第38話 晩餐会


 トゥラン皇子の帰国を前に、盛大な晩餐会が催された。


「ようやく北の街道が元通りに修復された。トゥラン皇子を長らくお待たせしてしまい、申し訳なかった。この機会に、トゥラン皇子の帰国について留学することになる、わが水龍国スールンの後継者を発表したいと思う」


 広間がざわめきに包まれた時、シオン王子が立ち上がった。


「父上! ぼくの代わりに世継ぎの王子になる方を、ぼくからも推薦させては頂けないでしょうか?」


 シオンの言葉を受けて、さらにざわめきが増す。


「ほう、そなたがわが後継を推薦するのか。まぁ、言ってみるが良い」

「ありがとうございます、父上」


 シオンは王に深々と頭を下げると、すぐに従兄の王子たちに視線を向ける。


「ぼくは、二人の従兄をとても尊敬しております。聡明なユジン王子と剛毅なコウン王子。二人の力は共に我が国に必要ですが、国を率いるという点では、ぼくはコウン王子が適任と感じます。どうかぼくの代わりは、コウン王子に」


 シオンの言葉に、広間中がざわめいた。その中にはコウンを称賛する声もある。


「そんなっ! わたしにはそんな力はありません!」


 円形にこしらえた晩餐会の席の、ちょうどシオンと対面する席からコウンが立ち上がった。


「コウンはああ言っておるが?」

 王がコウンからシオンに視線を戻す。


「きっと、年長のユジンを想っての事でしょう。彼には、人を気づかう優しさもありますから」


 シオンはにっこりと笑う。


「なるほど。そなたがそう申すなら、わしには元より異論はない。ではコウン、そなたをわが後継といたす。急なことだが、そなたはトゥラン皇子の帰国に同行して月紫国ユンシィに留学することになる。大国の政治や文化を存分に学んでくるが良い。留学から戻ったら、わが娘イーファと婚約することになるだろう。将軍もそれで良いな?」


「は……」


 ふらふらと席に座るコウンの隣で、いかつい体の将軍が鋭い目を伏せた。

 当人たちの落胆には気づかず、広間中から「おめでとうございます!」という声がかけられた。


「これで我が国も安泰だが、この場でもう一つ、皆に報告する事がある」


 王の言葉に、人々はシンと静まった。


「今まで伏せていたが、わしにはもう一人娘がおる。母親の身分が低いこともあり、城の外で育てさせていたが、この度、正式に城へ引き取ることにした」


 王はそう言ってから、シオンとトゥランの間にある空席を見下ろした。


「ジィン、カナンの用意はまだか?」

「はい。実は……カナンさまが広間へ来るのを嫌がっておりまして」


 シオンの後ろに控えていたジィンが、表情を曇らせながら答える。


「連れて来い。多少手荒にしても構わぬ」

「はっ……」

「父上、ぼくが行きます」


 シオンがスッと立ち上がり、王の返事を待たずに広間の入口に向かって歩き出す。広間中の好奇の目が、シオンの後ろ姿に注がれた。


「どんな趣向でしょうかね?」

 トゥランの後ろからヨナが囁く。


「さぁな。侍女の衣で来るかもしれんな」

「そうですね。まず、王女の装いではいらっしゃらないでしょう」


 ヨナがクスッと笑った時だった。

 ざわめきが今までに無いほど大きくなった。


「シ、シオン王子が……二人?」

「どういうことだ?」


 誰もが囁きではなく、大きな声を出してしまっている。

 慌てて広間の入口に目をやったトゥランは、色違いの衣装を身に着けた二人のシオン王子の姿を見つけた。


「トゥランさま……」

「まさか、シオンの姿で現れるとはな」


 トゥランは頭を抱えて笑いを堪えた。


「ええ。あれでは庶子を主張するのは無理でしょうね」


 衆目の中を、二人のシオンが歩いて来る。

 水色の薄衣のシオンと、紫の薄衣のカナンは、ほんの少しだけシオンの方が背が高い事を除けば、まさに瓜二つに見えた。

 広間中の人間が、二人の王子に目を奪われていた。


「カナン、何故そのような姿で参った?」


 王の声に怒りがこもった。


「お言葉ですが、あたしは王女ではありません」


 シオンと二人で王の席の近くに立ち、カナンは良く通る声で答えた。


「シオンさまの身代わりを務めたら、南へ戻るお約束でした。王女として城に残るなんて、約束した覚えはありません!」


 凛とした声が飛ぶと、ざわめきが静まった。


「カナンの言う通りです、父上。それに、庶子だなんてカナンに失礼です。この場にいる皆はもう、ぼくたちが本当の兄妹だとわかっていますよ」


 シオンはそう言って、広間に集った客たちを見回した。

 静かに佇むシオンの表情からは、病弱で気弱な王子の面影は消えていた。


「男女の双子がこの国の禁忌に触れると聞きました。その昔、国を滅ぼした原因となったのが男女の双子だと聞いて、あたしは王さまのした事を理解しました。ですから、捨てた子供は捨てたままにしておいてください。くれぐれも、どこかの大国の皇子に嫁がせたりなどなさいませんように。それこそ、国を滅ぼす原因になるかも知れませんからね」


 カナンがそう言うと、辺りは騒然とした。「不吉だ」「その通りだ」という声がほとんどを占めている。


 トゥランが立ち上がった。


「おれは気にしないぞ。王女との婚姻を許してくれるなら、禁忌も不吉も全部引き受けよう。この国の厄災はすべて、おれが防いでやる」


 得意げな顔で豪語するトゥランを、カナンはキッと睨みつけた。


「あなたが欲しいのは、この国に入り込むために必要な王女の婿という立場でしょ? 田舎貴族の娘に用は無いはずよ!」


 カナンの反論に、トゥランは堪えもせずに大声で笑った。


「参ったな……どうやら本当に嫌われてしまったらしい」


 大げさに両手を広げて広間を見回す。

「水龍国にとって悪い話ではないはずなんだが、仕方ありません。今回は引き下がりましょう。次に水龍国に来るときには、わが国の刺史として戻って来るかも知れませんが、その時はどうぞよろしく」


 トゥランは大仰な礼をすると、王に視線を向けた。


「では、帰国の準備がありますので、これで失礼します」


 ヨナと警備の武官を連れて、トゥランは広間から出て行った。



「やったね、カナン」


 シオンがカナンの手を取った。


「上手くいったね!」


 手を取り合ったまま、カナンとシオンはにっこりと笑い合った。



 〇     〇


 晩餐会が終わったあと、カナンとシオンは王の間に連れて行かれ、王から直々に叱られていた。

 カナンとシオンは玉座の前に立たされたままで、その場には、白い髭の老人とジィンも立ち会っている。


「あの場は引き下がったようだが、トゥラン皇子がもし本当に刺史として戻ってきたら、それはそれで厄介なことになる。刺史というのは、月紫国が属国に置く監視官のようなものだからな」


 王は苦虫を嚙み潰したような顔をしている。


「それは大丈夫です。トゥラン皇子は後宮内の私怨で動いている人です。月紫国内で何かあった時のために逃げ込む場所を作りたかった人が、刺史になるとは思えません。きっとただの脅しですよ」


 カナンが説明すると、王は不思議な顔をした。


「ほう。そんな情報を漏らすほど、そなたたちは親しくなっていたのか?」

「まさか、違います!」


 慌てて首を振るカナンを見て、シオンが一歩前に出た。


「父上、勝手なことをしたのは謝罪します。でも、これ以上カナンに無理強いするのはやめてください」


 真正面から言葉をかけてくるシオンを、王はまじまじと見つめ返した。


「シオン、そなたも言うようになったな。世継ぎでなくなってせいせいしたか?」

「ぼくの事はいいです。それより、カナンは約束通り帰してあげてください」

「わかっている」


 王は玉座に座ったまま頬杖をつき、ため息をついた。


「もとより、カナンをトゥラン皇子にやるつもりなど、初めから無かった」

「本当ですか?」


 カナンは驚いた。


「本当だ。だが、面白いものを見せてもらった。トゥラン皇子を撥ねつけるそなたは、まるで亡き王妃の二十年前を見ているようだった」

「誠にそのようでした」


 白髪の老人が微笑みを浮かべる。


「二十年前、王妃さまは何度も陛下の求婚を撥ねつけていらっしゃいました」


 カナンとシオンは顔を見合わせた。


「母上は、カナンみたいな人だったんだね」

「シオンさまのような人かと思っていたのに……」


 二人は同時にそう言って笑い合う。


「カナン、そなたは自由だ。好きに生きるが良い」


 王の言葉に、カナンは自然と笑顔になった。


「はい、王さま。トゥラン皇子が帰国したあと、あたしも南へ帰ります」

「後で褒美を届けさせる。今までご苦労であった」

「はい!」


 玉座の向こうに消えてゆく王の姿を、カナンは今度こそすっきりした気持ちで見送った。


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