第33話 カラオケ大会は生ライブ

 夜の7時頃になると、いよいよ今回の夏祭りの最大のイベントである、打ち上げ花火が始まる。この花火の始まりは、同時に夏の終わりを告げる合図でもある。そんな打ち上げ花火を背景に行われるのが、夏祭りのもう1つのメインである、カラオケ大会である。


 私達は今回、このカラオケ大会に出場をする為、ゆっくりと打ち上げ花火を見る事は出来ないが、代わりに私達【D-$】のカラオケ大会での生ライブは、背景に打ち上げ花火があるお陰で、大いに盛り上がるはず。


 そんな中、現在の私達は、打ち上げ花火の音が響く中、カラオケ大会に出場をする人達専用の控室で待機をしていた。


「うぅ~ なんだか緊張をしてきた」


「確かに、凄く緊張をするわね。今まではビデオカメラでの撮影だけだった為に、特に直接誰かに観られているという意識はしなかったけれども、今日は、たくさんの人がいるのだから、いつも以上に緊張はしますよね」


 確かに紗美の言う通り、今日の動画の撮影は凄く緊張をする。今までの投稿とは異なり、今回は直接多くの人に見られながらの収録となる為、いつも以上に緊張をする。


 今までの動画も、結局はUTubeを利用している人には見られてはいたけど、今までの投稿では収録中に人に見られているというのがなかったせいで、今回が初となる人に見られながらの撮影は、今までの収録以上に緊張をする。


 でも、偽りではなく、少しでも本物のアイドルになる為には、この様な緊張ぐらい乗り越えていかなければならない…… 私は、そう、強く思った。でも……


「こっ、こういうのって、凄く緊張をするものね……」


「たっ、確かに、そうね…… わっ、わたしは、緊張をしすぎて、うっ、上手く歌えるかが心配です……」


 私の緊張以上に、女月と詩鈴の緊張はもっと凄かった。2人とも、両手を握りしめた状態で、尚且つ、顔の表情も硬いまま、固まったままの状態で、控室のイスに座っていた。


 女月が緊張をしたのは意外として、詩鈴の緊張は、やはりとでも言うべきだったか……元々、人見知りである詩鈴の場合は、人前でなくても知らない人と話すのに緊張をしている為、今日のカラオケ大会の様に、知らない人がたくさんいる中だと、緊張のあまり、いつもの力を発揮出来ない場合がある。そうなると、詩鈴はまともに歌を歌う事がなく、【D-$】のカラオケ大会での舞台が終わってしまうかも知れない…… そうなっては一大事!! その為には、少しでも、詩鈴の緊張を解くしかない!! そう、私は決心した。


「詩鈴、凄く緊張をしているようね?」


「そっ、そりゃあ、きっ、緊張をするです…… 何しろ、しっ、知らない人達がたくさん見ている中で、歌うのですから」


「そう、やっぱり、知らない人がたくさんいる中で歌うのに緊張をしていたので」


「はっ、はい……」


「確かに、知らない人がたくさん見ている中で歌うのは緊張をするわ。それは、詩鈴だけでなく、初めてである私達も同じよ」


 私はそう言いながら、詩鈴の握りしめてる手の拳を、優しく抑えた。


「そっ、そうですね…… わたしだけでなく、みなさんもすっ、凄く緊張をされているのでしたね。だったら、わたしも頑張らないと!!」


「そう、その勢いだよ。詩鈴」


 すると、先程まで凄く緊張をしていた詩鈴は、先程よりも緊張を解し始めた。やはり、これも私の説得による影響なのか?


 そう思っている間にも、私達がステージの上に立って歌う順番は、少しずつ迫って来た。先程は、詩鈴に色々と言ったものの、自分達の順番が近づいて来るにつれ、緊張は一層と強くなって来る。


 ヤバい…… さっき以上に緊張をしてきた。いっその事、ここから逃げ出したいぐらいだわ…… 緊張のせいで、とうとう悲観的な思考になってしまった…… 本当に緊張のあまり歌えなくなるのは、詩鈴ではなく、この私かも知れない……


「阪畑さん、どうしたの?」


 そんな中、緊張をして蹲っていた私の様子を見た紗美が、心配をして声をかけてくれた。


「いゃあぁ~ どうも、本番真近となると、緊張をしてしまうもので……」


 私は頭の後ろを撫ぜながら、苦笑いを浮かべながら言った。


「なるほど、緊張ですか? 緊張をしている時は、手の平に人と3回書くと良いですよ」


「そう言えば、そんな迷信を聞いた事がある。ホントに聞くのかな?」


「どうでしょうね? 本当にやってみないと分からないわ」


「そうね。じゃあ、やってみるね」


 そう言いながら、私はとりあえず紗美のいう通りに、手の平に人という字を3回ほど書いた。かと言って、それだけで、本当に緊張が解ける事はなかった。ただ、言えるのは、それまでの過程での話だけでも、少しとはいえ、充分に緊張は解ける事が出来た。


「なるほど、こうやれば、緊張が消えるのね」


 そして、人と手の平に書いていた私の様子を見た女月もまた、同じ様に真似をする様に、手の平に人という字を書いた。





 そして、時間はいよいよ私達【D-$】が歌う番となった。その為、私達は控室を出て、カラオケ大会のステージの上まで歩いた。


 ちょうど、打ち上げ花火の方は、今がピークという感じなのか、物凄く大きな音が響きわたり、夜空はカラフルな打ち上げ花火の色で綺麗に染まっていた。そんな偶然が作り出したと言っても過言ではない場所で、今回の動画の撮影は行われる。


 ビデオカメラの方は、私達が歌う直前に紗美がステージの前にセットする為、ステージに向かって歩いている時、紗美は既にビデオカメラを持ちかまえていた。


 その後、ステージ上に上がり、紗美がステージ前にビデオカメラを置いた直後から、私達のカラオケ大会と言う場での生ライブが始まった。


 今回の投稿は知らない人だらけであるものの、カラオケ大会でのオリジナルソングであるのと同時に初の生ライブである為、絶対に成功をさせたいと思っていた。そして、【D-$】のリーダーである私がマイクを持ち、観客に簡単な挨拶を始めた。


「今日は来てくれてありがとう!! 私達はこの4人で【D-$】というグループで活動をしています。私達の活動場所はUTubeです。そちらでは、私達の今までの活動が見れますので、そちらの方もよろしくお願いします!!」


 そんな感じで、簡単な挨拶を終えた。その頃には先程まであった緊張もなくなり、今は緊張よりもこの夏祭りのカラオケ大会という生ライブを楽しもうという気持ちでいっぱいであった。


 そして、曲が入ると共に、私達は楽しむ様にその曲を歌い始めた。

今回の曲は今の季節にピッタリな夏をイメージした曲であり、この曲を作るのに、私達は物凄く悩み考えた。そして、夏祭りにピッタリな曲である、今歌っている歌を作り出す事が出来た。


 今回の歌はノリノリのダンスも行けそうだが、私達は浴衣を着用したままである為、激しい動きは出来なかった為、今回は激しいダンスは封印となった。あと、私達が歌っている背景が打ち上げ花火なっている為、まさに、夏ライブという感じの動画が撮れそうである。


 私だけでなく、当初は緊張をしていた女月も詩鈴も、今は緊張以上に、今は生ライ

ブを全力で楽しみながら、歌を歌っていた。そんな、カラオケ大会での初めての生ライブは、あっという間に終わりを迎えた。





 そして……


「お疲れ!!」


 オリジナルソングでのカラオケ大会も終わり、同時に打ち上げ花火も終わったこの時間帯は、帰ろうとする人で道は込んでいた。そんな中、私達は、数時間前に屋台の食べ物を食べた人通りの少ない場所で、軽くカラオケ大会の打ち上げを行った。そんな打ち上げは、屋台で売られているラムネで乾杯をした。


「お疲れさま!!」


「お疲れです」


「おっ、お疲れさま」


 そして、乾杯後にそのラムネを飲み始めた。喉が渇いていたのもあり、このラムネが凄く美味しく感じた。


「詩鈴はよく頑張ったよ」


「そっ、そうですか?」


「そうだよ。恥かしがらずに歌い切ったのだから」


「あっ、ありがとうございます」


「それにしても、美味しいですね。ラムネって飲み物は」


「そりゃあ、美味しいに決まってるよ!! なにせ、この味の半分は、私達の努力の味だもん」


「麻子ったら、上手い事言っちゃって!!」


 そんな感じで楽しく話をしながら、私達はラムネを飲んでいた。あと、今日の夏祭りのカラオケ大会という生ライブを通じて、私達【D-$】はまた一歩成長した気がした。


 そんな感じで、私達の長いようで短かった夏休みは、終わりを迎えようとした。

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