第3話 ダンスは難しい
昨日の昼食時のさりげない会話をきっかけに始まった私、麻子と友人の女月のUTubeでのアイドル活動は、その翌日からスタートを切った。
この日の放課後、私と女月は、数か月後に始まる夏の大会を控えた運動部員が練習に励むグラウンドとは異なる、影が当たりほんの少し涼しい場所である、校庭の隅でダンスの練習をする事にした。
「アイドルと言ったら、まずはダンスが出来ないといけないね」
「そうだけれども、麻子はダンスなんて出来るの?」
「そう言えば私、きちんとダンスなんてやった事が無いかも!?」
「そんなので、これから先やって行けるのかしら?」
「大丈夫!! これからの練習で、ダンスをマスターしてみせるから」
アイドル活動を始めるにあたり、ダンス経験のない私は、今はとりあえず少し練習をすれば踊れるようになると思っていた。
「そう? ダンスってのは思っている以上に難しいのよ」
「そんなものなの?」
「そうよ」
しかし、私のどこにあるのか分からない自信とは異なり、女月はダンスを覚えるのは凄く難しいという事を私に教えてくれた。
「とりあえず、今から私が踊ってみるから、麻子はそれを真似してみて」
「わかった!!」
そして、女月はスマホを操作し、これからダンスをする為のBGMとなる曲を入れ始めた。
「じゃあ、踊るから、しっかり見ておくのよ」
「うん!!」
スマホから歌が流れ始めると、女月はその歌に合わせる様に踊り始めた。
確か女月は、幼少期からダンスを習っていたお陰か、ダンス素人の私が見ても分かるくらい、意外と上手くダンスを踊っていた。歌に合わせ、身体を回転させたり、右腕だけを上げてニコッとした表情でジャンプをしてみたり、ダンスという激しい動きを華麗にこなしていた。
そして、スマホから流れてくる歌が終わった頃には、ダンスで身体を動かしていた為に、女月の身体中は汗でビッショリとした状態であった。
「凄い!! 女月ちゃん、見事に踊りきったよ!!」
「まぁ、例えUTubeでアイドルをやると言っても、最低限はこのくらいは踊れないとダメよ!!」
ダンスを踊り終えた女月は、私に同じくらい踊れるようになる様、両手を腰に当て仁王立ちをした状態で、私に向かって言った。
「そうだよね。やっぱりアイドルを目指すなら、このくらいは踊れないとね」
そう言いながら私は、先程女月が踊ったようなダンスを、似様似真似で踊り始めた。
「えいっ、えいっ!!」
しかし、ダンス経験は体育の授業を除き、やった事が無い私は、女月の様に起用には踊る事が出来なかった。それでも私は、踊っている最中は、自分でも先程の女月のダンスと同じ様に踊れていると思い込みながら、必死になってダンスを似様似真似で踊り続けていた。
「あっ、あれ!?」
そして、身体を回転させて右足を曲げながらジャンプをする際、私は左足のバランスを崩してしまい、そのまま地面に尻もちを付いてしまった。
「いっててぇ~」
地面に尻もちを付いた私は、その痛さのあまり、地面からお尻を放した途端、右手でお尻をなで始めた。
「なんと言うか…… ただ身体を動かしていただけにしか見えなかったわよ」
「えぇ!! そんなはずはないよ。絶対に女月ちゃんの様に上手く踊れていたよ」
「そんな事はなかったわよ。実際に踊っている自分では完璧に踊れていると思っていても、その踊りを他人が見てみたら、踊れていない事ってよくあるじゃない! 要はそれよ」
私は、ダンスを踊っていた時には、女月と同じ様に踊れているのだとばかり思い込みながら踊っていたのだが、そのダンスを見ていた女月からしていると、私のダンスはダンスではなく、ただ単に身体を動かしていただけの様であると言って来た。
「じゃあ、今度はスマホのビデオカメラに踊っている様子を撮影しながら踊ってみたらどうかな?」
「そうだね。そうしたら、あとで自分のやったダンスも確認が出来るし」
そして、女月の言う通り、今度はスマホのビデオカメラに撮影をやりながら、ダンスを踊る事にした。
「せっかくだし、歌も流すわね」
「うん!!」
私がダンスを踊る為のスタンバイをしていると、女月が自分のスマホを持ち出し、先程踊る際に使用した歌を流し始めた。
そして、女月のスマホから先程と同じ歌が流れ始めると、私も先程の女月と同じ様にダンスを踊り始めた。
先程とは異なり、今度はダンスをするのにピッタリな歌が流れている中でのダンスであった。歌と一緒に流れてくるリズムに合わせ、私は全力で女月が踊ったダンスと同じダンスを踊り続けた。
「えいっ、えいっ!!」
私は先程とは異なり、今回は歌が流れて来ていたお陰もあり、楽しそうにダンスをしていた。この時の私は、先程以上に完璧にダンスを踊れていると、自分の中では思い込んでいた。
そして、歌が終わるのと同時に、私のダンスタイムは終わった。
「はぁはぁはぁ…… どっ、どうだった? 私のダンスは」
さすがに連続でダンスを踊ると、息が切れるくらいしんどかった。
「残念だけど、私の目から見たら、先程と同様、ただ身体を動かしているだけにしか見えなかったわよ」
「うっそでしょお~」
「ホントよ。そんなに嘘だと思うなら、先程撮影をした動画を見てみると良いわ」
そう言いながら、女月は私の踊っていた様子を撮影したスマホを手渡した。そのスマホを受けった私は、早速、自分の踊りを確認する為、動画の再生を行った。
そして、再生された動画を見た途端、私は先程までの予想とは異なり、口を開いたまま閉じないくらいの衝撃で驚いてしまった。女月の言う通り、ホントに身体を動かしているだけだった!! その後も、私のダンス動画は続いていたが、歌のリズムと私のダンスは全く合っていなく、踊っていた時の私の予想とは全く異なる踊りをしていた。
「まぁ、初めてだから、こんな調子なんだよ……」
自分の下手なダンス動画を見終えた私は、まるで何かヤバいモノを見たかのような顔になってしまった。
「こんな調子で、本当にアイドルなんてやって行けるのかしら?」
「どうでしょうね? やっぱりダンスは止めて歌だけにしておく?」
ダンスが上手く踊れなかった私は、ダンスに自信がなくなり、これから始まるアイドル活動にダンスはなしでやって行こうと思ってしまった。
「何言ってるの!?」
「えっ!?」
「だから、上手く踊れなかったら練習をしていけばいいだけなのよ」
「でも…… 練習をしても上手く踊れるかどうか……」
「踊る前の自信はどこに行ったの? 踊る前の自信があれば、練習くらいは出来るはずでしょ!!」
ダンスが思っていた以上に踊れず、ダンスの自信をなくていた私に対し、女月は強くダンスの練習をする様ススメてきた。
「あの時は、本当に上手く踊れる自信があったのだよ。でも、実際にやってみたら…… やっぱり私にはダンスなんてダメでした的な」
ダメだ…… 私は完全にダンスから逃げようとしていた。
「全く…… 麻子は昔からそうなんだから。元々アイドル活動を始めると言ったのは麻子でしょ。だったら、ダンスくらいは踊れるようにならないとダメじゃない!!」
そんな時、出来ないダンスから完全に逃げようとしていた私を、女月は引きとめる様に強い言葉で言ってくれた。
「はいっ、今度は麻子がこのスマホを持って」
「はい?」
「私がさっきと同じダンスを歌を流しながら踊ってみせるから、そのダンスを参考に練習をしていくといいわ」
「ありがとう!!」
そして、私は女月からスマホを受け取りビデオカメラで撮影を始めると、同時に女月も自分のスマホから歌を流し、その歌に合わせて、再びダンスを踊り始めた。
こうして、ゴールデンウィークも終わり、だんだんと外が暑くなり始めた日の放課後、私と女月は運動部員のいない校庭の片隅で、練習という名の最初のアイドル活動を行った。
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