第2話 二度目の婚約破棄……どころか婚約拒否!?
部屋の中には見たことのある
紳士は祖父の友人で、
急いで客人のもとを
祖父に
「この
私と祖父に
そして、一方的に婚約を
(それにあの人、
ところで、「息子が失礼な態度を」とは、一体どういうことなのだろうか。不思議に思っていると、紳士が話を続けた。
「お
彼の話に、私は太い首をかしげる。
「実は半月前から、私は領地の視察や王都訪問で家を留守にしていまして。今回の婚約破棄の話は、その間に息子が無断で言い出したものなのです。ですから……」
(なるほど、婚約破棄は紳士の息子の独断だったのか)
紳士は、婚約破棄をなかったことにしてほしいと、祖父に
「そうは言ってものう……ブリトニーは、今回の件で
私は、少し気まずい気持ちで祖父を見た。
(お祖父様、それは
彼は、孫が少食になった理由を
「ブリトニー
私に向かって深々と頭を下げる紳士が、さすがに可哀想になってきた。
「頭を上げてください。今回のこと、私は気にしていませんから」
そう言って、にっこりと
しかし、
「私のことはお構いなく。祖父とあなたとでお話ししてください。私は、二人の決定に従いますから」
よいしょ、と重い
(あの少年、よっぽど私との婚約が
逆の立場で考えてみると、その気持ちもわかる。私だって、
「さて、どうなることやら……」
少年が私の婚約者になってくれるのなら、リュゼの出した条件をクリアできる。それはそれで良し。だが、彼が断固拒否するパターンも考えるべきだろう。その線の方が
客間から解放された私は、リュゼに教えてもらった温泉を見に行くことにした。
今の私は
温泉の
「フゥ、フゥ、フゥゥー」
またしても大量の汗を流しながら、私は敷地の中を
リュゼから大まかな地図をもらっているのだが、それにしても少し遠い。そして暑い。
普通の人間なら、ここまで苦労しなくても
(くっ……馬に乗れればなあ。乗馬の練習をしようかなぁ)
私は、フゥフゥと荒い息を吐きながら、かなりの時間をかけて温泉に辿り着いた。
結論から言うと、温泉はある。あるにはあるが……
「何これ……」
しかし、それを受け止める
(この辺りの川の水は、
温泉に
(そういえば、屋敷からここへ来るまでに、
それは、かつて祖父が「プール代わりに」と、私に作ってくれた浅い池だった。
しかし、運動
(この温泉を人工池まで引っ張って、人工池から川へ流れるようにすれば……可能かも)
温泉から人工池までは近い。とはいえ、わずかながら水路は必要だ。
私には水路を作る技術も知識もなく、土木知識や内政知識も、医学知識や事務能力も、料理技術もなにもない。
あるのは、この世界のもととなっている少女
(リュゼお兄様に
大がかりな作業にはならないだろうが、これはブリトニーの
「はぁ……」
自分が無能すぎて嫌になる。ため息をついていると、ふと目の前に
「……ん?」
顔を上げると、目の前にオレンジがかった金髪を持つ少年が立っている。私の元婚約相手で、一方的に婚約破棄をした伯爵家の息子。名前はたしか、リカルドだ。
今はまだ子供だが、その顔は
「……私に、何か用ですか?」
伯爵家の建物からこの場所までは、片道五分程度かかる。その
(うん、全く
オレンジ頭の元婚約者の顔も、
わざとらしく
「
「……はあ、そうですか」
「お前のような女が
「私にそう言われましても……伯爵家の
ここまで
「くそ、なんで俺がこんな女と……」
リカルド少年は、非常に正直な感想を
「お前に、頼みたいことがある」
「なんでしょう?」
「伯爵に、婚約破棄したいと伝えてくれ。孫に甘いと評判の伯爵だから、お前の言葉なら聞くかもしれない。お前だって、自分を嫌っている相手との婚約は
「なるほど、そうかもしれませんが……」
だからといって、彼の言う通り、
私が婚約すれば、この伯爵領は様々な
白豚一
(でも、この素直な少年は使えそう)
私自身、こんな考えが
「確約はできませんが、祖父に
「条件、だと……?」
「あなたにとって、難しいものではありません」
元婚約者、いやまた婚約者になったらしいが、彼の領地は豊かだ。様々な作物が実る豊かな
ハークス伯爵領とは違い、税収がっぽりウハウハな場所で、リュゼが実行したがっている水路の整備も
彼にとって、多少の出費など
「……ここに水路を、引いてほしいのです」
「何を言っている?」
「婚約破棄する代わりに、ハークス伯爵領内に水路を引いてください」
「無茶を言うな! この領地全体の水路の整備だなんて、どれだけ手間と金がかかると思っている!」
子供ながらに、婚約者は、しっかりした考えを持っているようだ。
もともと
(残念だけど……それなら、それでいいか)
水路整備の大変さや、人件費を知っているということは、領地を経営していく上で有能だ。
「リカルド様、あなたは土木関連に
「うちの領土は、よそよりも土木技術が発達している。領主の家に生まれた者として、最低限の知識は勉強しているが」
「なら、水路は
「規模にもよるが。少しくらいなら、なんとかなるだろう。俺の手を煩わせるのは、気が引けないのか?」
「あら、婚約破棄との
私がそう言ってグフグフ笑うと、リカルドはあからさまに顔をしかめた。
ブリトニーの笑いが
「庭いじりの内容は簡単だと思います。こちらの岩から湧き出ている水を、来る
「……それくらいなら、構わない。人手もかからないし、簡単にできるだろう」
「まあ、ありがとうございます。他にも色々お願いするかと思いますが、難しい
ちゃっかりと、他にも条件を付け足してみる。あっさり婚約破棄に応じてもらって
「祖父には、婚約破棄したいときちんと伝えておきます。最終判断は、祖父が下しますが……」
希望を伝えたところで、祖父が承諾しなかったら婚約破棄にはならない。
(お祖父様に今日のことを伝えはするけれど、私の本心としては婚約を
三年間で婚約できる相手を探さねばならないのだから、キープは多いに
私と同い年の素直な少年は、ひとまず
「それにしても、お前……ずっと思っていたのだが、
「そうですね。今日は、よく動きましたので」
「俺は、不潔で
「世の中の大半の男性は、そうだと思いますよ。私も、汗臭いデブは嫌いです……」
私だって、リカルドの言うような人間は好きではない。ブリトニーなんて
父に婚約者の存在を知らされたのは、俺が十三
最初は
(姿絵だけでも、彼女の美しさと
令嬢の名前は、ブリトニー・ハークス。父の良き友人である、隣の領土のハークス伯爵の
実際に彼女と結婚するのはだいぶ先になるけれど、俺は少しでも早くブリトニーに会いたかった。自分の目で直接彼女を見てみたかったのだ。
だから──父に
運のいいことに、その日、婚約者である令嬢は屋敷の外に出ていた。なぜ、俺が婚約者を判別できたかというと、使用人が彼女の名を呼んでいたからだ。
「ブリトニー様、こちらにテーブルと椅子を用意いたしました」
屋敷のすぐ近くで、令嬢はピクニックをしているようだった。
ちなみに、不法
そんなわけで、期待に胸を
(
そこにいたのは、絵の中の少女とはまるで別人の白豚女だった。
俺は、激しく絶望した。
(いや、待て。もしかすると……見た目は駄目だが、中身は天使のように清らかな令嬢なのかもしれない。伯爵も、そう言って孫を可愛がっている)
ハークス伯爵の孫への
しかし、次の
「あー、気がききませんわね! そこのメイド、あんたよ! このドブス!」
ブリトニーは、自分の容姿を
(おいおい、ドブスはお前だろうが……)
メイドの容姿は、いたってマトモだ。美人ではないが、太っていないし清潔感もある。
「こんなに少ないお
「も、申し訳ありません! すぐに持ってまいります!」
慌てて
……俺の婚約者は、外見だけでなく中身まで
(嫌だ、あんなのと
家に帰った俺は、
しかし、父は聞く耳を持たなかった。友人であるハークス伯爵の娘との婚約を、それはもう喜んでいる。本当に絶望しかない……!
そのことがあってから、俺は毎晩悪夢にうなされるようになった。夢の中にあの白豚が出てきて、俺を巨大な尻に
(婚約
ブリトニーとの婚約は、俺の心に強烈なトラウマを残したのだった。
それから間もなく、俺は父の留守を狙ってハークス伯爵に婚約破棄を申し出た。本当は、そんなことをしてはいけないとわかっているが、もうどうしようもなかったのだ。
悪夢が続いて
しかし、すぐに事態が父に発覚し、俺は強制的にハークス伯爵家に連れて行かれてしまった。
そこで、俺はまた
俺は無理やりブリトニーに謝らされた……
(このデブのことだ、きっとここぞとばかりに俺を
しかし、予想とは違い、
「頭を上げてください。今回のこと、私は気にしていません」
そう言って、ニヤリと微笑む。不気味だ……何を
「私のことはお構いなく。祖父とあなたとでお話ししてください。私は、二人の決定に従いますから」
伯爵に全権を委ねたブリトニーは、
結局父と伯爵は、あっさり婚約破棄はなかったことにしようと決めてしまった。
(このままでは、あのデブと婚約させられてしまう……それだけは
伯爵との話が一段落したので、俺はブリトニーの後を追った。
ハークス伯爵家の庭は広く、葉を赤く染めた木々の間を、リスが
しばらく進むと、岩場の前に一人で突っ立っているブリトニーを発見した。
(あんなところで、何をやっているんだ?)
疑問に思いつつ近寄ると、彼女の体から
俺の気配に気づいたブリトニーが、太い首を体ごと回転させてこちらを見た。
「……私に、何か用ですか?」
言いたいことは山ほどある。俺は
しかし、相手は見た目通り
「確約はできませんが、祖父に掛け合ってみましょう。しかし、条件があります」
「条件、だと……!?」
「あなたにとって、難しいものではありません」
そこで彼女に出された条件は、伯爵家の敷地内に湧き出ている温泉を人工池に流し込みたいというものだった。伯爵領に水路を……と言われた時は引いたが、庭いじりレベルの作業なら人出も経費も少しで済む。
他にも時々頼み事をしたいと言われたが、この程度のことで婚約破棄ができるのなら、聞いてやってもいいだろう。
俺は、ブリトニーの話に乗った。このデブ、意外と話のわかる奴だ。
「それにしても、お前……ずっと思っていたのだが、汗臭いな」
「そうですね。今日は、よく動きましたので」
「俺は、不潔で怠惰な女は好かない」
「世の中の大半の男性は、そうだと思いますよ。私も、汗臭いデブは嫌いです……」
なら、どうして
俺は、口先だけで行動が
ブリトニーの体重、八十キロ
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