最悪なメンバー

 カラオケ前で女子と合流。

 二人は俺の知らない女子だった。どうやら別の高校らしく、制服が違う。


 残り二人は知っている人物だ。

 一織じゃなくてホッとしたのもつかの間、別の意味で最悪な状況に陥っていることに絶望する。


 一人は名前こそ知らないが萩井ガールズの一員で、見た目からして遊んでそうなリア充っ子。どんな関係か知る由もないが萩井と一緒に歩いている姿を何度も見ているし、蔵内さんとも仲が良いっぽい。


 そして、もう一人……むしろこっちの方が問題だ。


「な、なんで蔵内が……」


 萩井も聞いていなかったらしく、声に動揺が見られる。


「アタシが連れて来たのよ。瑠衣が来そうにしてたから」

「真奈ちゃん! ち、違うからね!? 大和君!」

「お、おう」


 さっき萩井が突っかかって来たことも含めてこのメンバーは最低最悪だ。

 それぞれの知り合いを連れて来て、中心メンバーが内輪で楽しみ始めたら集められた側の感情は虚無である。


「まぁ、俺もちょっとビックリしたけど、まぁ、いいじゃん? とりあえず中に入ろうぜ」


 流石と言うべきか、子亀がまとめて店内へと入って行く。

 その自然な流れにこれもある種のカリスマなんだろうなと感心してしまう。


 部屋へと案内されて、子亀の進行の元でテキパキと準備が進む。

 それに従いながら、俺はこれから訪れる地獄の時間をどうやって生き延びるかを考える。


 ここに来たのは一織が誘われていると勘違いしていたからで、すでにこの場に俺がいる理由はどこにもない。

 前なら、蔵内さんが参加しているってだけで、たとえその理由が萩井だとしても喜んでいただろうが、今は気まずいなんて物じゃない。


 ここに来る前の萩井の言葉だって、俺にそんなつもりがなくても思う所はある。

 それが今になってジワジワと遅延性の毒のようにダメージを与え始めてきた。


「じゃあ自己紹介からだな」


 俺の苦しみや葛藤なんて置き去りで、場は進む。話す言葉も笑い声も、何一つ意味を持たないただの音として耳を抜けて行き、自分が今、笑っているのか、真顔でいるのかさえ曖昧である。


「ほら、最後は塚本の番だぜ」


 気がつけば俺が最後になっていた。


「塚本、千利です」

「え、終わり? おいおい、他にも何かあるだろ?」


 他? 他ってなんだ? ここにいる誰かは俺に興味あるのか?

 モブの自己紹介なんて名前だけでいいだろ。必要なのは存在と名前。それ以外は何もいらない。個性さえも。


「あ、分かった。さては緊張してやがるな? まぁ、こんだけ可愛い子ばっかだとそうなるよなぁ」


 子亀の声が頭に響く。うるさくてしょうがない。

 しかし、その音もまだマシな方だった。その後の歌もだ。


 何よりうるさくてうるさくて、耳を塞ぎたくなる音は別にあった。


「大和君は何歌う?」

「あー、そのだな。最近の流行りとか全然知らなくてさ。その、アニソンとかなら……」

「別にいいんじゃない? 私、大和君の歌、聴きたいな」

「僕も大和君の歌聴きたいです!」

「いや、ほんと頼むからやめてくれ」


 頭がおかしくなりそうだ。今なら物語の主人公のライバルや友人が妬み嫉みでダークサイドへと堕ちる気持ちに共感出来そうだ。


 ふと、気がつけば楽しそうに笑ってはいるものの、今日初めて会った二人の影も薄れている。スポットはいつでも萩井を中心にして、そこに飛び込まないと影になってしまう。


 なんて恐ろしい場所だ。まるで存在価値を認められていないような錯覚さえ覚える。


「えっと、塚本君、だよね? 隣いい?」


 盛り上がりと共に最初の席から変わり始めたらしく、俺の隣はちょうど空席で、そこに俺と同じくモブと化していた女子が座った。名前は……覚えていない。ってか、聞いてなかった。


「どうぞ」


 何を思って隣に座ろうとしているのか、知らないけど別に構わない。


「ありがとう。塚本君は楽しんでる?」

「ほどほどに」

「歌ってないけど?」

「……聴いてるだけで楽しいよ」


 言葉に合わせて笑ってみせる。


「私は真奈の友達なんだけど、塚本君は?」

「子亀と萩井のクラスメイト。運良く誘われて来たんだ」

「そっかー。私、合コンとか初めてだから緊張しちゃって、塚本君が緊張してるって話聞いて、仲間だぁって思ってたの」

「そうなんだ。じゃあ、俺のとこには仲間を求めて?」

「アハハ、まぁ、そんな感じ。でも意外だなぁ。第一印象はもっとクールな感じのかと思ってた」


 クールではなく今だけローテンションなだけだ。こんな状況でハイテンションになれるのは、それはもうどこか壊れてしまっているに違いない。


「それは……ちょっとお腹の調子がね」

「え? 大丈夫!?」

「心配してくれてありがとう。けど、大丈夫。ただ、ちょっとトイレに行ってくるわ」

「あ、うん」


 席を立って部屋から出る。扉を閉めると音がかなり遮断されて、代わりに小さい歌声があちこちの部屋から漏れ出ていた。


 とりあえずトイレに入って手洗い場で顔に水をかける。気をしっかり持たないとどこかでいらないことを言ってしまいそうだからだ。


「落ち着けよ、俺」


 もう全て終わったことで、俺の目的は他にある。だから、嫉妬してんじゃねぇよ。


 息をゆっくりと吐く。まずは体の中の毒を全部抜くような気持ちで。

 それから吸う。よし、落ち着いた。


「っし」


 頬を軽く叩いて顔を上げる。

 気分転換を終えて、部屋に戻ろうと廊下に出ると、すぐ目の前に一織がいた。


「いお、り?」

「あ、しまった」


 しまったってなんだよ……。

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