【7】 茶番

 和也の学校では、夏休み前の期末テストが終わり、今日を最後に明日からは夏休みになる。和也はというと、英語はいつも通りの出来で、他の教科も普通の出来栄えであった。少なくとも、親にどうこう言われるような成績にはならないはずだ。

 期末テストが終わり浮かれている他の生徒をよそに、和也はさっさと家に帰ろうと思った。今日はバイトはないが、久々にバイクの整備をしたい。整備と言っても、そこまで手の込んだことはできない。エンジンをバラすなどの芸当はとてもできない。技術はおろか、整備に必要な専門の工具すら持っていない。せいぜい素人ができる範囲での整備だが、それぐらいは自分でやるのがバイク乗りではないかという考えがあった。

 さっさと家に帰ろうと思った矢先、声をかけられた。

「おい和也。もう帰んのか」

 和也は振り返った。

 そこには、中学校からの友達の明人がいた。いわゆるツーブロックという髪型にしている見た目は不良の明人は、和也の肩に腕をかけてきた。

「暑いからやめろって」

「もう帰んのかって。またバイクか?」

「はいはい。じゃあな」

「待てよ悪かったから」

 明人は高校に入ってからこうなった。いわゆる高校デビューというモノであったが、本来の明人を知る和也は特に物怖じしたりすることはない。むしろ滑稽に見えてくることさえあり、ときどき昔の事を話に出してからかうこともある。

「これからみんなでカラオケ行くんだよ」

「・・・で?」

「お前も行くんだよ!」

 和也の肩を抱き寄せて暑苦しく叫ぶ。

 明人は昔からこういうところがあった。こちらのことなどお構いなしに絡んでくる。迷惑というほどのことではないが、少々強引だなと思うところはある。

「なんで俺まで・・・」

「いいじゃねぇか。明日から夏休みだし、時間はいくらでもあんだからさ。少しぐらい付き合えよ」

 面倒だから断りたかったが、それよりも財布の中身が気になった。カラオケ程度の金ならあるが、その金があれば、峠一往復分のガソリン代にもなる。

 頭の中で友人とのカラオケとガソリン代を天秤にかけていると、明人から提案があった。

「まぁ、お前の事だからたぶん渋るだろうと思ってな。こっちも妥協案があるぜ」

「なんだよ」

「カラオケって大体2000円ぐらいだろ?時間にもよるだろうがな。今回だけは半分出してやるよ」

「マジか」

 なかなかの提案だった。友人に半分も出させるなんて少々悪い気がするが、本人がそれでいいというのならばそれでいいのだろう。カツカツの中でやっている和也からすれば、悪いものでもなかった。一緒に行くというメンバーも、和也がいつもつるんでいる連中のことだろう。

「どうよ」

「・・・まぁ行くよ」

「よし!今すぐ行くぞ!」

 なかば引きずられるようにしてカラオケに向かった。



 カラオケでみんなで楽しむというのは表向きの方便。実際は、明人が別のクラスの女子に告白するというモノであった。その子が来るというのは和也は後で知った。カラオケの受付で「待ち合わせです」という明人の発言を聞いたときには意味が分からなかった。指定された部屋に行くとすでに何人かの男女がいて歌っていた。男数人は見覚えがあったり仲が良かったりする男連中であったが、女子組は全く関わりのない子たちであった。

 その場でひそひそ声で明人とは別の友人に愚痴を言う。

「なんで俺らがこいつの告白に付き合わされるんだよ」

「一人じゃ心細いんだと」

 見た目の割りに小心者だなと思った。明人は昔からこうだったなと懐かしくも思う。

 その明人の意中の相手は誰かというと、対面の座席の一番端っこに座っている女の子であった。見た感じ、派手な子ではなかった。むしろ大人しそうな黒髪ショートカットの子だった。今回のカラオケでは女子は三人いたが、その中でも一番派手な子は和也の目の前にいたが、明人はその子に告白するものだと和也は思ったのだが、意外であった。こういう子が好みなのかと。

(まぁ、成功するといいけどな・・・)

 他人の恋愛沙汰にあまり興味ない和也でったが、昔なじみの友人の告白となると、応援もしたくなる。

 チラチラとその意中の子を見ている明人を眺めながら、和也はジュースに口をつけた。



 結果は悲しいものであった。結論から言えば、フラれた。正直、可哀想ではあった。友達としてはいいけれど、付き合うのは少し怖いと言われたらしい。一人じゃ告白もできないこんな純情な男のどこが怖いのか全く理解できなかった和也だが、無理もないだろう。何も知らない連中からすれば、明人の見た目は不良そのものだ。そういう男連中との付き合いのなさそうなその女の子からすれば、戸惑うものなのだろう。何より、その子自身もかなり申し訳なさそうな顔をしていたらしい。変に愚痴ることもできない。

 カラオケの後は男連中だけで二次会に行った。明人は普段の陽気さからは考えられないほど落ち込んでいたので、みんなで励ます会となった。

 最初は、なんだこの茶番は、と思っていたが、目の前でここまで落ち込まれると茶化す気も起きない。

 まぁ、あと一週間もすれば、いつも通りウザ絡みしてくるまでに回復するだろう。今はみんなで励まして、あとはほっとけばいい。カラオケ代半分の1000円はまだもらえそうにないが、今回は勘弁してやろうと思った和也であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る