オノカム・這クク・・ニエト

モノカキ・アエル

オノカム・這クク・・ニエト


 最近、ネット配信を始めた。

 今まで熱中できることがなかった私にしては、珍しくのめり込んでしまっている。

 高校に入学したばかりの頃は、絶対に何らかの部活に入らなくてはいけないという学校の決まりを信じて文芸部に入っていた。

 しかし部活に所属しているか否かについて厳格ではなく、罰則もないことを知るにはそれほど長くかからなかった。

 夏休みを迎える頃には在校生の大半が帰宅部へと変わる真実に気づき、秋には教室から楽しそうに去っていくクラスメイトが羨ましくなった。

 私は雪の降る季節に退部して、自由な高校生活を満喫することにした。

 自由な高校生活……といっても、何をしていいのかは分からなかった。

 友達と言える相手が特にいなかったからだ。

 そうなると結局、自室で動画を見たり、ソーシャルゲームをしたり、一人でだらだらと過ごすしかなかった。

 そして学年が上がり、なんとなくネット配信の放送を見ていた時のこと。

 私と同じくらいの高校生がリスナーとおしゃべりしていて、楽しそうに見えた。

 それで、自分も配信をしてみようと思い立った。

 高校生の私には新品のノートパソコンを買う余裕がなく、中古でなんとか性能のよさそうなものを買ったが、画質にはこだわらないので気にならなかった。

 初めは緊張したが、おしゃべりの内容にコメントがついて、反応が返ってくるのが面白く、すぐに毎日の趣味となった。

 自分の居場所をやっと見つけた気分だった。

 流石にネットに自分の顔を晒すのは嫌だったし、容姿に自信があるわけでもないので、マスクで口元は隠した。それでも見続けてくれるリスナーがいるのは、私が女子高生ということもあるだろう。

 視聴者数は次第に増えてきていて、もう少しで3桁と言ったところ。大人気の配信者に比べれば無きにも等しいけれど、ちょっとしたアイドル気分だった。

 そして、今に至る。

 私は夕方から2時間ほど配信して、いつも通りのあいさつをする。

「じゃあ、そろそろ今日も終わるね! 聞きに来てくれたみんなありがと~」

 するとコメント欄にも、

『またね』

『おつおつ』

『試験勉強がんばれ』

 などのメッセージが並ぶ。

 私はネットへの配信が終わるまでの間、カメラに向かって手を振り続ける。

「……」

 部屋でのおしゃべりをやめると、当然のことながら静かになり、少しの寂しさを感じる。

 ちょっとだけネットでも巡ってから、宿題に手を付けようと思い、ニュースのまとめサイトを開いた。

 するとそこでブラウザが固まって、『(応答なし)』という表示になった。

 パソコンの調子が悪くなるのは、よくあることだ。中古のノートパソコンとはこういうものらしい。

 突然インターネットにつながらなくなったり、電源が切れたりと、使い始めた頃はスマホに比べてなんて使いづらいのだろうと思っていた。

 ただ、動画を見ながらウェブサイトを巡りつつ、配信の準備をするなどにはパソコンの方が便利だった。

 パソコンの動きが遅くなり、排熱ファンがドライヤーのような音を立てる。

 配信中じゃなくてよかったと思いながら、私はCtrl+Alt+Delキーを押す。よくあることなので、すっかり対処法も覚えてしまっていた。

 きっとブラウザのタブを開きすぎたんだろうな、などと予想しながら、タスクマネージャに表示されたアプリケーション一覧の中から、『(応答なし)』になっているブラウザを終了させる。

 ここまではいつもの手順だが、起動中のアプリケーションのリストに見慣れぬ文字列が見えたのでつい、

「なんだろう、これ?」

 と、配信中でもないのに、画面に向かって呟いてしまった。


『オノカム・這クク・・ニエト』


 という名前からは、元が何であるかがさっぱり分からなかった。

 それはメモリやCPUをほとんど使っていないため、パソコンの動きが重くなった原因ではなさそうだ。

 リストに表示されてはいるけれど、画面上にアプリが動いている様子はない。

 試しにアプリケーションを終了させても、特に何も起こらなかった。

 やはり、スマホと比べるとパソコンはおかしなエラーが出るものだと思う。

 ともかくこれで不調は直ったと、私はブラウザを起動した。

 その後は動画やニュースサイトを見て、宿題をして一日を終えた。



 数日後、私はプレイしなくなったゲームをアンインストールしようとして、パソコンの中に入っているアプリケーションの一覧を眺めていた。

 その中にまた『オノカム・這クク・・ニエト』と、文字化けしたものが見えた。

 この前リストの中に表示されたのはこれかと思い当たる。

 いつの間にインストールされていたのだろう?

 何かの拍子に元々入っていたものが名前だけ書き変わっているのならいいのだけれど、ウイルスソフトだったら今すぐ消したいところだ。

 パソコンを買ったときに付いてきたウイルス対策ソフトは『オノカム・這クク・・ニエト』に特に反応していなくて、怪しいファイルのリストにも挙げていない。

 アンインストールしてもいいのだろうか?

 一瞬だけ迷うが、強制終了させても影響がなかったことを思い出し、削除した。

 これで正体不明のアプリケーションは消えたし、勝手に立ち上がっているようなこともないだろう。

 もしかしたらパソコンの調子が悪くなる頻度も減るかもしれないと、何となく気分がよくなった。

 そして私は、日課のネット配信を始める。

 SNS上で盛り上がっている話題についてしゃべりつつ、オンラインゲームなどをする。

 たまにリスナーから質問が来たり、新しいゲームを教えてもらったりするので話すことには困っていない。

 あっという間に2時間ほどが経ち、雑談しているときのことだ。

 コメント欄には、

『今度出るゲームやる?』

『来期の神アニメ予想しよう』

 など普段と変わらないリスナーの発言が流れていた。

 そこに唐突に1件だけ、


『オノカム・這クク・・ニエト』


 という例の文字化けが表示された。

「あ……」

 私はコメントを見て、すこし呆然としてしまった。

 どうして何の関係もないはずの文字化けが、配信に表示されるのだろうか?

 誰かが意図的に打ち込んでいるなら、どうしておかしくなった後の文字列が分かるのだろうか?

 それに、私のパソコンに表示のおかしいアプリケーションがインストールされていたことも、知ることはできないはずだ。

 私が戸惑っていることに気付いたリスナーが、

『どうしたの?』

『無料ガチャ引き忘れか』

『まさかの親帰宅?(笑)』

 とコメントを書き込んでくる。

 どうやら誰も文字化けのコメントについては気づいていないようだった。

 ログを見ると、『オノカム・這クク・・ニエト』の書き込みは既に消えていた。

 それとも、私の見間違いだったのか……。

「あー、ごめんねー、今日ちょっと早いけど、もう終わるー」

 そう発言して、配信を終えた。

 すぐさま私はパソコンにインストールされているアプリケーションの一覧を開いて、ため息をついた。

 消したはずの『オノカム・這クク・・ニエト』がインストールされている。

 インターネットからウイルスソフトでも入り込んでいたのだろうか?

 私はまた『オノカム・這クク・・ニエト』を消した。

 アンインストールだけでは足りないはずなので、対処方法を調べるためにブラウザを立ち上げた。

 すると、ポン! と警告音が鳴り、画面中央に『オノカム・這クク・・ニエト』と書かれた灰色のメッセージウィンドウが表示される。

 普段『OK』や『閉じる』と書かれるようなボタンには『オ・縊』とやはりバグのような文字が出ている。

 私は読めないボタンを避け、×の記号がついたボタンを押してメッセージを消した。

 文字化けのアプリケーションがウイルスだと確信する。

 表示がおかしくなっただけなら、こんな動きはしないはずだ。

 再びブラウザのアイコンをクリックすると、今度は邪魔されることなく開くことが出来たので、『文字化け ウイルス 消せない』などのキーワードで検索する。

 検索結果に出てきた内容をいくつか見てみるが、どれも私のパソコンに起きていることとは違う内容のようだった。

 オノカム・這クク・・ニエトが新しすぎて、ネットには載っていないのかもしれない。

 困ったなと思いながら情報収集を続ける中で、私は手癖でいつもの配信サイトにログインしていた。

 すると、SNS機能にメッセージが来ていた。

 今はリスナーの相手をしている場合ではないが、ウイルス対策も手詰まりだったので、届いた内容を開いてみることにした。

 男性リスナーからよく送られてくる『カワイイね』などの短文かと思ったが、内容は少し違っていた。

 丁寧な文体で軽い自己紹介が書いてあり、私よりも1才年下の女の子を名乗っていた。

 こちらに失礼がないように気を使うような書き方からは、いたずらだと思われたくないという印象を受けた。

 内容をまとめると、先ほどの放送を見ていたら、黒いもやのような恐ろしいものが映っていたと記されていた。

 メッセージの差出人は霊感が強く、だからこそあまり外に出ず部屋でネットを通して他の人とやり取りすることが多いらしい。

 そんな中、映像を通してなお寒気を感じるほど“悪いもの”が見えることはまれだったので、私のことをかなり心配しているようだ。

「オカルトじゃん」

 このメッセージの主は、人と接し過ぎなかったがために、超常現象が起きていると他人に送ってしまうようになってしまったのだろうか。

 普段の私なら病んでるなー、なんて軽く扱ってしまうのだけれど、今は『オノカム・這クク・・ニエト』という正体不明のアプリケーションに振り回されている最中なので、真面目に取り合ってしまいそうになる。

 でも、この送り主の言っていることと『オノカム・這クク・・ニエト』は全く関係がないかもしれない。

 メッセージの最後には、本当に困ったら相談を受けてくれる人を紹介するとまで書いてあった。

 何かの勧誘めいていて「はいそれなら」というわけにはいかない。

 私はひとまず、心配してくれてありがとうとメッセージを返しておいた。

 それからしばらくの間、配信をするとごくたまに『オノカム・這クク・・ニエト』というコメントが投下されるようになった。

 けれども、私は無視して放っておくことにした。

 オノカム・這クク・・ニエトに突っ込むリスナーはいない。意味の分かるコメントではないのだから突っ込むまでもないと考えてスルーしているのか、そもそも他の人には見えないコメントなのかもしれない。

 配信が終わってコメントのログを見てみても『オノカム・這クク・・ニエト』の記録はなく、消えてしまうようだった。

 何かおかしいことが起きているわけでもないし、害はないだろう。

 そう思っていた。



 オノカム・這クク・・ニエトは、また私を悩ませることになった。

 夜に浴室に入った時のことだ。

 シャワーを浴びている最中に、背後に何かがいる気配がした。

 気のせいではなく、確実に『誰か』の存在が感じられたのだ。

 もちろん、家の中に家族以外がいるわけがない。

 だが目を開いて振り返って、得体の知れないものが本当にいたら?

 悪い想像が膨らんでしまう。

 ここ最近、わけの分からないものに悩まされたせいなのかもしれない。

 意を決して、私は目を開ける。背後に何かがいるとすれば、鏡に映っているはずだ。

「……」

 鏡には何も映っておらず、それで私は声も出なかった。

 浴室の景色や私の姿すらなく、光を反射するはずの鏡が、真っ黒に塗りつぶされたようになっている。

 まるで鏡を出入り口として、その先まで空間が続いているように。

 ここから何かが出てくるのではないかと恐ろしくなった。

 息をのみ、こんなことがどうして起きるのかと疑問に思ってまばたきをすると、鏡が元に戻っていた。

 後ろに何かがいるということもなく、私はただ不気味な体験を味わっていた。

 そして自室に戻ると、部屋を出た時に電源を落としていたはずのノートパソコンが勝手に起動していることに気付いた。

 タスクマネージャを開くと、やはり『オノカム・這クク・・ニエト』が動いていた。

 私は、浴室で起きたことと『オノカム・這クク・・ニエト』には関係があると、直感した。

 すぐに思い浮かんだのは、少し前に送られてきたオカルトなメッセージだ。

 何も起きなければ忘れ去ってしまうような、取るに足らない内容だったけれども、異常な現象が起きている今は、唯一の助けにさえ思える。

 私はメッセージを送ってきた高校生に連絡しようと、ブラウザを立ち上げる。

 キーボードで入力しようとしたところで、ふっとパソコンの電源が切れた。

「うわっ」

 と、声が漏れてしまう。

 真っ黒な画面から浴室の鏡を思い出され、とても不吉な感じがした。

 私はノートパソコンを閉じ、スマホでメッセージを送る。

 幸いなことに、スマホに『オノカム・這クク・・ニエト』が表示されることはなかった。

 部屋がしん、と静まり返る。パソコンが勝手に起動することはなかったが、それがかえって不気味なように思え、夜に廊下を歩くこともできなくなってしまった。何かが背後にいる嫌な感じが拭えず、かといって振り返る勇気も湧いてこないからだ。

 スマホから送ったメッセージには、身の回りで起きたことを書いた。次の日には返事が来て、ひと駅離れた場所で待ち合わせをすることになった。



 私にメッセージを送ってきたのは、確かに年下の高校生だった。見覚えのある制服で、このあたりにある学校に通っていることは間違いがなさそうだ。

 その女子は私よりも背が低く、伏し目がちだった。

 ファミレスの座席で対面したのはもう一人、ヤマセさんという男の人だった。

 落ち着いた雰囲気で、目は細いが整った顔をしていて、おそらくは20代。

 黒いジャケットから白い襟の覗く、ちょっと重苦しい感じの服装は喪服を思わせる印象だった。

 ヤマセさんからは微かにお香のような匂いが漂っていて、ミステリアスなことに詳しいというていで紹介されると、なるほど説得力があった。

 まず初めに、ヤマセさんは私の部屋の方角や、近くに川がないかなどを訊ねてきた。いわゆる風水学というやつなのだろうか。

 私は実際に見てもらった方が早いと思い、リュックに入れてきたノートパソコンを取り出し、インストールされている『オノカム・這クク・・ニエト』を見せた。

 超常現象とアプリケーションという、一見関係のなさそうな組み合わせにどんな答えが出るというのか。

 ヤマセさんは画面を見て、少し考えこんでいるようだった。

 流石にパソコンのことを見せても分からないんじゃないかと思っていると、ヤマセさんが恐れ入ったという口調で、

「これはとんでもないものだ」

 と、つぶやいた。

 ノートパソコン画面をこちらに向け、『オノカム・這クク・・ニエト』の文字列を指で示している。

「これはオンで、次はカム。……いや、これを直接口に出してはいけない」

 ヤマセさんは私にそう言うと、上着の内ポケットから手帳を取り出してカタカナの並びを書き始めた。

「文字になっていない部分は憶測だが」

 前置きしつつ、私に説明する。


 オン カム ナ コレ ククタマエ ニエト


「まじないの言葉の一つだ。意味はまあ、悪いものを呼び出して呪いを頼むことだな」

「それが、表示されてたってことですか?」

「知識がある者ならば、読めてしまう。ということは、このアプリケーションは初めから、文字化けしていないということかもしれない」

 あまりにも真面目な顔をして、そんなことを言う。冗談だと言ってくれることを期待したが、そのような雰囲気はなかった。

 言われてみれば『這』という文字はなんだか不吉な感じがするし、ククからは苦とか窮とか、良くないことを意味していそうだ。

「1番まずいのは最後のニエトで、生贄(いけにえ)の人。つまり『贄人』を差し出すという意味だ」

 単なる文字化けだと思っていたのに、そんな意味があると知って、背筋が寒くなる。

「だから、これは恐ろしいんだ。何かを呼び出して、贄になる人間は、あらかじめ何も用意していなければ1人しかいない」

 それはつまり……ノートパソコンの持ち主ということだろう。

 ヤマセさんははっきりと言わないが、私に被害が出るということは明らかだ。

「でも、これはただのパソコンのアプリですよね?」

 と、確認する。

 ただパソコンの中で動いているものに、そんな力があるとは思えなかった。

 するとヤマセさんは、説明のためか、私に質問をしてくる。

「見たら呪われるという画像を知っているかい?」

「ネットとかでよく流れてくるものですよね?」

 それは不気味な絵だったり、古代遺跡の写真だったりした記憶がある。

「あれにはまず、害がない」

「それは……私もそう思っていますけど」

「画像ファイルとは、決められたフォーマットに従って記録媒体に保存された、ただの情報に過ぎない」

 いかにいわくつきであっても、ジェイペグに圧縮されているものを再生し、画素を四角く並べただけで、そこには何の霊的現象も存在しない、とヤマセさんは続けた。

「言霊とか、念の籠ったオリジナルの媒体ならともかく、パソコンの中のファイルは、ただのデータでしかないんだ」

 そう言い切る。

 てっきり全てをオカルトに絡めてくるのかと思っていたものだから、ヤマセさんの発言は意外だった。

「じゃあ、このアプリケーションは何なんですか?」

「これは単なるデータではない。画像とは異なり、アプリケーションとして動作する。現に今も、パソコンの中でプロセスが動いている。ということはつまり、何かを起こしてしまうことが可能なんだ」

 だからとんでもない、とヤマセさんが言う。

「降霊術や呪い、もしかしたら式かもしれないが……そういったものとエレクトロニクスの両方をよく知っている人間が作ったものだろう。いたずらでこんなものを作る人間がいるとは思えない。よほどこの世に恨みがある人間の仕業だろう……」

 それが何の弾みか分からないけれど、私のノートパソコンに入っていたということらしい。

 中古で買ったものなのだから、元からインストールされていたのかもしれない。

「これはこちらで、しかるべき処置をしよう」

 私はすぐに頷いた。

 ノートパソコンは決して安いものではないが、そんな恐ろしいものが動いているのなら、部屋に置いておくわけにはいかない。

 また、自分で壊すなどしたら、きっと恐ろしいことが起きてしまうのだろう。

「お祓いとかに行った方がいいんですか?」

 私は念のために聞いた。

「やめた方がいい」

 と、はっきり言われる。

「触らぬ神に祟りなし、という言葉があるだろう。昔から強すぎる怨霊は刺激せず、むしろ神様として祀って鎮めているくらいだ。恐ろしいものは、逆撫でするようなことをせず、静かにやり過ごした方がいい」

 ヤマセさんはそう説明した。

 つまりは彼にもどうしようもないということらしい。

 けれど、少なくともヤマセさんが引き取ってくれることで、勝手に起動して『オノカム・這クク・・ニエト』と表示するようなノートパソコンとは、これでお別れにできる。

 私自身と言えば、オカルトごとを完全に信じたわけではなかったけれども、ファミレスからの帰り道、軽くなったリュック以上に気分はよくなっていた。



 雨の多い季節になったある日。

 私は『オノカム・這クク・・ニエト』のことなど、すっかり忘れていた。

 機能の制限に不満があるもののスマホで配信を続けている中で、ヤマセさんを紹介してくれた高校生から、またメッセージが届いた。

 内容は、ヤマセさんと連絡が取れなくなったが、私に心当たりがないか? というものだった。

 当然、知る由もないので「分からない」と返信する。

 ヤマセさんの行方と、呪いの入ったノートパソコンとは関係があるのだろうか。

 それを確認する方法は、私にはなかった。

 スマホの画面を待ち受けにし、机に置く。


オノカム・這クク・・ニエト


「えっ……?」

 オノカム・這クク・・ニエトと聞こえた気がして、背筋がぞくっと、細かく震える。

 部屋の中に、何者かがいる気配がする。

 強い雨が降っているはずなのに、何故か雨の音が聞こえない。

 突如、弾けるような家鳴りの音がバシッと耳を貫き、悲鳴を上げそうになる。

 部屋から明るさが失われていき、まだ日の落ちない夕方だというのに夜のように暗くなる。

 目を開けたままではいけないと直感して、私は座り込んで、床に伏せるようにした。


オノカム・這クク・・ニエト


 それは何度も聞こえてきて、私の頭の中で次第に鮮明になっていった。


 オンカムナコレククタマエニエト。


 御廼神無這給依贄人。


 とても危険なものが近くにいると分かり、脈が早くなる。

 部屋の床や天井からミシミシ、ギシギシと軋む音が聞こえ、空気の温度が下がっていくのが分かった。



「――ねえねえ、呪いの配信って知ってる?」

「呪いの配信? 何それ怖い……」

「ネットで噂になってるんだよ。私さ、興味本位でこの前聞いちゃって」

「うわ、どんな内容だった?」

「マスクしてる女子高生が、ずっと何かを呟いてるだけだった」

「へぇ……それで、呪われたの?」

「分からないけど……あの子の呟きがずっと頭から離れてくれないの」

「何呟いてたんだろ」

「言っていいのかな。えっとね――」


オンカムナコレククタマエニエト。

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