興味を持ったようなので、完成品をいくつかあげた。これが、自分の運命を変えるとも知らずに。

 石?を使い始め、ブリトニーのあくしゆうに対する批判は減ったと思われる。

 私は、っぱい匂いのくさいデブからフローラルな香りのデブへと進化したのだ。

 おくもどって二ヶ月が経過したが、今までの行動がまずすぎたので、私は使用人からいまだに遠巻きにされている。

 温泉を使う使用人はいるものの、その感想を聞けるような仲ではない。温泉内に置いている石?も減っているようだが、使い心地ごこちも聞けずじまいである。

 散々いじめてきたので、いまさら仲良くしたいなどというのは無理な話だろう。

(ああ、ブリトニーの鹿! なんで使用人いじめなんかしたんだー!)

 私は、過去の記憶を思い起こした。そもそものほつたんは、使用人が幼いブリトニーの容姿についてかげぐちを言ったことだと思う。

 ぐうぜんそれを耳にし、傷ついて泣いたブリトニーは、祖父に問われて告げ口したのだ。すると、伯爵は陰口を言った相手をクビにした。

 その光景を見て、ブリトニーは思ったのだ。「私は強い……権力で使用人をどうとでもできる」と。

 そうして、白豚伯爵令嬢の使用人いじめが始まる。

 悪口を言う相手をいちいちクビにしていてはキリがないので、ブリトニーは「使用人とは陰口を言ってくる相手」だと脳内で断定し、それを前提としていじめをするようになった。そのうち、使用人いじめがくせになり、ストレス発散のために内容がエスカレートしていったのだ。

 今更「ごめんなさい」とあやまるだけでは許される気がしないし、関係改善に努めるのはおそすぎると思われた。

 ろうの隅から遠巻きに使用人たちをうかがうことしかできない、なしの自分がうらめしい。

 意気しようちんした私は、ひとまず庭へ向かった。午後の歴史の授業までに時間があるので、散歩をしようと考えたのだ。適度な散歩は集中力を高めてくれるし、軽い運動にもなる。

 しかし、庭に一歩したところで丸い物体がこちらに向かって飛来し、見事に私のデカい顔面にちよくげきした。

「グフゥッ!」

 思わず悲鳴をあげて、その場にしゃがみ込む。

 すると、庭の向こうからワラワラとたくさんのかげが出てきて私を取り囲んだ。

だいじよう? ごめんなさい」

「うわー、すっげーデブ!」

「痛いの痛いの、飛んでけー!」

 口々に私に話しかけるのは、十人ほどの使用人の子供たちだった。

(おい、今デブって言ったやつは誰だ)

 ハークス伯爵家の規則は他と比べるとゆるめで、親が働いている間、家に置いておけない子供は屋敷に連れてきていいことになっている。

 しかし、たまに手伝いをするものの、子供たちは基本的に放置されていた。ひまを持て余した彼らは、こうして庭で一緒に遊んでいる。

 私は地面に転がった丸い物体を拾い上げて彼らにわたした。その正体は、牛のぼうこうだ。

 この世界にはボールも存在しないので、代わりに牛や豚の膀胱を取り出してふくらませたものを使っている。

 はしゃぐ子供を見て、私はあることを思いついた。

(使用人は無理でも、その子供たちとなら仲良くなれるかも……)

 現在、どう見たって彼らは退たいくつしている。とりあえずボールを追いかけているものの、やる気のなさそうなのも数人いた。

 に遊ばせておくよりも、子供たちに勉強を教えたらどうだろうか。

(将来の役に立つし、気もまぎれるだろうし。うまくいけば、使用人との関係を改善できる)

 こうして、私の間接的すぎる仲直り作戦が始まった。

 私自身の授業まで、一時間ほどゆうがある。「ねえ、君たち。私といつしよに勉強してみない?」という提案に乗った二人の子供を連れ、伯爵家の図書室へ向かった。残りの子供たちは……げていった。

 ついてきた子供は、男の子と女の子だ。いずれも、運動が苦手そうながらきやしやな子である。

 小さなきんぱつの男の子は十歳で、名前はライアン。くりの女の子は、十一歳のマリア。

 彼らは、きんちようしたおもちで私をチラチラと見た。おそらく、ブリトニーが使用人をいじめてきたことを知っているのだろう。

「来てくれてありがとう。これから、あなたたちに勉強を教えるブリトニーです。よろしくね」

 彼らは文字の読み書きができないし、もちろん簡単な計算もできない。マナーもなっていない。

 まずはペンの持ち方と数字や文字の書き方から教えていくことにする。この世界の数字は前世の日本と同じだが、識字率が低いので読めない人間が多い。

 どうなるか心配だったが、進んで「勉強を教える」という提案に乗ってきただけあって、彼らはおどろくほど飲み込みが早い。

 その日のうちに、二人は簡単な足し算と引き算ができるようになった。

「じゃあ、明日は数字以外の文字の勉強をします。今日覚えたことを忘れないようにね」

 先生らしく授業をめくくった私は、今度はいそいそと自分の授業へ向かった。

 歴史と?しゆう、マナーとダンス、詩と音楽。記憶が戻ってみると歴史の授業はおもしろく、自国の成り立ちや宗教についての理解が進む。

 刺?の授業も、なんとか作品らしいものが出来上がり始めたところである。

 ダンスと詩と音楽だけは、いつしようけんめいやっても相変わらずの出来だ。

はじをかかない平均レベルにとうたつできれば、それでいいかな)

 こればかりは、才能の問題もあるので仕方がないと思っている。


 授業の後、時間があるので自分のニキビ顔について考えてみた。

 デブはニキビができやすく、はだれを起こしやすい。その原因の一つは、大量かつかたよった食事だ。ブリトニーも、食事でしつや糖質をはじめとした栄養分を摂取していた。

 だが、この大量の脂質と糖質というのがくせもので……汗と一緒に外に流れ出たそれらはとなり、ニキビを引き起こすざつきんえさになってしまう。

 さらに、脂質や糖質をとりすぎると、体内にも良くないきんが増え、内臓の動きを悪くしてしまうのだ。

 過去のブリトニーの食事はバランスが悪く、あぶらっこい肉や炭水化物ばかり好んで口にしていた。体重は当初より五キロ減ったものの、ブツブツの肌は大変見苦しい状態のまま。髪も枝毛まみれでいたんでいる。

?せただけでは、婚約できないかもしれない。ブリトニーには、欠点が多すぎるもの)

 食事の改善以外にも、ニキビ対策などが必要だ。

 とはいえ、ニキビ用のしようすいや薬なんて、この世界では期待できない。

(そういえば、前世のアルバイト先で、レモン水がニキビにいいと聞いたことがあったかも。仕方ない……毎日レモン水を飲んでみよう)

 レモンは少し割高だが、となりの領地から買うことができた。料理人が街で買いつけてきたものが、厨房に置かれている。

 それから、同じ材料でコンディショナーも作ってみた。お湯を張ったたらいの中にレモンじるを垂らすというシンプルなものだ。好みでハーブなどを加えてもいい。

 今までブリトニーの髪は、無理やりブラッシングをした後で油をってまとめていた。

 この世界では髪を洗うひんは少なく、洗っても水だけしか使わない。要するにブリトニーの頭は今、油でギトギトにテカっている。

(シャンプーも作りたいな……)

 私は、前世の趣味を思い出しながら夕食の席へと向かうのだった。


 ダイニングのとびらを開けると、先にリュゼがすわっていた。隣に行くと、いい匂いがする。

 この従兄は基本的にいつもいい匂いがするのだが、こうすいなどとはちがって自然な石?の香りだ。どうやら、さっそく私の渡した手作り石?を使ってくれたようである。

 私がクンクンと匂いをいでいることに、リュゼも気づいたようだ。青い目を細めてさわやかに笑った彼は、私の方を向いて言った。

「ブリトニーの作った石?を使ってみたんだよ。これはいいね」

 手放しにめられて喜んだ私は、またグフグフと笑う。

 この従兄は、何を考えているのかわからないので少しこわい。

 けれど、自分のしたことが評価されるのはじゆんすいうれしかった。

「せっかくだから、王都にいる友人にも送ってみたよ」

「ブフィーッ! ゲホゲホッ!」

 続いた言葉に、思わず口にふくんだスープをしそうになる。

 リュゼの言う王都の友人とは、たぶん以前言っていた王太子のことだ。王都にある王族・貴族用の学園で知り合った彼らは、結構仲のいいあいだがららしい。

「な、なんで、そんな人に私の手作り石?なんぞを渡しているんですかー!」

 声をあららげてしまった私と対照的に、リュゼはどこまでも落ち着いている。

「驚くほど汚れが落ちるし、いい匂いがするすぐれものだったから……ぜひしようかいしたかったんだけど。うまくいけば、この領地の収入になるかもしれないし」

「えっ……?」

「ブリトニー、あれはすごい発明なんだよ? 入浴で使うだけでなく、衛生面が重要視されるりよう現場でも使えると思う。衛生問題については、以前ブリトニーも心配していたよね?」

「そ、そうですね……馬に乗って出かけた際に、そんなお話をしましたね。病気の予防にも手洗いは大事だと思います」

 自分の悪臭対策のために作った石?だが、ものすごく大ごとになってきたような。

(正直言って、しろうと作品だし……そこまで考えていなかった)

 どうようする私に向かって、リュゼは話を続けた。

「ところで、石?はもうないの?」

「あと少しです。もともと自分用に作っただけなので。材料にも限りがありますし」

「何を使っているの?」

「うちの領地で採れる海藻の灰汁と、お隣の領地で取れるオリーブオイルと、やはりお隣の領地で取れるバラの精油ですね」

「隣の特産品が要るのか。君とリカルドの婚約破棄がやまれるね」

「も、申し訳ないです。私がないばかりに……」

 リュゼの言いたいことはなんとなくわかる。

 私と彼との婚約が成立していれば、材料を格安で購入できるなど、ゆうずうがきいたかもしれない。

「ですが、オリーブオイルは、この領地で取れるグレープシードオイルに変えても大丈夫ですよ」

 グレープシードオイルは、その名の通りぶどうの種から採れる油だ。だんは、料理などに使われている。荒れ地の多いハークス伯爵領だが、最近はリュゼのかつやくによってワインの生産がさかんになってきたらしい。

「では……材料は極力、うちの領地のものを使うように。量産できるといいのだけれど」

 なんだか、大変なことになってしまった。

「では、レシピを書いておきますね。グレープシードオイルの石?は、明日にでも作ってみます」

「ああ、ありがとう。ぜひたのむよ」


 かくして、ハークス伯爵領では、大々的に石?が生産されるようになったのだった。

 それからの私は、空き時間に石?の生産に精を出すことになった。生産というよりは、研究といった方がしっくりくるかもしれない。成功したものはレシピに残してリュゼに渡し、さらに新しいレシピをさくするのが私の役目だからだ。

 石?を作りながら、子供たちに勉強を教えるのが日課になり、その残りの空き時間をダイエットに当ててランニングなどしている。自身の勉強もあるので時間が足りず、毎日クタクタだ。

 でも、リュゼに期待されているので下手なことはできない。適当なことをして彼をおこらせ、王都へ飛ばされてしまっては困るからだ。

 そんなことを考えていると、従兄がやって来る。

「ブリトニー、新しい石?の出来はどうかな?」

おおむね成功しています。どんな場所でも育ちやすいラベンダーやローズマリーの精油なら、うちの領地でも採れますし、原料費はおさえられるかと。それから、うちの領地でオリーブは植えられないでしょうか? たくさん実がなれば、うちの領地でもオイルが採れると思うんです」

「うん、そのあたりはぼくが動くよ。それにしても……」

 不意にリュゼの手が私の方にび、さらりと髪をさわった。




「最近の君の髪は、やわらかくてサラサラだね」

「……!」

 驚きで体をこわらせてしまった私を見て、リュゼは「急にレディーの髪を触ってごめんね」と微笑ほほえんだ。何をしても許されるがおというやつである。

(イケメンは得だな。不覚にも、ちょっと、ドキドキしてしまったし)

 以前のブリトニーなら、喜びのあまり白目をむいて失神していただろう。

 気を取り直して、私は自作コンディショナーの説明をした。コンディショナーと言っていいのかみようしろものだけれど、そこはえてだまっておく。

「この髪は、コンディショナー──レモンの汁を使っているんです。温泉へ行って髪を洗う際に使用しています」

「そうだったの。庭に作った温泉は使用人たちにも好評みたいだね。僕も使わせてもらっていいかな?」

「もちろんです。夜は使用人が利用するので、私はそれ以外の時間に使っていますよ」

「では、僕もそうしよう。レモンも荒れ地で育つから、うちの領地にたくさん植えられるかもしれないね。寒さには強くないみたいだから、領地の南側に植えるのが適しているかもしれない」

「そうですね……」

 リュゼはハークス伯爵領に水路を作りたいと言っていたが、資金が足りなくて実行に移せずにいる。

 なんとかして、この領地を豊かにしたいという思いは、私も一緒だ。


ブリトニーの体重、七十五キロ


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