第3話 夢の狭間


ぱちり


瞳を開けてまず目に入ったのは白い空だった。体を起こして辺りを見渡す、が全くもって見覚えがない。手と下半身にアスファルトの無機質な冷たさが伝わってくる。辺りはまるで廃都市のような、寂しさに包まれて少し、寒さを感じてしまう。

「ここは、何処なのかしら」

とりあえず立ち上がって正面に続く真っ直ぐな道を歩くことにする。それ以外、多分選択肢はないと本能的に感じたから。


「おや、これはこれは可愛らしいお嬢さんではありませんか」


そう思って1歩目を踏み出すと後ろから声がした。出鼻をくじかれた気分で振り向くと、そこには若い女性が腰に手を当てこちらを見ていた。

「そのような格好では体を冷やしてしまう。さあこちらへ、暖かいミルクティーでもいれて差し上げましょう」

女性は燕尾服にシルクハットを被っている。白銀の髪は前下がりのボブに、スピネルのような深い赤色の瞳。不思議な雰囲気の女性は、あたしを招く。

「あなたは?どちら様かしら」

「あぁ失敬。まずは自己紹介からですね。わたしはシャウラと申します。ただの、便利屋のようなものです」

にこにこと、シャウラと名乗った女性は笑顔で語る。

「みな、ここに来るものは見知らぬ場所故、混乱し困惑してしまう。だからこそ、まずは落ち着いて席について話をしましょう」


ぱちん


シャウラは指を鳴らす。

すると、目の前の光景が、あたしを取り囲む冷たい空気が消えあたしは席に座っていた。硬く冷たいアスファルトから、ふかふかの暖かいソファ。目の前のローテーブルには、湯気を立ち昇らせる可愛らしいカップに入ったストレートティーと、シュガーポットにミルク、そしてティースプーンが置かれている。向かいのソファにはシャウラが足を組んで座っている。

「ようこそ、我が城へ。砂糖とミルクはお好きにどうぞ」

「ここは、一体」

「突然で驚いたかい? なに、先程の場所はあまりに寂しすぎる。会話を楽しむには不適切にも程があるから、ここに移動させてもらいました」


キョロキョロと、室内を見渡す。窓と扉が1つずつ、窓には白い空が見える。

とりあえず、あたしはミルクをたっぷりと角砂糖を1つ紅茶に入れる。軽くかき混ぜてカップに口を当てる。鼻を抜ける茶葉の香りと、下に残るミルクの甘さがとても美味しい。


「さて、まずこの場所についての説明をしようか。ここは夢の中、だが、ただの夢じゃない。ここは悩みを抱えるものだけが訪れる夢の狭間…そして、わたしはその悩みを解決する探偵のようなものでしょうか」

「へぇ…まるで御伽噺のようなことを言うのね」

「えぇ、それが事実ですから。ではお嬢さん、貴方のお名前とお悩みをお聞きしましょうか」


カタン


ティーカップをソーサーの上に置いてあたしはもう一度シャウラを、見つめる。

「あたしはスキアー。偶像の国の、その裏側にある国の女王よ」

偶像の国、それは西の大陸にある人間と人形の国だ。〝美しさ〟を全ての基準とした国。

「そして、悩みというのは…多分、バルドルの事ね」

「その方は?」

「あたしの片割れみたいなものよ。偶像の国の女王で『愛されることに愛された』子よ」


「それは面白い、愛されることに愛される。どのような方かぜひお会いしたものです」

シャウラは軽く笑う。

「きっと会わないほうがいいわ。あの子には感情というものがないの、あなたが望むような人物ではないと思うわよ」

「それはそれは、余計に会いたくなってきましたよ。そのバルドル女王と喧嘩でもなされたのですか?」

「いいえ、喧嘩なんてしないわ。あたしはあの子を心配しているのよ。光が強くなれば影は濃くなる。あの子は光よ、純粋な強すぎる光。そして影は濃くなる一方…だからお願い、あの子を救ってあげて。光の中でひとりぼっちなの」

「なるほど。ですが、お嬢さんではダメなのですか?あなたなら、女王をお救いできるのでは?」


そう、そうね。あたしが出来るならそうしたいわよ。

あたしは下を向いてぎゅっとドレスの裾を両手でにぎりしめる。

それが出来たらどれだけいいか、悔しさのような感情は、あたしに前を向かせることを許さない。

「…失礼、悪い癖だ。分かりました、ではそのご依頼お受けしましょう。後日、あなた自身をお訪ねします」

シャウラはどこからか紙とペンを取り出した。何やら長い文章が書かれた紙の一番下に、空欄がある。

「ここにサインを、契約書です」

「契約書? でもあたし、何も対価を持っていないわ」

「大丈夫、わたし達が契約通りに事をなせた時にのみ、報酬をいただきます。報酬はその時に」

シャウラは黒い羽根ペンにインクをつけてあたしに差し出す。

ティーセットはいつの間にかなくなっており、テーブルには契約書とインクのみになっている。あたしは羽根ペンを受け取って契約書に手を置く。


カリカリ


名前を書くと契約書が淡い光を放って、辺りがぼやけてくる。

「サインはたしかに頂きました。お目覚めの時間です。また、今度は現でお会いしましょう。それではさようなら」

声が遠のいていく。意識もぼやけて、あやふやになる。まるで眠りにつくように、あたしは夢から覚めた。

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愛される少女 ゆうやみ @enkidu00

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