第32話 人が多い夜店

 この日は、ついに待ちに待った夏祭りの日である。同時に、この夏祭りは、夏休みの最後にある為、夏の終わりを告げる祭りでもある。


 夏の終わりに開催されるこの夏祭りには、夏の思い出のラストを作ろうと、恋人同士や友達同士で着ている人が多く見られた。それらの人達の多くは、浴衣を着ていた。もちろん、私達もまた、夏の思い出作りに今回の夏祭りに参加をしていた。最も、私達はこの夏祭りで行われるカラオケ大会に出るのが目的だけど……


 そんな中、この日の夏祭りのカラオケ大会に出場をする私達【D-$】のメンバーもまた、浴衣を着て、夏祭りに来ていた。


「わぁあ、やっぱり、夜店には人がたくさん来ているね」


「そうですわね。わたくし、友達と行く夜店は始めてですから、凄く楽しみですわ」


 夜店の屋台を見た私と紗美は、凄くテンションが上がっていた。ちなみに、この日の紗美の浴衣の色は黄色であり、私の浴衣の色は赤である。


「やっぱり、この風景を見ていると、夏って感じがするわね」


「そっ、そうですね…… 凄い人ごみです」


 そして、女月の浴衣の色は青であり、詩鈴の浴衣の色は黒である。


「そりゃあ、人はたくさん来るよ。なにしろ、街中から人が集まっているんだから」


「それだけ、夏祭りを楽しみにしているんですね」


「やっぱり、花火がメインでしょうね」


「そうでしょうね。この夏祭りの花火こそが、夏の終わりを告げるって感じがするもんね」


「そうそう、この花火が終われば、いよいよ夏も終わりって感じがするもんね」


「でっ、でも…… わっ、わたし達は、カラオケ大会があるから、花火は全部見る余裕がないですね」


「そりゃそうだけど、カラオケ大会の会場のすぐ後ろで花火が上がるから、花火のおかげで良いステージになるじゃないの」


「そっ、そうですね」


「でしょ!! とりあえず今は、カラオケ大会が始まるまでの間、あの夜店を楽しみましょ!!」


「そうですわね。行きましょ」


 こうして、私達は話をしながら、人ごみの中の夜店の屋台へと向かって行った。





 勢いで夜店の中へと入って行ったのは良かったものの、夜店の中は予想以上に人が多く、少しでも止まってしまうと、すぐにバラバラになってしまいそうな状況であった。


「みっ、みんなぁ~ いる~?」


「私は、ここにいるわよ~」


「わたくしもですわ」


「わっ、わたしも、こっ、ここにいますぅ~」


 私だけでなく、皆、窮屈に押しつぶされる人ごみの中を、必死に離れないようにするのに必死であった。


 こんな人ごみの中で、ずっと離れずについて来ている又は付いて行っていると思っていた矢先、違う人がついて来ていた又は違う人に付いて行ってしまったというケースを、漫画などでよく見かける。もしかしたら、今回、この様なシチュエーションに遭遇するかも知れない。最も、そんなシチュエーションにでも遭遇してしまったら、面白いとか言う以前に、凄く焦るけど…… まぁ、女月や紗美に関しては、そう簡単に離れる事はないと思うけど…… 問題は詩鈴の方だな。


 詩鈴はこう行った場所には慣れていないと思うし、何よりもあの性格だから、一瞬でも見失ったら絶対に迷子になりそうだな。もしそうなったら、人見知りの詩鈴の事だから、絶対に恐がるだろな…… もしかしたら、そんな1人で怖がってオドオドしている詩鈴に、悪い感じの男の人が近づいて来て…… アァァ!! 考え過ぎよ、私!! いくらなんでも、そんな事があるわけない!! いや、もしかしたらあるかも知れない? 詩鈴は見た目通り、普通に可愛いし、ナンパの1つや2つぐらい普通にあってもおかしくない。もし、そうなったら…… いや、そうなる前に、私がなんとかして守らないと!! そう思い、私は人ごみの中、詩鈴がいる場所に手を刺し伸ばし、詩鈴の手をギュッと握りしめた。


 その後は、沈黙した状態で人ごみの中をサクサクと歩き、少し人の少ない場所へと出た。


「ふぅ~ たくさん人がいたね。詩鈴」


 人ごみの中を出た私は、人ごみの中を歩き、疲れた様子で手を繋いで連れて来た詩鈴の方を見た。


 しかし、そこにいたのは、詩鈴ではなかった。見た目と浴衣に関しては、確かに詩鈴に似ているのだが…… 詩鈴にはあるはずのサイドテールの部分がなかった。


 まさか、人ごみの中で、サイドテールの部分を切られたのか!? いや、普通にそれはないだろう……


 そう思っている間にも、詩鈴ではなかった人が、私の方を見て何か話しかけに来た。


「あっ、あのぉ~ 何なんですか?」


 やっぱり、詩鈴ではなかった!!


 どうやら私は人ごみの中、知らない人を連れて来てしまった様である。漫画とかによくあるこのシチュエーション、まさかの私がやってしまうとは!! 改めてそう考えると、凄く恥ずかしいし凄く焦る。そんな事より、とりあえず謝らないと……


「よっ、用はないんです!! 間違えて連れて来てしまいました!! ごっ、ごめんなさい!!」


 私は恥ずかしながらその人に謝った。


 そして、謝った後、その人はすぐに許してくれ、私の元を離れて行った。


「あ~あ、凄く焦った…… にしても、女月達はどこに行ったのかしら?」


 そう思っていた時、少し離れた場所から、女月の声がした。


「お~い、麻子。こんなところで何してるの?」


「あっ、女月ちゃん。別の所に出たんだね。私もすぐにそっちに行くよ~」


 そして私は、女月のいる方へと走って行った。


「全く、どこを歩いていたのよ」


「どこって、私はずっと真っ直ぐに歩いていただけだよ」


「ホントに? そう言いながら、私達から離れているじゃない」


「確かにそうだけど…… あんな人ごみだと迷っても仕方がないよ」


「確かに迷っても仕方がないかもね…… それにしても、麻子が無事にいて何よりよ」


「女月ちゃんも迷ったの?」


「そっ、そんな事はないわよ…… さっ、屋台に行くわよ!!」


 そう言って、女月は少し恥かしそうにしながら。屋台の方へと歩いて行った。


 そして、女月がいた場所には、紗美と詩鈴もいた。


「女月ちゃんって、迷子になったの?」


「それは、秘密ですわ」


「そっ、そうですわね……」


 紗美と詩鈴にも聞いてみたが、どちらも口を割ろうとはしなかった。その後は、私達も、女月に付いていく様に、夜店の屋台を見て周る事にした。





 そして、私達が歩き回った屋台の周りは、始めに歩いた場所ほどの人ごみではなかった為、比較的歩き易かった。それでも、人は凄くいたけど……


 そして、屋台で一通り見て周り、食べ物を買った後は、少し人気のない場所で、屋台で買った食べ物を食べる事にした。


「さっきは人が凄くいたけど、なんとか買う事が出来たね」


「そうですわね。わたくしは食べ物をここまで持って来るのが、凄く大変でしたわ」


「そりゃあそうでしょう。桜森さんったら、どれだけ買ったのよ」


「つっ、つい、嬉しさのあまり、たくさん買ってしまいましたわ……」


 女月にたくさん買った屋台の食べ物の事を突かれた紗美は、恥かしそうに、赤面な顔をしていた。紗美が買った食べ物は、フランクフルト・たこ焼き・焼きそば・お好み焼き・カステラ・綿菓子と、ハナから高い屋台の食べ物をたくさん買った上、そんな多くの量を食べれるのだろうか? 私はそう思いながら、屋台で買った焼きそばを食べていた。


 また、詩鈴も紗美程ではないものの、多くの食べ物を買っていた。


「そういや、詩鈴も結構食べ物を買ったわね。そんなに食べる事が出来るの?」


「わっ、分かりません…… わたしも、桜森さんと同様で、つっ、つい、嬉しさのあまり、たくさん買ってしまいました」


 詩鈴は屋台で買ったたこ焼きや綿菓子やかき氷を見ながら、全部食べれるか焦った様子でいた。


「確かに、少し買い過ぎたようね…… せっかくだし、この際、皆さんで一緒に食べましょう!!」


 そんな中、一番多く屋台の食べ物を買った紗美は、皆で食べるよう提案をしてきた。その提案は、私からしてみたら確かにありがたい。だって、私は焼きそばしか買っていなかったから。


「いいよ。じゃあ、みんなで食べよっか!!」


「そっ、そうですね…… 皆さんで食べれば、もっと美味しくなりますよ」


「いいね。それ私にもちょうだい!!」


 紗美の案に関しては、私だけでなく、詩鈴と女月も賛成をした。最も私と同じ様に、たこ焼きしか買っていなかった女月は、色々な食べ物が食べれると思い、大喜びでいたけど。そんな感じで、私達は、屋台で買った食べ物を、分け合いながら食べる事にした。


 そんな中、私はこの後のカラオケ大会に挑む気を出す為、ある事をした。


「それじゃあ、みんな手を合わせて」


「あっ、あれね」


「何かしら?」


「気になりますね」


 そして、私は輪になり右手をさし伸ばした。その上に、女月と紗美と詩鈴も右手を乗せた。


「じゃあ、カラオケ大会、全力で行くわよ」


「オォッ!!」


 この掛け声は、周りを気にしなかった為、結構うるさく言ってしまった。それは同時に、私だけでなく、皆、カラオケ大会にはやる気満々な様子でいるという証である。

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