裏目
何故ここに一織がいるんだという単純な疑念。それと、やましいことなんてしていないはずなのに、この場にいることを一織に見られてしまったという罪悪感のような物。
それらが合わさって麻痺したように言葉が出てこない。
で、やっと出てきた言葉が、
「「これには深いわけがあって」」
見事にハモる。
にしても、一織が慌てた様子でいる理由が分からない。
「ええと、俺は子亀に誘われてカラオケにだな」
「う、うん」
俺の何も深くない理由でも頷いてくれる。これが一織の優しさなのか、動揺しているだけなのか、分からないけど、追及されないのは
「一織は……? あ、用事って友達と一緒に来てるとか?」
「違うけど……」
違うのかよ。じゃあ、ますます分からない。
「その、カラオケにみんなで入って行くのが見えて……その中に……」
もしかして蔵内さんや萩井がいた事で心配してくれたのか?
ありがたいけど……今はその優しさが状況を悪くしている。
なにせ、ここにはラブコメ要員が五人も参加している。狙われているであろう一織がこんなに近くにいたらどうなるか。
「一織、悪いんだけど……」
「あれ? 神原さんじゃん。すっげぇ偶然」
なんてタイミングの悪い。
子亀が部屋から出てきて一織を見つける。これは本当にやばい。
どうにかして一織を逃がさないと。
「こんなとこでどうしたの? 他に友達いるの? 良かったら俺らと合流しない?」
畳み掛けるような誘い。俺が声を挟む隙する与えない。
「あ、えと……」
チラリと俺の顔を見る一織。
ダメだぞ一織、早く帰るんだと念を送り込む。
しかし、そんな俺の思いは届くはずもなく、一織は頷いてしまう。
「一人だったしお邪魔しようかな」
「ヒトカラ? いいねぇ、神原さんって歌上手そう」
「そんなことないよー」
ラブコメから一織を守ろうと動いた結果、一織をラブコメの渦中へと放り込むことにってしまった。
これは完全に俺のミスだ。ここまで裏目に出ると、運命に嘲笑われているようにさえ感じる。
カウンターで一人増えたことを伝えて、一織をみんなが待っている部屋へと連れて行く。
「ただいまー。聞いて驚けここでスペシャルゲストがやって来たぞ。うちのクラスの神原さんだ!」
「神原一織です。あの、お邪魔しちゃってごめんなさい」
飛び入りの参加となったが、誰からも文句はなく、むしろ温かく迎え入れてくれた。まぁ、文句を言えば普通に感じが悪いし、言えるはずもないんだけど。
「一織ちゃん、ここ空いてるよ〜」
蔵内さんが自分の隣を叩く。
先手を打たれてしまった。蔵内さんの反対側には萩井が座っている。蔵内さんを介して萩井と話しやすい位置にいるのはよろしくない。
けど、ここで口を挟むのはあまりに不自然過ぎる。
「塚本君、どうして立ったままなの? ほら、座りなよ」
さっきも話しかけて来ていた女の子がクスクス笑いながら俺が座っていた席を指さす。
くっそ、コイツもラブコメからの刺客か!?
仕方なくもといた場所に座り、一織も蔵内さんの隣に座った。
あの二人は元々仲が良いというわけではなかったんだけど、去年、一織から蔵内さんに話しかけて仲良くなった。それから一織はちょくちょく俺に蔵内さんの好きな物とかを教えてくれていたのだ。
それが巡り巡って、俺を追い込む。
「塚本君は趣味とか何かあるの?」
「趣味? 特にこれといって。あえて言うならゲームかな」
「へぇ! テレビゲーム? 私のお兄ちゃんもゲーム好きなんだ。私は下手だけど、ゲームするのは好き」
あぁ、もう。色々考えているのにこの女子が話しかけてくるから考えがまとまらない。
「どんなゲームするの?」
「RPGとか、格ゲーとか」
「あ、ロールプレイングゲームは私も好き。動かすの下手くそでも出来るもん。おすすめのゲーム教えて欲しいな」
「オススメかは分からないけど、俺がやってるのは有名なやつだよ。アクトシリーズとか」
名前も知らない相手なのに、俺の好きな物について話せると少し楽しい。
完璧ではないにしろ趣味が合うってのはこんなにも話しやすいのか。
この子と付き合ったらどうなるんだろう? ……は?
「ごめん、もう一回トイレ……」
「あ、調子悪かったんだよね。本当に大丈夫?」
「大丈夫大丈夫」
部屋を出てトイレに入る。
どんだけ腹が痛いと思われてんだろ。
「すぅー、はぁー」
深呼吸。
「……大丈夫なわけねーだろーが!」
自分で軽い気持ちじゃなかったなんて言いながら、その相手を目の前に別の女子に惹かれてるとかありえねぇよ。
そもそも、一織をラブコメから守るなんて抜かしておいて、むざむざ萩井の近くに座らせてしまい、それどころか楽しいだと?
自己嫌悪で吐きそうだ。
それに、この状況は作為さえ感じる。まるで俺を排除しようとしているかのような。
ラブコメとは関係ない女子を俺にあてがって、フェードアウトさせる気では?
これが痛い妄想であるなら、それはそれでいい。だけど、簡単には乗ってたまるか。
気を引き締めて部屋へと戻る。
すると、隣にいた女子は別の席へと移動しており、代わりに一織が座っていた。
「千利君、お腹大丈夫?」
「あ、あぁ……」
知らぬ間に起きた席移動に困惑しつつ、一織の隣に座る。
何が起きたのか、他の面々を見渡すも何か起きた様子もない。
そこへ、突然机の下にあった俺の手が握られた。誰がなんて分かりきっている。一織しかいない。
「無理しないで。ちゃんと私を頼ってね」
小声だったけど、しっかりと聞こえた。
「頼りっぱなしだよ」
「それは幼馴染み冥利に尽きるね」
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