昼休みぼっち仲間

「マスター。今からどこに行くんだ?」


 風紀委員長に見逃してもらい、俺は初めの目的だった図書室へと向かっていた。ただし余計な荷物を引き連れて。


 もう風紀委員に追われる心配はないのだから勝手にどこかへ行けばいいのに、何故かついて来る。

 確かに彼女をラブコメから引き離すと決めたけど、四六時中一緒にいるなんてごめんだし、この格好のやつと学校でつるむのはもっと嫌だ。


「清水、お前な、いつまでついてくる気だ?」

「マスターが我に隠れてコソコソと何か面白そうな……怪しいことをしようとしているのではないかと見張っているのだ」


 普通に面白そうって口にしてるんだよ。厄介なやつに絡まれてしまったらしい。まぁ、厄介なのは元々知っているけど。

 足を止めると、清水も足を止める。小柄で身長も低いからどうしても首を反って見上げる形になってしまう。

 そうしてると首を痛めそう……俺の知ったことではないけど。


「怪しいこともしないし、俺の行く先は図書室だ」

「魔導図書館?」

「お前の耳、どうなってんの?」


 耳掃除するか、病院で頭を見てもらってこい。


「魔導でも図書館でもなくただの図書室な。言っておくけど漫画はないからな」

「図書室……なるほど。我も行くことにしよう」


 胸に手を当てて、大迷惑な宣言をする清水。


「だからなんでだよ。教室に戻ってクラスメイトとでも話してろ。一人や二人くらいオタク趣味のやつもいるだろ」

「わ、我は孤高の存在だ。ゆえにそのような輩は……必要……ないねん」


 ないんか。

 でも、分かった。コイツはぼっちだ。なぜ分かるかって? そりゃ俺も同じだからだ。

 流石にここまで奇抜な格好はしていなかったから一年の頃は余り物ばかりで出来たグループを形成していたが、そいつらとも二年になって別々のクラスになって、今や俺もぼっちと言って過言ではない。

 唯一の救いは一織と同じクラスだったことだけど、一織にも一織の付き合いがあって、ずっと一緒にという訳にはいかないのだ。


 泣きそうなのを我慢しているが、瞳は揺らいでいる。

 同病相憐れむとでも言うべきか。俺は中二病を患ってはいないが、同じ境遇という意味では俺たちは同じである。


「……まぁ、いいか。頼むから図書室では静かにしてくれよ。巻き込まれて追い出されたら適わない」

「うむ。心配するな。我とてルールは守る」


 心配するなって言葉がこれほど信用ならないやつはそういないだろ。


「ところで今は一般人に扮しているが、マスターもかつては我のように大いなる敵と戦ってきたのだろう?」


 訳すなら、お前も昔は中二病だったんだろ? って感じか。


「期待を裏切って悪いが……俺は妄想止まりだよ」


 ほら、授業中にテロリストが入ってくるとか、そんな感じ。あんなものでもこうして思い出せば十分黒歴史になるのだから怖いものだ。


 しかし、目の前の現在進行形で黒歴史を綴っている彼女からすれば期待外れもいいところだろう。

 清水に対して申し訳ないとは思わないが、騙しているような気もして罪悪感のような物がなくも……。


「ほう、それはつまり、精神世界で戦っていたのだな。我も経験がある。うんうん」


 腕を組んで、何度も頷いて共感された。

 妄想を精神世界での戦闘と置き換えれるその思考に驚きだ。というか、そう言われると更に黒歴史感が増すからやめろ。


 しかし、これに反論したところでまた新たな誤解のような物が生み出されそうだし、もうそれでいいや。


「ほら、ついたぞ図書室」

「ここが魔導図書館」

「うん、違う。言っとくがお前が読んで面白そうな本は何もないぞ」


 漫画とかラノベとか、そういうのは置いていない。


「馬鹿にするな。知識は武器だ。我も日々、書物から知恵を授かり、糧としている」


 ふふんとドヤ顔で言っているが、何の本を読んでいるのだろう。


 とりあえず入室すると、図書室の使用者はほんの数名、そのうち一名は図書委員の人だ。

 清水の姿を見て一瞬、ギョッとしていたが、すぐに手元の本に視線を戻した。と、思うとやっぱりチラチラ見ていた。

 目立つよなぁ。そりゃ、風紀委員にも追いかけられるに決まっている。


「んじゃ、俺は適当に本を読んでるから、お前もそうしろよ」

「うむ」


 意外にも清水は素直に返事して本棚を見始めた。あの様子ならうるさくしたりはしないだろうし、少し安心だ。


 外国文学の棚から適当な小説を取って座席に座る。何も賢く見せかける為の気取った行動でも、清水につられて中二病を発症したわけでもない。

 この外国文学というのが穴場というだけである。たとえばシャーロック・ホームズの小説。ミステリーと呼べば高尚なイメージがあるが、わりと読みやすくて楽しめる。その証拠に小学校にも置いてたりするのだ。


 学校というか、教師は中身ではなく外見で決めがちだから図書室だって本気で探せばエロ本になり得る物も置いてたりする。


 で、いるんだよ。そういうお宝本をやたらと見つけてくるやつ。


「お前、どこでそんな本見つけて来た」

「あっちだ」


 対面に座った清水の手元には『世界の武器全集』。まさにコイツが好きそうな本だけど、どういう経緯で図書室にやって来たんだ。


「マスターも一緒に読むか?」

「いや、別に……」

「そうか。ほう、これが鉄扇。ふわっ、マスター見てみて、これ」

「な、なんだよ」


 興奮した様子で見せてきたページにはピストルとダガー、メリケンサックが合体している武器の写真が載せられてた。清水のことをどうの言っても俺だって男の子だ。この武器には心惹かれる物がある。


「アパッチ・リボルバーやって。ええなぁ、ロマンやなぁ」

「ま、まぁ否定はしない」


 悲しいかな、今この瞬間だけは清水と心を通わせてしまう。


「やはりマスターはよく分かっている。なぁ、マスター。その、迷惑はかけない……だから……その……」

「一つ言っておくけど、ここは俺の物でもなければ、別に毎日来るわけでもないからな。ただ、図書室では静かにしろってだけだ」


 言いにくそうにしている清水を見かねて、至極当たり前のことを伝えてやる。それだけで彼女は嬉しそうな顔をして、頷いた。


「うむ。了解だマスター」

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