月紫国編・替玉王女
☆大国の皇太子から招待状が!
第1話 人生はままならない
「────カナン、きみを異国へ行かせるなんて出来ないよ! 今度は僕の番なんだ。一年前、カナンが僕の代わりをしてくれたように、今度は僕がきみのかわりになるよ。僕が
気迫のこもったシオンの言葉を聞いて、カナンはあんぐりと口を開けた。
一年ぶり。人生二度目の王都。かつて毎日のように通った
(そんな……本気で女装するつもりなの?)
カナンが男装し、シオン王子のふりをしたのは一年前だ。
少しずつ健康を取り戻した今、シオンはこの一年でずいぶん背が伸びている。
(どうにかして止めなくちゃ……って、どうすればいいのよぉ!)
シオンの座る長椅子の背後には、眉間に皺を寄せて立つ側近のジィンと、シオンの護衛騎士となった長兄ナガルがいる。カナンは二人に縋るような目を向けた。
〇 〇
事の発端は一年前に遡る。
病弱だと噂されるシオン王子を探るため、外交上手な隣国の皇子トゥランがやって来た。
外交どころか寝台から起き上がれないシオン。
王は彼の代わりに、十四年前に捨てた赤子、カナンを王宮に呼び寄せた。
自分が王子の双子の片割れであることなど知らず、南部の田舎でのびのびと育ったカナンは、「男女の双子は不吉だ」という王都での常識に憤りを感じながらも、シオンや国の為に男装し王子の身代わりを演じた。
努力の結果トゥラン皇子には気に入られ、騙し通せると思ったのもつかの間、シオンに代わり世継ぎの座を狙う従兄の王子によってカナンは襲われ、トゥランにも正体がバレてしまった。
王はカナンを庶子と偽ってまでトゥランと娶せようとしたが、カナンとシオンは力を合わせて、世継ぎ問題とトゥランの求婚を回避した。
この時、王位継承権を放棄したシオンに代わり、従兄のコウン王子が留学と称して月紫国に連れて行かれたのだが────彼は思ったよりも
月紫の皇太子に近づき「男装してまでシオン王子の身代わりを演じた王女がいる」と面白おかしく語ったらしい。
お陰で月紫国からカナンに招待状が舞い込む事態となった。
水龍王宮は突然の招待状に大騒ぎとなった。カナンは王女を名乗ることを辞退し、とっくの昔に南部に戻っていたからだ。
シオン王子は自分がカナンの身代わりになると言い張ったが、事態を重く見た王は、シオンの側近ジィンとカナンの長兄ナガルを南部へ向かわせた。
(────人生って、本当にままならないものね)
南部の屋敷で長兄から話を聞いたカナンは、思わず天井を仰いだ。
個人的に遊びに行くことはあっても、それ以外の事情で王都に行く事などないと思っていたのだ。
春になったばかりの水龍国。ここ南部は特に天気が良く、今日はまさに絶好の釣り日和だった。
もちろんカナンも、すぐ上の兄トールとその悪友たちに混ざって散々遊んだ後だ。
「さすがに、シオンさまを月紫国に行かせる訳にはいかないわ。本当は嫌だけど、あ
たしが行くわ」
そう決意して、カナンは二度目の王都へ向かったのだった。
〇 〇
「────でも、あたしたち、もう十五歳ですよ。シオンさまは元気になったけど、その分、男らしくなっているわ。あたしの代わりは無理です!」
「大丈夫だよ。衣装や化粧でいくらでも誤魔化せる。それに、旅の途中で具合が悪くなればいいんだ。カナンが僕のふりをして様々な行事に参加したことを思えば、王女に化けるのなんて簡単だよ」
「でも! もしバレたらどうするの? あたしの時はこの国に迎える側だったけど、今度は向こうに呼ばれてるんですよ。隠れる場所もないし、相手はあの月紫国の皇太子ですよ。不興を買えば殺されるかも知れない!」
「それでもいいんだ。僕はきみの役に立ちたい。恩返しがしたいんだ!」
シオンは頑として譲らない。元気と一緒に頑固さまで身に着けてしまったようだ。
カナンは頬を膨らませて考えた末、こう切り出した。
「なら、こうしましょう! シオンさまがあたしのふりして月紫国に行くなら、あたしはカナン王女の侍女として一緒に行くわ!」
「なっ……それじゃ意味ないよ! カナンが行くなら僕が身代わりになる意味がなくなるじゃないか!」
「そうです。だから無謀なことは止めましょう。ジィンもナガル兄さまも困っているじゃないですか!」
「ダメだよ! 相手は月紫国の皇太子だ。断ることは出来ないし、もしも……きみに何かあったら、僕は!」
シオンは眉を下げ、泣きそうな顔でカナンに訴える。
病弱だった彼の肌は白い。男らしくなったと言っても、南部で育った色黒のカナンに比べたらよほど儚げな王女に見える。
「危険なのはシオンさまも一緒でしょ!」
「でも、女のきみより、僕の方が危険は少ないよ!」
カナンはハーッと大きなため息をついた。
何を言っても、言い負かされてしまいそうだ。
「シオンさまがどうしてもあたしの代わりに月紫国へ行くって言うなら、私は侍女ハルノになってついて行くわ! 絶対について行くから!」
カナンは負けないように拳を握りしめた。
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