【9】 直線番長

 結論から言うと、撒けた。ストレート区間では、それこそ衝突する気なんじゃないかと思うくらいまで、車間距離を詰められた。しかし、一度、道がクネクネする区間に入ると、そいつは途端に遅くなった。全く自分についてこれていなかった。和也自身は、そこまで飛ばしたつもりはなかった。いや、最初こそは気合を入れたつもりで走ったが、三つ目くらいのコーナー辺りから後ろのライトが見えなくなりはじめたのだ。やっと煽り運転を止めてくれたかと思って和也もスピードを緩めてのんびり走っていた。

 しかし、再度、ストレート区間に入ると、追いついたその車はまたもや和也の後ろにピッタリと張り付いてきた。

 どうやら、和也の勘違いだったようだ。

 こいつは煽りを止めたわけではない。単純に峠区間が遅い直前番長のクズ野郎だ。

 流石にカチンときた。直線ばかりでかっ飛ばし、コーナーリングは車のくせにバイクにちぎられる煽り運転野郎は、このままぶっちぎってやろうと思った。この先の事を考えても、それがいいと思った。今ここでバイクを停めて暴力を振るわれたり、煽られたまま運転して万が一事故を起こしたりするよりも、いち早くこの場を離れてこいつの前から姿を消すのが最善策だと思った。

 和也のバイク乗りの知り合いは、何も一匹女狼だけではない。いわゆる、アドベンチャーというカテゴリーの外車の大排気量バイクに乗っている中年のおじさんと何度か会話したことがあるが、その人もやはり、バイクの事を知らないアホな車から煽られることがあるらしい。その人は決まって道を譲るようなことはせず、スピードを上げて逃げるという。たいていの車はついてくることができないらしい。今の状況とは幾分か違うが、逃げるという手段はやはり有効らしい。

 桜の木が並ぶ道を走り、このまま少し進むとまた峠区間に入る。和也はせめて運転手の顔を拝んでやろうと思い、体を起こし体をひねって後ろを振り向いた。ハイビームで照らされているので、運転手の顔をはっきりとは見ることはできなかったが、なんとなくガラの悪そうな顔つきであることは分かった。そして、車をチラリと見る。後ろの車はミラーで見るよりも近くに感じられた。そこで和也はふと気づく。どこかで見覚えのある車体だ。前面部分しか確認はできないものの、かろうじて記憶に引っかかっている見た目だ。

 しかし、今は深く考える時間はない。運転中に長時間にわたって後ろを振り向いているのはバイクに限らず、非常に危険だ。和也は前に向き直った。

 外灯が途切れ、ライトだけが道を照らしている。

 コーナーが近づいているにもかかわらず、和也はスピードを緩めず曲がっていった。




 和也は自分の街に戻ってきていた。

 あの後、その車は見る見るうちに離されていった。思った通り、そいつは直前番長だったようだ。しかも、連続するコーナーのおかげでだいぶ距離を稼ぐことができたらしく、峠区間が全て終わった後の道のりでも、追いつかれることはなかった。

 明日から夏休みだというのに、なんだか憂鬱な気持ちにさせられた。せっかく車体の手入れもしていい気分だったのに、ああいう危険人物に絡まれる事態になるとは思ってもいなかった。なにより、いつも行く峠での出来事というのがひっかかる。あいつがいつもあの峠に出没しているかは分からないが、少なくとも行動範囲は被っているということだろう。夜に出歩くのは危険だというのは頭では分かっていたが、実際にこういった場面に自分が遭遇すると少し戸惑うこともある。とは言っても、峠で自分が止まるのは道の駅か、麓のコンビニくらいだ。そいつの存在に気を付けて入れば、直接会うようなことはないだろう。もし今回のようなことが再び起きても、どうせ運転が下手なそいつは自分についてくることはできない。和也は楽観的に捉えていた。

 明日からは夏休みだ。バイトにバイクに、多少の勉強。やりたいこと、やるべきことがたくさん待っている。いちいち煽り運転に気を使ってはいられない。


 

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